めぐる光
抜けるような青空の下、闘技場の熱気と興奮は最高潮に高まっていた。
数々の名勝負が繰り広げられ、どうやら今年の自警隊入隊試験合格者は質が高いように思われる。
それは自警隊を束ねるシオン公爵にとって、そして何より国民にとっても喜ばしい事だ。
「ああ、なんかウズウズするな。兄様、来年はぼくを試験官に任命してよ」
ポーリンが身の丈ほどもある愛剣に手をかけながらニッと笑った。
「バカを言うな。お前を試験官になんかしたら合格者が出なくなってしまう」
今では自分を遥かに凌駕する逞しい体躯となった弟を、ユリウスが苦笑して見上げる。
二人は観客席の中央に設けられた特別席で、入隊試験を見物しながら久しぶりの再会と兄弟水入らずの時を楽しんでいた。
「ところでポーリン、ヒースラッド村の孤児院の運営の方はどうなんだ? 何か不自由はないのか」
「ははっ。やだなあ、いつまでも子供扱いで。妻も働き者だし、不自由なんかないよ。毎日、子供達と畑仕事して、勉強を教えて、食事を作って……みんな可愛いぼくの家族だ。でも、相変わらず孤児ってのはなくならない。今、この国は一見平和そうに見えるけど、そういう所で世の中の、人の心の歪みみたいなものを感じるよ」
「人が生きる上で、そういうものが完全になくなる事はないだろう。堕聖獣が絶えないのと同じでな。それでも、それと戦うのがシオン公爵家の者の仕事だ。頼むぞ」
ユリウスがポーリンの大きな背中をポンと叩くと、彼もそれに力強く頷いた。
「それにしても……まだ来ないね。間に合わないのかな」
ポーリンは会場内をキョロキョロと見回す。
この採用試験の見物を誰よりも楽しみにしているはずの人は、まだ姿を現さない。
「そろそろポーリンの愛弟子の登場なのにな。でもそれには間に合うように来るだろう。何を置いてもな」
ユリウスは落ち着いた様子で、特別席の背にゆったりともたれた。
《さあみなさん! お待たせいたしました。いよいよ本日、最後の受験者です!》
場内のアナウンスが高らかに宣言し、闘技場の入場口からタタタッと受験者が駆け込んでくると、観客席から怒涛の歓声が湧き起こった。
「ふむ。一年でずいぶんと大きくなったな」
ユリウスが顎を撫でながら目を細める。
《ここ数年の名物ともなりましたこの受験者。今年で十二歳となりましたガゼットくん。三度目の挑戦です!》
湧き起こる声援に、ガゼットは大きく両手を振りながら笑顔で応えている。
「ははは、腕も確実に上がってるんだよ。ただ太刀筋が大味というか大雑把というか……親に似たのかな」
「ガセンズの剣は大味ではなかったぞ。性格は大雑把だったが」
「……って事は、憧れの師匠に似たんだね」
ポーリンとユリウス共に、その点に関しては苦笑いしかできない。
そこへ二人の背後から、鈴を振るようなたおやかな声がようやく響いた。
「ごめんなさい遅くなって。セルジュとルチアナをお昼寝させるのに手間取って。双子って泣くのも寝るのも一緒なのよ。でもよかった、間に合ったみたい」
「やあ、義姉上、お久しぶり。間に合わないかと心配してたんだ」
ポーリンが振り返ると、そこには金に輝く蜜色の髪の美しい女性が闘技場を見下ろして微笑んでいる。
その後ろには、クリクリとした緑の瞳が可愛らしい女の子が頬を膨らませてついてきていた。
「ねえ父さま、あの男の子が最後の受験者なの? やっぱり父様と一緒に来ればよかった! 初めての見物なのに一人しか見れないなんて」
「母さまにくっついて離れなかったのは君だろうトスカーナ。大丈夫、今日の一番勝負はこれからだ。膨れてないでこちらへおいで」
言われるまでもなく、トスカーナはユリウスの膝の上にピョン乗る。
「叔父さま、あの子が例のお弟子さんなんでしょ? 強いの?」
「もちろん。聖護獣との相性もいい。なにより気持ちのいい子でね。将来が楽しみだ」
「聖護獣……いいなぁ……」
未だ聖護獣を持たない姪の頭を、ポーリンは優しく撫でた。
その時だ。
「……リトルシェイラーー! それからアトラ!!」
突然、闘技場の中央から、ガゼットが大声で叫んだ。
「今年こそあんたたちを倒して合格してやるからなー! 早く降りてこーい!」
やいのやいのとこちらに向かって騒ぎ立てるガゼットを見下ろして、リトがため息をつく。
「やっぱり今年もあたしが相手をするの……?」
するとガオッと熱い気と共に、リトの背中からアトラが姿を現した。
『仕方がないだろう。最初の受験の時からあいつのご指名は俺達なんだ。憧れであり、目標でもあり。それに子供とは言え、ああいう無謀な奴は嫌いじゃない』
『あら……そんな事を言って、本当は自分が戦う所を女性陣にアピールしたいだけなのではなくて?』
いつの間にかジゼルもユリウスから浮かび上がって、斜にアトラを睨んでいる。
『な、何を言うんだジゼル! 俺はただ、指名を受けた以上は応えるべきだと……』
「そうよね。あたしも売られたケンカはきっちり買う主義よ。じゃあ行こうかアトラ!」
言うや否や、リトはアトラに抱えられて闘技場に降りていった。
「ははっ。さすが義姉上。母になって少しは落ち着いてきたかと思ったけど、やっぱり根は変わらないね」
ポーリンは心底楽しそうに笑い、闘技場に見入っている。
ユリウスも膝に娘を抱いたまま、身を乗り出した。
「あのリトが変わるはずがないだろう。おかげで私は毎日楽しくて仕方がない」
かつての初恋の人と愛する妻を、ポーリンとユリウスの兄弟が同じような優しい目で見守る。
そんな父と叔父、闘技場の母と少年を順に見つめ、十歳のトスカーナは不思議な胸の高鳴りを覚えた。
リトとガゼットは闘技場の中央で対峙し、それに観客も惜しみない拍手と歓声を送っている。
今ではその名を聞いただけで堕聖獣は尻尾を巻くと言われる、シオン公爵夫人と軍神アトラの戦いが見られる事も貴重だが、それに挑戦しようという少年の心意気にエールを送る者も少なくない。
「ガゼットぉ……あんたも懲りないわね。あたし達を指名する限り、いつまでたっても自警隊になんか入れないよ?」
「それは言いっこなし! オレだってそこは失敗したと思ってるんだ。でも、いまさら普通の試験官で合格したっていい笑い者だろ。心配しなくていいよ、ここで勝てなくても、いつかなんらかの形で潜り込んでやるから」
「そうしなさい。あたし達、リトラ×アトラは手加減なんかしないからね」
「望むところだ! 出でよ、コンザード!」
ガゼットが大きく手を上げると、その背中から見知った鷲の聖護獣が躍り出て翼を広げた。
かつてガセンズと共に戦ったコンザード。
よほど彼を守れなかった事が無念だったのだろうか。
この聖獣は消滅した後、すぐに転生し、かつての宿り主の息子を次の主に選んだ。
この翼を見る度に、リトの中にあの大らかな笑顔と悲しい過去が蘇る。
だが人はそうして、悲しみと喜びを繰り返しながら歴史を刻む。
太古の昔から綿々と受け継がれてきた人の歩みは、いつでも心の弱さとの戦いで彩られているものだ。
「どうしたのさ、リトラ! ボーっとしてると背中を取っちゃうよ!」
ガゼットがコンザードの背に乗り、剣を手にして楽しそうに飛び回る。
それを見上げて、リトとアトラは同時に両手を高く掲げ、声を合わせた。
「『十年早いわ! その前に焼き鳥にしてやる。――デトラファイア!!』」
二人から空に向かって火炎が放たれる。
単なる威嚇の攻撃に、ガゼットは慌てふためいてくるくると回りながら滑空していく。
その様子に観客が沸き、リトからも笑顔がこぼれた。
「……ねえ、父さま。私は女の子だけど、シオン公爵家の跡取りよね。私が戒律を受け継ぐんでしょ?」
他の観客と共にリト達の戦いを笑って観戦していたユリウスとポーリンは、突然のトスカーナの問いに眉をひそめた。
「……そうだ。だがそれは、私にもしもの事があった時の話だ。私は母様と一緒に歳を取ると約束した。だから心配しなくていい」
「違うの。そういう事じゃなくて」
トスカーナが頭を振ってユリウスの顔を見上げる。
「跡継ぎなら、私が光の者を選ぶのに誰も文句は言えないわ。父さま、私、あのガゼットくんが護衛に欲しいの」
そう言ってトスカーナは、ジオラルの花のように可憐に、そしてちょっぴり妖しく笑った。
【リトラ×アトラ END】




