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リトラ×アトラ  作者: 花凛兎
軍神の主
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その風が運ぶのは


「……全く。おとなしくしていろと言ったはずだ」



 すぐ傍で、同じように風に弄ばれた銀色の髪が舞い、リトの頬をくすぐる。



「……ユーリ……?」


 見ると、ユリウスは庇うようにリトの肩を抱いて、風のシールドを展開させていた。



「間に合って良かった。後はもういいぞ。今度こそ、ここでおとなしくしていろ」



 ユリウスは剣を抜き立ち上がると、リトとポーリンを残し、風のヴェールから出て行った。


 その上にゆっくりとジゼルが降りてくる。



『ググ……! こうなれば引けぬ……、アトラとジゼル、双方の宿り主を差し出す機会!』


 蛇が再び息を吸い込み、その口を大きく開けた瞬間、ユリウスの姿が消えた。



「え……?」



『グゴ……、ァ……?』



 リトの目に飛び込んできたのは、大きく開けた口の中に長剣を突きたてられた堕聖獣。


 それでは足りぬとばかりに、ユリウスはその剣をさらに喉元に押し込んだ。



『ガッ! ガハアアアアァァ……!』


 口に剣を差し込んだまま天を仰ぎ、のた打ち回る蛇に向かい、ユリウスとジゼルは声を合わせた。



『「ラムレス!」』


 カッと天から白い光が尾を引いて、口の中の長剣に落ちる。


 凄まじい爆音と共に蛇の堕聖獣の身体は真っ二つに裂け、その姿は音もなく、黒い灰のようにホロホロと崩れていく。


 やがてその灰が跡形もなく闇に溶けてしまうと、宿り主の女はバッタリとその場に倒れこんだ。



「死んだか?」


 ユリウスが剣を拾い、静かに鞘に収める。



『まさか。精神で繋がってるだけですもの。人間の方に電雷は伝わってないわ。……でもおかしいわね。まるで糸が切れたように』



「目が覚めたら取り調べよう。屋敷の牢に放りこんでおいてくれジゼル」


 ジゼルは小さく頷くと、フウッと女に息を吹きかけた。


 するとその身体はふわりと宙に浮き、ひとりでに屋敷の方角へ飛んでいってしまう。



「………………」


 ポーリンを抱いたまま、リトはまだ呆然としていた。


 今の戦い、あまりの速さに動きを目で追えなかった。それにあの電撃は昨日の試験時の比じゃない。


 やはり昨日は手加減していたのだろう。


 悔しいような羨ましいような、そんなおかしな気分に加えて、なんだかまだドキドキと胸が鳴っている。



「あの……ありがとうユーリ。でも、よくここがわかったね……」



 地面に座り込んだままリトが呟くと、ユリウスはつかつかと傍にやってきてその目の前にしゃがみこんだ。



「……この、バカヤロウ!」


 思わず、全身がビクッと跳ね上がる。



「お前は何もわかってない! お前がアトラの宿り主だというのは、おそらくもう国中に広まってる。という事は、国中の堕聖獣がお前を狙いだす! アトラが一緒ならまだしも、ふらふらと一人で出かけるなんて自殺行為もいいところだ。自由にしていいとは言ったが、私の言う事だけは聞け! いいな!」



「はいっ! ごめんなさいぃぃ!」



 あまりの剣幕にリトは思わず目をつぶった。そこにジゼルが助け舟を出す。



『もういいでしょうユリウス。無事だったんだし、リトも反省しているわ。これで身を持って自分の立場がわかったでしょう』



「本当に……次に何をやらかすか目が離せないな。首に縄でもつけて繋いでおくか。そうだポーリンも、怪我はないか?」


 ユリウスはポーリンを拾い上げ、その背中やお腹、足などを点検し始めた。



「ぼく、なんともない……。それよりごめんなさい兄様、ぼく何にもできなかった……」



「そんな事はない。見たぞ、お前が変化したアトラを。あれで時間を稼いでくれなかったら間に合わなかったかもしれない。よくやってくれた。……ありがとう」


 ユリウスが耳をくすぐると、ポーリンは釈然としない顔で俯いた。

 


「ふーんだ。ポーちゃんには優しいの……」


 ポツリとこぼすと、ユリウスがこちらをキッと睨んで目の前にポーリンを差し出してくる。



「……持ってろ」



「え? ああ、うん……」



 首を傾げてポーリンを受け取ると、ユリウスは突然リトを自分の肩に担ぎ上げた。



「わっ! な、何よ、下ろしてよユーリ!」



「黙ってろ。脚をやられてるだろう。帰るぞジゼル、屋敷まで頼む」



『はい。ユリウス』



 リトの訴えなどお構いなしに、ユリウスとジゼルは風を集め始めた。



「それにしたって……、こんなお荷物みたいに担がなくてもいいじゃない! 自分で歩けるわよ! ちょっと聞いてんの? ねえ、その……せめてお尻は後ろに向けてーっ!」



「うるさいっ! 言う事を聞けと言っただろう。これはお仕置きなんだ!」



 ピシャリとお尻を叩かれ、情けなさと恥ずかしさでリトが涙目になる。

 

 その瞬間、意思をもった力強い風が全員を取り巻いた。




「それで? ガセンズの言っていた件とあの女は関係がありそうか」



 ジゼルの風に乗り、屋敷に向かっていた途中で、ユリウスはリトのお尻に訊ねた。



「知らないよ……、あいつ宿の入り口に立ってただけだったし……」



 この体勢への抗議を諦めたリトは、ユリウスに担がれたまま力なく答える。



「立ってただけ? じゃあなんでお前はあんな所まで誘い込まれた。宿の女将の話だと、物凄い勢いで追いかけていったと……」



「それは、その……」



 背後でモゴモゴと口ごもるリトに眉をひそめ、ユリウスは足元のポーリンに答えを求めた。



「ポーリン、何があったんだ」



 有無を言わせぬその口調に、ポーリンは小さく口を開いた。



「えと……その、宿の女将さんとあの女の人が……兄様を不老公爵って呼んだの。リト、その事知らなくて、それを聞き出そうと……」



 ユリウスは顔色一つ変えずに、自分の背後にクッタリと垂れるリトに顔をめぐらせた。



「なんだ、そんな事か」



「それだけじゃないよ! あいつ、あたしが気にしてる事も言った!」



 リトがガバッと顔を上げ振り返る。



「気にしてる事?」



「あ、もしかして、兄様がリトを護衛にしたのは、アトラが欲しかっただけだって言った事?」



「ポーちゃん!」



 リトに怒鳴られ、ポーリンがピャッと悲鳴を上げる。


 目を潤ませて唇を固く結んだリトと目を合わせ、ユリウスは小さくため息をついた。



「……リト」



「わかってるよ! アトラがすごい聖護獣だって知って、ジゼルともコンビだって聞けば気が付くよ。そうでなきゃあたしみたいなのが、シオン公爵様の身内なんて言ってもらえる訳ないもん!」



「ちょっと待て、リト」



「当たってるだけに腹が立ったの。でも、あたしだって少しは役に立てるって見せたかったし、だからアトラを置いて……きゃあっ!」



 掴まれていた足を引っ張られたかと思うと、リトのお尻はユリウスの腕の上にストンと乗せられてしまった。



「ユーリ……!」



「私をそう呼ぶのは、亡くなった両親と今はトスカだけだ。私が気に入って、必要だと認めた者にしか呼ばせない」



 リトを子供のように抱きかかえ、ユリウスはそんな事を言い出した。


 目の前にあるその澄んだ瞳に、さっきのおかしな胸の痛みが復活してくる。



「……? だからわかってるってば……。あたしがそう呼べるのもアトラのおかげ……」



「私がお前に初めて名乗ったのはいつだった?」



「もういいってば! 最初に会った時でしょ? お屋敷の森の中であたしが迷ってて……。……あ!」



 思い出した、始めて会った森の中。


 あの時、名前を聞いたリトに、ユリウスは確かに自分の愛称を名乗った。


 でもその時アトラは出てこなかったのだから、まだリトの聖護獣がアトラである事を彼は知らなかったはずだ。



「わかったか? もうくだらん早とちりで、いちいちつまらん事に巻き込まれるな」



 いつも無表情なユリウスがふと笑う。


 その瞬間、リトの胸で小さく脈打っていた何かが見事に弾け飛んだ。



「な……なんで? だって、あの時はまだあたしの戦いぶりも見せてなかったし、それに……」



「腕が立とうと立つまいと、そんな事はどうでもいい。実際のところ、私に護衛など必要ないしな。ただ可愛いから欲しいと思っただけだが」


 なにかおかしいか? とでも言いたげに、ユリウスは首を傾げる。



「かっ、かっ、かわ……かわわわ……?」



 今やリトの心臓は、ありえない速さで暴走している。

 血の巡りが良すぎて、身体中が燃えるように熱い。



「そうだな……しいて言えば」


 

 視線を宙に泳がせて、ユリウスが耳元で囁いた。



「ポーリンを傍に置こうとした時は、この子がいれば私は優しくなれると思った。トスカの時は強くなれると思った。リトに会った時は……お前が傍にいれば、私は笑って過ごせると思ったんだ」



 ジゼルがゆっくりと下降し始める。眼下に見える屋敷に向かって風が渡った。



「お前が笑ったり怒ったり、わがままを言って困らせたりするのさえ、なんだか楽しい。だからアトラは関係ないんだ。お前は思うまま、自由に生きればいい。私が守ってやる」



 ユーリが笑うと、こんなにも嬉しい。


 やっとわかった。さっきから心が騒ぐその理由。



 ジゼルが到着を告げながら全員を屋敷の庭先へと運ぶと、リトはユリウスの襟元をキュッと掴んだ。



「ユーリ……あたしね。あんな風に助けてもらったのも、怒られて怒鳴られたのも、抱き上げられたのも、アトラ以外に初めて。それに、親にさえ必要なかったあたしを……欲しいって言ってくれた人も、あなたが初めて」



 リトを抱きかかえたままのユリウスが、柔らかな庭の草を踏む。

 

 ジゼルがスッと彼の中へと姿を消した。



「あたし……ユーリが好きみたい」



 風が、足元から小さく巻き起こる。


 ポーリンがまたピャッと声を上げ、そしてユリウスは……。



 顔から耳まで真っ赤に染めて自分を見つめるリトを、ただ静かに見返していた。






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