011 生き埋めからの脱出
この話は別途連載中の「異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ」の前日譚です。
以前投稿していたものを大幅加筆修正してあり、独立して読むことが出来ます。
「ルイン~」を読んでくれた方も、内容にかなりの改編・挿入話がありますので楽しんでいただけるかと思います。
SFもファンタジーも盛り沢山ですがハイファンタジーものです。
異世界冒険譚がお好きな方には是非!
ダルスティン達が巨大ムカデの群れを倒した時より、幾分時間は溯る。
ミーナとオルフェルは、ただ見ているしかなかった。
目の前での、大爆発を。
咄嗟に顔をかばったが、それだけで耐えられる訳もなく、しかし覚悟を決めるだけの時間もなく、ただ一瞬の事であった。
赤い閃光が走り、焦げ臭い爆風と、轟音。ミーナの手から便利たいまつが火を吹き消されて手から落ちる。しかし、思っていたほどの衝撃は襲ってこず、違和感があるのは、レドを中心に発生した魔法に包まれて、爆炎と衝撃から守られていたからだろうか。
そう言えばレドのさらに前で、シャティルの身体が白光に包まれ、また、太刀持つ構えからも、白光が自分達を庇うように発生していたことも思い出す。
自分達が無事でいるのは、きっとそのおかげなのだろう。
轟音と土煙が収まり暗闇と静寂が広がった後、消えてしまった便利たいまつを手探りで探して着火し直したミーナに見えたのは、うずたかく積み上がる岩塊の山。とりあえずオルフェルがそばにいることに安堵する。
洞窟は、辛うじて上部が洞窟の天井と隙間が空いており、崩落岩が落ちきった事が判る。岩を避けながら腹ばいに進むことは可能かもしれない。しかし、進む以前に、この中にシャティルとレドが埋まっているはずなのだ。
「オルフェル~、どうしよう?この中に、シャティルとレドが・・・・・・」
「手前から除けていくしかあるまい。シャティル!レド!聞こえるか!?」
オルフェルは岩塊の除去に取りかかりつつ、駄目元で二人に呼びかけた。
すると、ミーナ達の居る場所の前方からくぐもった声が聞こえる。シャティルだ。
「いやぁ~、流石にこれはやばい。とりあえず俺は無事だ!ちょっと本気出すから離れててくれ!」
「無事なのか!シャティル!?」
オルフェルの問いに、今度はレドの声が答えた。
「俺も一応無事だよ~。でもこの魔法切れると潰れちゃうかも」
「二人とも無事なのね!?」
「ああ。ちょっと危ないから下がっててくれ。レドも俺が救出する」
「判った!離れるぞ・・・・・・良し、離れた!」
オルフェルはミーナを伴い、後方に下がった。既に、ザカエラが設置した石の檻は効果時間が過ぎたのか消えていた。
シャティルは、騎士魔法を全力で発動し、ザカエラの仕掛けた火球爆発に対抗していた。
続いて発生した崩落にも、それで耐えたが、身体の周りには極わずかな隙間しか無く、自由に身体を動かせないでいた。そのため、手首から先、肘、膝を使い、小刻みに周囲の岩塊に打撃を加え、粉々に砕いていく。
若干隙間が出来たところで、身体の向きを入れ替え、声がした方に向き直すことが出来た。
そこからは同じ要領で身の回りに空間を作り、軽打から正打へ換えての連撃。打ち砕いても上から更に落ちてくる岩塊を打ち砕き、上半身が自由になったところで、周りの岩塊をポイポイ放り投げて除ける。
しばらくして、シャティルの目の前の岩塊は全て取り除くことが出来た。
ミーナが喜んで駆け寄ってくる。
シャティルはミーナからたいまつを借りると、前方左側の、岩塊が宙に浮いているところを見つけて、腹ばいになった。
レドの顔がちらっと見えた。
起き上がり、ミーナにたいまつを持っててもらい、上から崩れて来ないよう、そっといくつかの岩塊を取り除くと、レドの左手から肩までが見えて、シャティルは再び地面に右耳を付けるように膝を付き、空洞を覗き込んだ。
「よう、元気そうだな」
「あの僧侶が張ってくれた結界がなかったら死んでたな・・・・・・こんなんじゃまだまだ未熟だなぁ、俺は・・・・・・」
「とりあえず助かったからいいじゃないか」
「帰ったら、旅支度や装備品に反省点を活かさないとなぁ」
「それは後にしろよ。これから、どうすればいい?」
「今のところ、潰されることはないが、岩の重みが全部掛かってる感じで身体が動かせない。上半身だけでも岩をどけてくれないか?」
シャティルは起き上がり、レドの上の岩を取り除き始めた。程なくして、レドの上半身が露わになる。
「腕が動く。よし、これならいける」
レドは右手中指に嵌めてある銀の指輪を意識し、仰向けのまま、想念系Lv8「念動」の呪文を唱え始めた。
この呪文はレドが現在使える最高位Lv8の呪文ではあるが、触媒の銀を消失しないため、使い勝手の良い便利な魔法だ。
ルーンを空中に描く為に右手さえ動けば、いつでも使用できるのである。
呪文発言を唱え終えたレドは、自分の下半身に乗っている岩塊を念動の力で浮かせ、身体の自由を取り戻した。そして起き上がると、今度は岩塊を移動させ、洞窟内の通路確保に取りかかる。
ミーナを手招きして後ろに立たせ光源を確保し、岩塊を次々と脇によせ、2アルムスほどの大人が通れる、入り口につながる左折する場所まで空間を確保することに成功した。
後はザカエラが逃げた奥の方だ。急がなければいけない。
「シャティル!人の気配を探れるか?あの僧侶だ!」
「ちょっと待てよ!・・・・・・・・・そこから1マトル先、左側だ!」
レドが岩塊を寄せていくと、やがて灰色ローブの女性が見えてきた。
レドと同じくまだ呪文効果が残っていたため、岩塊は体表面に浮いている感じだ。
そのまま撤去作業を続けると、ようやく女性に触れるところまで片付いて、シャティルが女性を助け出した。特に敵対する訳でもなければ、直接触れることは可能なようだが、彼女はまだ気絶している。
レドはそのまま撤去作業を続けることにし、シャティルとオルフェル、ミーナは僧侶を担いで一反外へ出ることにした。
旧鉱山入り口から出ると、太陽の傾き具合からそろそろ夕方に差し掛かる頃合いであった。ずっと洞窟内に居たため、外の空気はより新鮮に感じられる。
シャティル達は、旧鉱山突入時に準備作業をした場所で、僧侶を横たえた。
灰色ローブはあちこちに焦げが付き、両腕もローブから出ている肘から先は軽い火傷がある。咄嗟にかばったのか、顔には火傷はないようだ。
フードをずらすと、金髪で整った顔立ちであった。気絶していても長杖を握ったまま、離そうとはしていない。
オルフェルは左手首を取って脈を測った・・・・・・脈はある。
シャティルは足にも火傷がないか確認しようとしてローブをめくりかけたところで、ミーナに蹴飛ばされた。
「こら!スケベすんな!」
「そんなつもりじゃねぇよ!」
言い返しつつも、ミーナに役を譲る。オルフェルは僧侶の手を離して地面に座り込んだ。
「おそらく気絶しているだけだな。気がつけば火傷も自分で治せるだろう」
「とりあえずポーション使うわ」
ミーナはそう言うと、鞄から青色の回復薬の入ったビンを取り出した。
僧侶の首を支えるようにして頭を抱きかかえ、口元にビンを添えて傾ける。ぷるんとした唇がビンに触れ、ポーションを少し注ぐと喉を嚥下して飲み始めた。飲み終わる頃に少し咽せたのか咳き込み始め、ミーナに背中を叩かれる。
「ゴホッゴホッ・・・ッハァッ、ハァ、ハァ・・・ゴホン」
「大丈夫?気がついた?」
僧侶はようやく咳が落ち着くと、上半身を起こし、周囲を見渡した。ミーナ、オルフェル、シャティルと順に見て、続いて自分の両腕を見る。
「あの・・・・・・私の顔、火傷してます?」
「顔には火傷は見られないわね。腕だけみたいだけど。火傷、治せる?」
「はい。大丈夫です」
ミスティは精神を集中し、祈りにより、神魔法中位「正常なる感触」を行使した。
神言発言により、火傷により傷ついた赤みや水ぶくれとヒリつきが消え、健康な皮膚が蘇る。
自らの治療を終えたミスティは、立ち上がって深々と御辞儀し、礼を口にした。
「敵対していたのに助けていただきありがとうございます。私は、アイーシャ神に仕える僧侶でミスティと申します」
ミーナはミスティに座るよう促し、シャティル達も自己紹介をする。レドの事はシャティルが紹介した。
「こっちもお礼を言わなきゃな。おかげでレドが助かったよ。ありがとう」
「いえ、礼には及びません。アイーシャの僧侶として当然のことをしたまでです。それに、私も無理矢理連れてこられたようなものでしたから・・・・・・」
どこからきたのかと聞くオルフェルに、ミスティは語り始めた。
「シュナイエン帝国のフリジレンという街です。私はフリジレンのヴォーネン教会併設の孤児院で育てられ、成人後は教会のシスターをしておりました。ところが・・・・・・」
シュナイエン帝国はラナエストから西北西の方向、直線距離にして六千ケリーも離れた位置にある、皇帝ライアス七世が統治する帝国国家だ。
帝都ライアスブルクを中心に、西に千ケリー、東に一千五百ケリー、南に三百ケリー、北に七百ケリーほどの領土を持つ。
ラナート平原の約40倍の広さを支配するこの帝国は、西にフラジア王国、北に黒曜海、南にグランブルン、東に大小様々な公国領と接しており、黒曜海を渡って侵攻してくるバイキング集団やグランブルンから降りてくる魔物の驚異に常に脅かされている国だ。
西のフラジア王国とは現在の所安定した国交を築いているが、東側は西侵を企むソルスレート帝国により諸公国領が緩衝地帯となっているため、緊張した国交状態である。
このような社会情勢の中、シュナイエン帝国は規律正しい制度とライアス七世の賢政、広大な国土の開発と産業の育成及び発達、屈強な騎士団により繁栄している国である。
帝国の気候は温暖で四季があり牧歌的な風景が多いが、主産業は農耕と鉄鋼業であり、鉱山都市では重労働や劣悪な環境が問題化しているらしい。
特に近年、蒸気機関というものを開発して、帝国内に鉄の荷馬車が走る交通網を整備中で、産業については急発展しているものの、国民にとってあまり暮らしやすくはない情勢のようだ。
レドが一度は行ってみたいと思っている国であった。
帝国騎士ダルスティンをリーダーとする一行がミスティのいるフリジレンを訪れたのは2ヶ月前の事。
旅の途中で旅に同道する癒し手を失っており、後任を探してフリジレンの冒険者ギルドに登録していたミスティを見つけたらしい。
ミスティは最初断ったが、おそらく本気ではないだろうものの、孤児院や教会に帝国からの寄付が賄われていることと、孤児達の安全を理由に脅されたため、仕方なく出立した。
極秘任務ということで、道中、大っぴらに正体がばれるような振る舞いはしないところまでは良かったが、帝国領を出てからは目撃者を消す事を厭わない行動指針になってきたことから、ミスティとしては常々不満があり、今回の件でもう離脱することに決めたようだ。
「反抗して、孤児院は大丈夫なの?」
「その前に、2ヶ月前にフリジレンを出てここまで来られるものか?」
ミーナの問いに被せたのは、作業を終えて戻ってきたレドであった。
「脅されはしましたが、孤児院に八つ当たりするほどの見下げ果てたクズでは無いと思いますので、それは大丈夫かと。それと、通常であればシュナイエンからラナエストまでは3ヶ月掛かりますが、私達は古代遺跡の“転移装置”を使って来たのです」
『この娘の口から“クズ”なんて言葉が出てくるとは、落ち着いて見えても意外と年相応の性格なのかも知れないな』と、レドは思ったが口にしたのは別のことだ。
「“転移装置”だって?地下迷宮内ならまだ知らず、地上で発見されている“転移装置”はロンクー王国とオウカヤーシュ島を結ぶものの他は、あと1対しか公にされていない。もしかして・・・・・・光翼騎士団領の“吽寺”とトルネスタン北東の“阿寺”を使ったのか?」
ミスティは俯きながらそれを認めた。その際に幾人かが命を失っていることを思い出してしまう。
「“吽寺”は光翼騎士団が、“阿寺”はトルネスタン公国の闇狩人が守っていて、一般の者がおいそれと使用できる状態ではなかったはずだ」
「光翼騎士団って、アルティがいるところだよな?」
シャティルが口を挟むと、レドは頷いて説明を続けた。
「光翼騎士団領は“十ニ公国領”のうちの一つで、その昔にあの辺りを納めていた古ナイトソード王国が崩壊した際に、独立した公国だ。屈強な騎士の集まりだが、その強さの秘密は彼らの秘術にある、と聞いている」
「どんな秘術?」とミーナ。
「詳しいことは判らないけど、空を飛べるらしいな」
「へぇーー!」
「それから、闇狩人はトルネスタンの一部族で、門外不出の戦闘術を使いこなす、暗殺技術の優れた集団だそうだ。普段は、トルネスタンのウォーヒルズで、亜人達を間引きしているらしい」
シャティルとしてはそちらの方がむしろ興味がある。中々会えない部族と聞くと少しがっかりするが一度会ってみたいと考えるのは武人の性かも知れない。
「だから、そんな彼らが守る」吽寺”と“阿寺”を突破したこと、と言うよりも突破しようと考える事自体が凄いよ」
「ダルスティンとザカエラの腕は確かです。ザカエラの魔法で護衛を眠らせ、鍵も魔法で開けて通り抜けてきました。でも、両方の“転移装置”で5人は殺害されています」
ミスティの表情は沈痛なものであった。そのようなことが繰り返され、今回のように自らも殺されそうになった結果の離脱なのであろう。あまりこの話題を続けるのも辛いのかと、オルフェルが話題を変える。
「事情は判った。それで・・・・・・君らは何が目的だったのだ?」
「探しているものはダルスティンとザカエラしか知らないのです。何か、魔力の強いものが埋まっているらしいとしか知りません。帝国軍の誰かが“タルフィナス”の神託を受けたらしいのですが・・・・・・」
タルフィナスは知識の神だ。
主に魔法使いが信仰している神で、アイーシャや主神ヴァースのように神殿を構えて多数の神官を擁している訳ではなく、聖地がどこにあるのかも知られていない。
Lv10以上の高位に辿り着いた魔法使いだけが、神託を得ることが可能と言われている。
「それで、目撃者や探索の邪魔になりそうな者を消すために、俺たちにも仕掛けてきたって訳だ」
一行はこれで合点がいったのである。ミーナは一つの可能性に気付き、ミスティに問うた。
「ドワーフのギルビーって人と会ってない?」
「彼なら、今まで一緒に居ました。ギルビーさんもここで出会って、本来ならば口封じされるところを、現状は採掘作業の手伝いをさせられています」
シャティル達は視線を交わした。
「よっしゃ!方針は決まりだな。ダルスティンらと対決して、借りを返す」とシャティル。
「彼らが何を探しているのか興味があるな」とレド。
シャティルとレドが語気を強めれば、
「ギルビーさんも助け出すよ!」
とミーナも気合いを入れる。しかし、次いでオルフェルの言葉は、
「そして鉄鉱石を探すんだ」
オルフェルとミスティ以外の3人が吹き出した。
「最後にそれ言うかぁ?」
「と言うか、真面目にそっちの目的忘れてたよ」
「そうね、鉄鉱石も見つけなきゃね」
シャティル、レド、ミーナの言いように、オルフェルは憮然として答えた。
「忘れるなんて酷いじゃないか。それが主目的だろうに」
ミスティは中々話の流れに入って行けずにいたが、ここでなんとか切り出した。
「あの・・・私にもお手伝いさせてください。と言うか、お仲間に入れてもらえないでしょうか?」
「いいの?完全に裏切ることになっちゃうわよ?」
「このような事になっては、もう国に戻れないと思っています。どこかの教会に行っても、ヴォーネン教会に連絡が行くとむしろ迷惑が掛かる可能性もありますし・・・・・・それであれば、冒険者として生活していくしかありません」
「別に俺たちは冒険者って訳じゃないんだけどね」
シャティルの指摘に驚くミスティ。
「シャティルは“剣匠”だ。“剣聖”を目指して、ラナエストの武闘祭に参加するため、王都へ向かう途中だった。俺はラナエスト魔法学院の導師でありシャティルの友人で、途中まで迎えにきたってとこ。オルフェルはラナエストの品評会に参加するためにエルダーテウルから出てきた鍛冶師で途中で出会ったんだけど、ラナエストでは今、鉱石が不足しているんだ。それでここに立ち寄る事にした。ミーナはここに来る途中に出会ったんだけど、一緒に来てくれて、ついでにドワーフの安否確認を頼まれてる。ざっと、こちらの状況を説明するとこんな感じかな」
レドが一気にした説明は的確でミスティにも判りやすかった。
「なるほど~。良く判りました」
「とりあえず、ラナエストまで行って身の振り方を考えるまで、それまで仲間って事でどう?」
コクンと頷くミスティ。
「それじゃぁ、詳しい話は追々するとしてだ・・・・・・それはそうと、シャティル、お前武器はどうするんだ?」
「あ!・・・・・・」
オルフェルの指摘にシャティルは今更ながら気付かされた。槍は奪われ、おそらく太刀と一緒に崩落に巻き込まれているのだ。武器を失っていることを思い出したシャティルはレドと顔を見合わせた。
「・・・・・・どうすっかな・・・・・・」
「・・・・・・アハハハハ・・・・・・」
夕暮れが始まる空に、レドの乾いた笑いが流されていった。
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