01 遙かなる眠り
この話は別途連載中の「異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ」の前日譚です。
以前投稿していたものを大幅加筆修正してあり、独立して読むことが出来ます。
「ルイン~」を読んでくれた方も、内容にかなりの改編・挿入話がありますので楽しんでいただけるかと思います。
SFもファンタジーも盛り沢山ですがハイファンタジーものです。
異世界冒険譚がお好きな方には是非!
―惑星セフィニア解放暦元年3月17日。
旧暦であるノルディアス暦4103年に終止符を打ち、新たにセフィニア解放暦としてからまだ1ヶ月しか経っていない。おそらく長く続いた戦争に勝利した為の油断があったのだろう。敵軍がよもやこんな手段を執ろうとは。
ストリアン大陸中央のラナート丘陵地帯。ラナート特級要塞上空では敵味方入り乱れての大混戦が行われていた。
この時代、主戦場は空である。魔法王国出身の魔道士達は“魔導鎧”に身を包み、大空を駆けながら積層魔方陣の構築、魔法の多重展開を行いつつ、戦場の支援や直接戦闘を行い、善竜にまたがる竜王国の“竜騎士”達は騎竜とともに敵の召喚した魔物の駆逐、敵対する邪竜と交戦していた。
そして、剣王国の誇る“解放騎士”。
人類の英知を集めて組み上げられた、身の丈4マトルにも及ぶ人造の機械騎士は、その操者である騎士の騎士魔力によって動き、巨人や邪竜、魔神などを切り裂いていく。
次元にまで影響が出ているのか、天空は同心円状に歪み、昼間なのにこの辺り一帯だけは光が消え星々が見える。渦巻く乱雲の中心に一条の光が天地を貫き、逆さまに尖った土塊が姿を上空に現し始めていた。
隕石衝突。
敵対勢力に未だに騙されていた一団が、周到に用意していた極限魔法。
一個人の魔道士が使う同命魔法とは規模が違い、推測ではあれが落ちると、この惑星セフィニアは砕けてしまうと言う。
つまらなくなった玩具は壊してしまえという発想。
敵である偽神軍のやりように連合軍は怒り、絶望、落胆し、それでも希望にすがって立ち上がり、ラナート特級要塞から逐一入る情報に焦りながらも連合軍の戦士達は闘っていたが、しかし。
絶望的な情報が入ってくる。隕石召喚を完全に止めることが出来なかったと。
そこからは人類の存亡を賭け、敵よりも隕石を砕く事が優先された。
自らの防御をかなぐり捨てて、全火力を隕石目掛けて撃ち放ち、やがては飛行する魔力すらなく墜落していく魔導鎧。
自身の推力を最大限にし、隕石を下から支えるかの様に飛び込んでいく解放騎士。
そして、竜王国の誇る7竜が、姫竜騎士と共にその身を盾にしようと隕石下部に飛び込んでいき―
―それでも隕石は落下した。
敵も味方も全て吹き飛ばすが、惑星セフィニアが無事であったことは、連合軍が命を賭けた甲斐があったのだろう。生きとし生けるものが全て消え去るほどの大破壊の後、後日この地を訪れた者が見たのは、真っ平らになったラナート丘陵地帯と、うず高く土砂に埋もれたラナート特級要塞があったと思われる丘であった。
この時、戦場に居た敵味方のほとんどが閃光と衝撃波を浴びて消し飛ぶ中で、奇跡的に助かった一機の解放騎士があった。
やがて、生命樹が芽吹き、この荒れた平地を2年で平原へ変遷させ広大なラナート平野が誕生することも。
天険ウルスラントから流れるヨネス川が堆積物に埋もれた河道をそれでも流しつづけて再び大河となることも。
地中深く埋もれてしまった彼女らには知る由もなかった。
敵側の魔神との戦闘により右膝から下と右腕を失った解放騎士NO.Ⅹ、クァーツェ・スノーシルバーは、たまたま墜落した場所が丘陵の影であり、左膝を立てた状態で隕石衝突の衝撃波に巻き込まれた。
本来であれば跡形もなく消し飛んでもおかしくはない大衝撃波であったのだが、彼らにとって幸運なのか不運なのか、それは近くのシナギー族の住むナギス村を、同僚機であるNo.IX、アイゼン・エルジオレッドが自壊覚悟の障壁を張って守った結果、直接の破壊を免れ、その代わりに・・・・・・吹き飛んだ大量の土砂が振って埋もれてしまったのである。
クアーツェの魔導コンピューター、“魔導ブレインNo.X”「クアン」は情報を収集するが、判明するのは大量の土砂に埋もれて自力脱出は不可能という事実である。
クアンは操者室の操者、金髪の少女騎士レティシア・セリエンティスに仕方なく告げた。
「レティ、残念ながら自力脱出は不可能です。我々は救助を待つしかない状態となりましたが、友軍機の反応は周囲にほとんどありません。ラナート特級要塞の原子時計は生きているようなので本部は無事と思われます」
「そう・・・・・・とりあえず、セフィニアは無事みたいだね」
「友軍の決死の突撃が実ったのでしょう。解放騎士のおよそ30機以上、それから、竜王国の姫竜騎士と7騎竜も隕石に向かったと報告がありました」
「アリシア姫まで・・・・・・無事、ではないよね・・・・・・」
「不明です。確かなことは、連合軍戦力は壊滅したと思われます。周囲の友軍機もほぼ壊滅状態のようです。この戦争は、おそらく連合軍の敗北です」
レティシアは、膝を抱えてうずくまった。涙が頬を伝い落ちてくる。
「あれだけ頑張ったのに!一度は勝ったと思ったのに!それでも僕らは負けたって言うの!?」
「生き延びた者が歴史を作ります。敵は強かでした。おそらく、我々の存在は歴史の闇に葬り去られるでしょう」
「そんなのってないよっ!何が神様だよっ!」
「本部が残っても戦力が無ければ時間の問題です・・・・・・少々お待ちを。本部から連絡が来ました」
思っても見なかった報告にレティシアはがばっと顔を上げる。
「なんてっ!?」
「・・・・・・本部からの連絡。隕石衝突の被害は最小限にすることが出来た。しかし、戦力消失のため連合軍の維持は不可能。最後命令である。関係者は身を隠せ。来るべき再戦に備え、今は身を隠すべし。以上です」
「そっか・・・・・・本部はまだ諦めては居ない訳だね」
「ええ。ですが、当機の救助の見込みは無くなりました。レティ、あなたには今後、3つの選択肢が与えられます」
「続けて?」
「1、自害。2、このまま干からびてミイラになる。3、冷凍睡眠措置を執る。如何致しますか?」
レティシアは微笑んだ。白磁の様な肌に瞳は大きな青色、整った顔立ちは、美少女と言っても差し支えない。その彼女が操者室の薄明かりの中で浮かべる笑みは、口元は儚げだが、その瞳に込められた意志はある種、壮絶であり、それらが美貌と合わさるとそれは狂気にも見える。
「3番だよ。僕は最後まで諦めない」
「良いのですか?目覚めたときには現在の16歳に睡眠期間中の年月が加算されます。間違いなくあなたは婆になりますよ」
「余計な事は言うんじゃないのっ!干からびた干物になるよりマシだよっ!」
「それでは、冷凍睡眠措置を執る、でよろしいですか?目覚める保証もないのですよ?」
「うん、やって頂戴。あ、そうだ、次に目覚めたときは、君の口がもう少し優しくなっていることを祈るよ」
「私は操者に最適であるようプログラムされているのですが。それでは、ゲル注入開始します。睡眠ガス投与」
操者室内に睡眠ガスが充満し、レティシアは膝を抱えてうずくまった姿勢のまま、半透明のゲルに覆われていく。
白馬の王子様が目覚めさせに来てくれないかなぁと子供じみた妄想をレティシアは抱いたが、すぐに自分でそれを打ち消す。来て欲しいのは王子様じゃない。一緒に闘ってくれる仲間。背中を預けられる、そして、偽神を打ち倒すだけの勇者。
そんな都合良い訳ないよね、と思いながらレティシアはまどろんでいった。
やがて、ゲルが効果して水晶のような状態となり、冷凍睡眠措置が機能したことを確認すると、クアンは自らの機能も停止することにした。
“バッテリー、マナバッテリー共に凍結中に残量ゼロになる可能性100%。当機の救助確率は1%未満と推測。長期冷凍睡眠中の副作用発生確率70%。これより当機は機能凍結を開始します。願わくば、レティシアに奇跡が起こらんことを”
こうして、一機の解放騎士は地中深く、目覚める可能性の低い眠りについた。それからおよそ三千年の時が過ぎる―
すー・・・・・・ぴー・・・・・・
フゴッ!
暗がりの中、自らのイビキに驚いて青年はハッと目を覚まし、体を起こした。
『夢か・・・・・・なんかすっごい夢を見た気がしたが・・・・・・さっぱり思い出せん』
ひんやりした石畳の上で寝ていた為、身体の節々が強ばっている。腰裏の腰袋から干し肉と水筒を取り出し、軽く食事を取ってから屈伸運動をして体をほぐすと青年は装備品を検めた。
左腰に差した片刃の剣は東方で言うところの太刀と呼ばれる種類で、無銘ではあるが6年間の修行を共にしてきた相棒である。右腰には小剣を差し、胸部を守る革の胸当て、両手両足を守る革製の籠手と脛当てを確認すると、青年は満足げに笑みを浮かべた。
青年が居るところは地下迷宮の一角である。と言っても、怪物溢れる場所ではなく、むしろ神殿と言うべきか。イソベル火山の火口内部に近いこの地下迷宮は、剣神ヴァルフィンの修行場で、滅多なことでは人が来ない。地下迷宮で遠慮無く眠れるのもそのおかげだ。ここには配置された修行用の敵以外、怪物の類はいないのである。
「よしっ!休憩も終わったし、いよいよ最後の大詰め行くかっ!」
独り言でしかないが、青年の声には快活な力が満ちあふれていた。
銀の長髪のその青年は年の頃17,8才といったところか。6アルムス(1アルムスは大人の肘から手までの長さ)もある長身に均整の取れた、鍛え上げられた体躯の人族である。
名は、“シャティル・ヴァンフォート”
青年の祖父、剣聖ゴードが開発し剣神ヴァルフィンに認められたと言うヴァンフォート流の修行をしており、目指す頂は「剣聖」。現在はその前段として、「剣匠」の証を入手すべく、最終試練としてここ、イソベル火山の地下迷宮を攻略していたのだ。
歩き出したシャティルが石造りの迷宮を進んでいくと、やがて、ぽっかりと開けた空間が現れた。
規則正しい配列の石造りによる壁面による、正方形の巨大な吹き抜けの空間だ。
遙か下方には赤黒い溶岩が熾火のように脈打ち、熱気のせいか空気まで赤いように感じる。前方には石造りの真っ直ぐな、手すりもない空中回廊が対岸まで伸びていた。
「おっかねぇ道だなぁ」
床板だけの非常に危険極まりない道であるが、幸いにも回廊幅は1マトル(2m程)ほどあり、通路中央を歩く分にはなんとかなりそうで渡り始める。
必要なのは胆力、そして体幹の良さか。空中回廊の中程まで歩いたシャティルは気持ちに余裕が出たのかふざけたことを口にする。
「しかし、こんな時にはお約束があったりして」
呟いたシャティルは、次の瞬間に顔が引きつる。こう言うのをフラグと言うのだと、昔なじみの友人が以前に教えてくれた事を思い出したのだ。とある魔法使いが、占星術で占った事柄を旗に記して占う相手に選ばせることから始まったらしいが・・・・・・間違いなくシャティルはフラグを立ててしまったらしい。
前方から、何か黒い物体が真っ直ぐに飛び込んでくる。
「マジかよっ!!」
緩んだ表情が一瞬にしてきりりとし、咄嗟に身を伏せると頭上を何かが飛び去った。
振り返ると来た方向の入り口で空中停止して羽ばたいているのは、羽根を持った悪魔を象った石像―ガーゴイル―だ。
ガーゴイルが再びこちらに姿勢を正したのは再度突撃をするつもりだろうか。
シャティルは左腰に差した刀の柄に右手を軽く添え、膝を軽く曲げて腰を若干落として構えた。
正面のガーゴイルが、再び急発進して猛スピードで飛来する。
一瞬だけ白く輝いたシャティルの身体とガーゴイルが交錯すると、次の瞬間には両断されて溶岩に落ちていくガーゴイルと、斬心を終えていつ抜いたかも分からない刀を納めたシャティルの立ち姿しかない。
「迂闊な事は言わないに限るかな」
苦笑したシャティルは向きを変え、再び先へ進むのであった。
やがて、空中回廊が終わりになると、出口を潜った先はこれまでと違い、眼前に続くのはじめっとした空気と岩肌の露出した洞窟といった様相だ。
この先は通路に灯りもなく、吹き抜け空間の溶岩の灯りに慣れた目には、真っ暗闇にしか見えない。おそらくこの奥に目的の祭壇があるのだろう。そして、ここからが最後の試練だ。
気合いを入れ直したシャティルは、目をつぶって暗闇に慣れるようにしてから、先程と同様に柄に右手を軽く添え、腰を若干落とした姿勢で慎重に前進を始めた。
再び目を開けると、僅かだけ暗がりの中で見える状態だ。視界が悪い中、気配も極力察知出来るよう、五感を研ぎ澄ませて慎重に進む。
シュッ!
風切り音に、咄嗟に一歩後退したシャティル。どうやら不意打ちの刺突を回避できたようだ。
姿勢を低く、後退と同時に抜刀した太刀持つ右手を右肩前に、刃先を中段正中に下げて太刀峰に左手を添える。
ヴァンフォート流剣術「魔盾の構え」
ヴァンフォート流の、狭所における防御の型。
ヴァンフォート流は、円環を基本とした受け流しと、衝突点から自身の重心を経て足下まで威力を伝え流す、柔剛それぞれの防御を基本とする。
魔盾の構えは右腕から太刀、太刀から左手を回して円環による受け流しをする柔防御と受け流しを基本としつつ、前方からの強撃に対しては真っ直ぐに受け止める剛防御も可能な構えだ。
前方に現れた敵は、身体を黒塗りの骨で構成され、肩口から2本の腕が生えた、4本腕のスケルトン剣士であった。
暗闇の戦闘に特化した様相のスケルトンは、4本全てに3アルムス程の黒塗りの片刃曲刀を持ち、カシャカシャ音を立てそうなイメージなのに無音でスイッと踏み出し、左右2本ずつの剣を繰り出し襲いかかる。
スケルトンが右下の腕による袈裟切りを仕掛けるが半歩下がってかわすシャティル。その紙一重の回避を想定していたのか、返す軌道の切り上げと右上の腕の袈裟切りが同時に行われ、
刹那、上下の刃のすれ違いは真空刃を生んだ。しかし、シャティルもこれを読んでおり、すかさず魔盾の構えから太刀を通して魔力を真空刃にぶつけて防ぐ。
右腕の技により半身となったスケルトンは、真空刃を防がれると瞬時に腰を捻り、左の2本の腕で上段と下段へ突きを放ってきた。
暗闇と黒塗りの武器と身体の相乗効果は技の出だしが見えず、辛うじて身を捻って回避成功するシャティル。
そこを狙い澄ましてスケルトンの右の2本の剣が上下別々の角度で横薙いできた。流石にこれはかわせず、太刀で受け止める。
動きの止まったシャティルに今度は二本の左腕による横薙ぎと刺突を繰り出すスケルトン。
シャティルは咄嗟に太刀を正対に戻し、峰に当てた左手から峰越しに魔力を前方に叩きつけた。
ヴァンフォート流「“魔”盾の構え」。なぜ、魔の文字が冠されているのか。
通常の物理防御だけであれば「盾の構え」となるはずであるが、峰越しに魔力を放ち太刀でありながら瞬時に盾の使い方が出来るのがその由来だ。
魔力を物理的な圧力として叩きつけられたスケルトンがたたらを踏むと、シャティルはその隙を見逃さなかった。
身体強化術“騎士魔法”を瞬時に発動し、一瞬にして白い燐光に包まれたシャティルは、人体を凌駕する瞬速の5連突を放つ。
ヴァンフォート流刀技、壊門五連突。
スケルトンの二の腕4箇所を突き砕き、防御不能にした胸部中央奥の脊椎へ魔力も込めた最後の一突きを打ち貫くと、スケルトンは脊髄を粉微塵に砕かれつつ後方の暗闇へ吹き飛ばされ、ガシャッ!と言う激突音と共に、気配を途絶えさせるのであった。
宜しければ感想、ブクマ登録、レビュー等、応援よろしくお願いします!
この作品は「異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ」の全体編集を年末に行い、抜き出した第一部を前日譚として改編したものです。
以前は第一部だけでは10万文字に達していなかったのですが、今回の改編に伴い、2万文字以上追加し10万文字を超えています。
細かな部分では行間改行や台詞回しを全体的に修正していますが、冒頭からエンディングまで挿入エピソードも加えて改訂していますので、一度読んだ方も是非お読みください。