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リトラ×アトラ  作者: 花凛兎
軍神の主
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やきもちの種類



『ひどい……、ひどい方……』



『……すまない』


 屋敷内の森の奥深く、金と水色にぼんやりと光る二つの聖獣。


 二つは一つに溶け合い、ゆっくりとたおやかに螺旋を描く。



『わたくしは転生してユリウスの聖護獣になった時、今度はすぐに会えると思ったわ。堕聖獣を相手にする、シオン公爵の聖護獣よ。人目にもつくし、噂にものぼるわ。なのにあなたは探してもくれなかったの……?』



『すまない……』



『そればかり……言い訳すらしてくださらない。どうして……? 会いたいとは思ってくださらなかったの。いつもあなたはわたくしから遠ざかろうとする……』


 ジゼルの瞳が悲しげに潤む。


 そこから目を離せずに、アトラは水色の髪に指を通した。



『……丘の上に風が吹くと、お前が起こしているのかといつも山の向こうを見ていた』



『アトラ……?』



『村から出たいとリトが言い出した時、俺はどこかでお前に会えるかもしれぬ淡い期待に、抑えても抑えても胸が躍った。自分が人目につけば、風の噂でお前の耳に入るかもと……そんなことも考えた。それでも俺は村から出るのに反対したし、人目につくのも避けた』



『わからないわ……何故……』



『闘技場でお前と会った時、確かに俺は逃げようとした。だが心は会えた喜びに震えていた……とんだ愚か者だ』



『どういう事? 一体あなたは何を考えて……』



『俺の傍にいると、お前は無茶ばかりする』



 きつく背中を引き寄せられ、ジゼルの身体がしなる。



『前回も、その前もそうだったな……。俺が戦うと、お前は必ず俺の為に命を費やす。置いていかれる者の痛みをお前は知らない。魂が裂かれるようなあの痛みを……。それならいっそ、会わない方がいいのではといつも迷うんだ……』



『ああ……アトラ……!』



 金と水色の陽炎が完全に溶け合う。


 抑えきれない心の波動が大気を震わせ、炎と風が辺りに漏れ出した。



『もうウンザリなのかもしれない。戦うばかりの宿命の輪が……。軍神、無敵の火猿などといくら謳われようとも、その度に愛する者たちが消えていく……。その輪に戻るのはもう……!』



『……あなたが戦うのは、大事なものがたくさんあるから……』


 アトラはジゼルの唇から離れ、その瞳を見返した。


 鈴のような声は、歌うように包むように、アトラの苦悩を撫でていく。



『道端の花、空を駆ける鳥、そして宿り主やあなたを取り巻く人間達……。あなたはそれら全てを守ろうとする。とても欲張りだわ。だからあなたは戦うの。そしてそんなあなたを、わたくしは愛しているのよ……。あなたこそ、置いていく者の寂しさを知らないでしょう。それでもわたくしは、あなたを守る権利は誰にも渡さない……』



『ジゼル……! 頼むから、もし次に何があっても無茶はやめてくれ。愛しているというなら、共に生きる道を最後までさがしてくれ』



 アトラの心からの願いに、ジゼルは頬を染めてうなずいた。



『わかったわ……誓います。……あなたがそんな風に心を見せてくれるのは初めてね』



『……そうだったかな』



『あなた少し変わったわ。熱さと激しさは相変わらずだけど、どこか温かい……。宿り主の影響かしら』



『まさか。田舎暮らしで平和ボケしてるのかもしれない。……今の俺は嫌いか?』



『まあ子供みたいに。いいえ、とても……とても愛しいわ…』



『なら、その証を見せてくれ。ジゼル……』



 アトラは狂おしげにジゼルのうなじに唇を這わせた。


 抑えきれない炎が風に巻き上げられる。



『わたくしもそうしたいけど……今は無理みたい』



『何故……? 俺がこういう時、止まった試しがあるか……?』



『わたくしは構わないけど、あなたが困るのではなくて? ……ほら』



『は?』



 ビクッと顔を上げると、アトラはジゼルの視線を追って首がもげるほどに振り返った。



『リッ……リッリッ、……リトぉ!?』


 背後のブナの木の根元に、折った木の枝で身を隠したリトとピンクのヒッポがうずくまっている。



「はわわっ……ごっ、ごめんなさい! ぼくはやめようって言ったんですぅ!」



『まあ……ポーリンも一緒なの? いけない子ね。あとでユリウスに叱られてよ』


 優しくたしなめられて、ポーリンのピンク色の身体が真っ赤に染まる。


 だがリトは物憂げに木の枝を下ろすと、魂が抜けたようなアトラを真っすぐに見上げた。



「ホントにジゼルさんってアトラの恋人だったんだ」



『いやっ! その、あー……なんというか、古い付き合いというか戦友というか……』


 パニック状態のアトラは、ジゼルをしっかり抱いたままオロオロとしだす。


 その腕を自分から剥ぎ取り、ジゼルがスウッとリトの前に降り立った。



『浮かない顔ね……それはやきもち?』



「うん……そうかもしれない。なんとなく寂しいっていうか……。ごめんなさい……」


 ジゼルはニッコリ微笑むと、リトの髪をそっと撫でた。



『いいのよ。それはきっと当然かもしれないわ。でもね、わたくし達……百年ぶりに会えたの。ずっとずっと会いたくて、でも会えなくて……。もう少しだけ、アトラを貸してくださらない……?』


 リトがハッとしたようにジゼルを見上げる。



「そうか……そうだよね。あたしがアトラを独り占めしてる間、ジゼルさんはずっと寂しい思いをしてたんだ。ごめんね、ジゼルさん。あたし変な事言っちゃった。アトラが嬉しいなら、あたしも嬉しいよ。お邪魔してごめんなさい」



 リトはピョコンと頭を下げ、足元のポーリンを拾いあげた。



「アトラ、ゆっくりしてきてね。あたし、お部屋に戻ってるから。ポーちゃんと先に寝てる」


「ぼくと!?」


 抱きかかえられたポーリンがピャッと悲鳴を上げる。


 構わずリトは踵を返し、もと来た道を歩きはじめた。



『……あなたもきっと、すぐにわかるようになるわ。やきもちにも種類がある事を』


 ジゼルが声をかけると、リトは振り返って照れたように笑った。



「でもよかった。みんながアトラはすごい女たらしだって言うから心配しちゃった。ちゃんとジゼルさんを大事にしてるじゃん。もう、いやだなー脅かして」



 リトに悪気はない。


 心から心配しての台詞だが、その捨て台詞にアトラは一瞬にして青くなった。


 そしてジゼルの水色の髪がボワッと逆立つ。



『そういえば……、闘技場ではずいぶん黄色い声が上がっていたわね、忘れていたわ。あれは一体どういう事なのかしら……?』



『お、おい待て! 違う、誤解だ。まだ都には女なんかいない! あれは多分、昔の……』



『都には!? じゃあ、前の村にはいたって事? それに昔ってなによ。アトラ、あなたその悪い癖だけはちっとも……!』



『待っ……! ちょ、ジゼル、俺の話をおおぉぉぉーー……』



 ザザアッと辺りの木々が渦を巻く。


 足取りも軽く屋敷に向かうリトの後ろで、アトラの断末魔の叫びが心地よくこだました。


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