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リトラ×アトラ  作者: 花凛兎
闇、恋うる花  花、恋うる闇
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焦がれる笑顔



『「この……バカーーーーッ!!」』



 見事にリンクしたリトとアトラの咆哮に、ユリウスとジゼルが同時に耳を塞ぐ。



「やっぱりね、こんな事だろうと思って寝たフリしてたんだから! 一人で来て何するつもりだったのよ。一緒におじいちゃんとおばあちゃんになるって約束したのに。ユーリの嘘つき!」



『このわからずやのバカ女! お前の魂胆なんかお見通しなんだよ。毎度毎度、似たような手口で置いていきやがって……! 最後まで共に生きる術を探すと誓っただろうが。後でお仕置きだからな!』



 憤然と唇を震わせる二人に、ユリウスとジゼルは同じように目を伏せた。



「リト、わかっているだろう。お前は実の父親を本気で攻撃などできない。お前とリンクしたアトラも同じだ。そして……私もお前の肉親に手をかける事はできない」



『まともに術の出せない今のあなたはグールの格好の餌食よ。私はいつの世も、他の方法を知らないの……あなたを守る術を』



『ふざけんなっ! この俺様がたった一匹の堕聖獣に喰われるって言うのか? 俺とリトはもう覚悟を決めてる。こんな奴、俺達の炎で……』



「これはあたしがやらなきゃいけない事なの。わかってユーリ、ジゼル!」



 リトとアトラがグールに向かい手をかざす。



 だが、リトはその背後から現れた人影に、凍りつくような身体の震えを覚えた。


 それは自分と繋がっているアトラも同様。



(母さん……!)



 ルチアが、伯爵の背中に寄り添うように立っている。


 リトと同じ緑の瞳が、まばたきもせず虚ろな色を湛えてそこにあった。



「ふ……、軍神アトラはただの愚か者か。今のお前達が何も出来ない事、オレが芯からわからせてやる。……さあルチア、お前の娘を抱いて放すな。そして……再会のキスを」



 グールの後ろからゆっくりとルチアが進み出る。


 言われるがまま真っ直ぐ、その場で硬直するリトに近づいていく。



 やがてその細い腕は、実の娘を優しく抱きしめた。



「や……めて……、母さん」



 額に触れる優しいキスは温かく、それは確かにこの人が生きている証に思える。


 闇の魔力と人を狂わす薬で繋ぎとめられた人形だとしても、このぬくもりを失うのは確かに怖い。



 なす術もなく動けなくなったアトラも、きっと同じ思いでいるのだろう。



「ふふ……はははは! わかったか、アトラ=モリス! 聖護獣と宿り主の心は一つだ。いくら足掻いても、お前達の心の底はルチアもセルジオも失うのが怖い。待っているがいい。公爵を喰らった後、ゆっくりとお前も取り込んでやる」



 ルチアの腕の中のリトに、グールの笑い声がのしかかる。


 引き裂かれそうな胸の痛みに目を閉じると、ユリウスの優しい声が耳に届いた。



「わかっただろう……? リト、心配するな。私はきっとお前の中に宿ってる。だから泣くな。笑って、生きろ」



「…………!」



 リトが目を開けた時、今そこにいたはずのユリウスの姿はない。



「待ってユーリ! だめぇ!」



「グール、お前は私が消す!」



 風の力で瞬時にグールの懐に滑り込んだ彼は、仰け反って笑っていたその顎を掴み、迷わず声を上げた。



「アデル……!」



 だがその時、グールを捉えたユリウスに向かって細身の長剣が一閃される。



「なっ!?」



 ユリウスが咄嗟に身を翻しグールから退くと、彼の目の前に一人の影が立ちはだかっていた。



「この人に……触らないで……!」



「トスカ!?」



 困惑するユリウスを睨みつけながら、トスカがグールを自分の背後に押し込む。



「誰であろうと、この人を傷つけるのは許さない。たとえそれがユーリ、あんたでも……」



「トスカ、聞いてくれ! 伯爵には堕聖獣が宿ってる。麻薬を作り、人を操り……闇の力欲しさに何人もの人間を殺めた。止めなければ!」



「知ってるわ。もうずっと私はそれを隠してきた。父様を……いいえ、グールを失いたくなかったから」



 憂いを秘めた瞳が、艶やかに潤む。


 その目にユリウスがハッと息を飲んだ。



「まさか……お前の想い人とは!」



 トスカは剣の切先を真っ直ぐにユリウスへと向けると、背後のグールに静かに尋ねた。



「どうしてあの時、私にあの薬を使わなかったの。あれはただの睡眠薬ね……?」



「お前にそれは必要ない。それに、お前にまで使ってしまったら、オレは唯一の操られていない愛を失ってしまう。言っただろう、オレにもお前が必要だと」



 今までルチアに対してさえ使うことのなかった言葉を、グールは初めて口にした。


 切なげに唇を震わせてトスカが瞼を閉じる。



「ごめん……ユーリ、こんなバカな姉で。分かってもらえるとは思ってないわ。でも私があの時あんたと交わした誓いは本当よ」



「あの時の……誓いとは、まさかトスカ!」



 ユリウスの問いに答えることなく、トスカはおもむろに剣の切先を反転させ、自分の胸を一気に貫いた。



「くふっ……! ああああああっ!」



「トスカーー!」



 さらに深く押し込んだ剣は彼女の胸を貫通し、背後のグールまでも深々と突き刺した。



「ぐっ……おお……! そう……か、そうだったな。お前はこういう女だった……!」



 グールが震える手でトスカの肩を掴み、ゆっくりと自分から引き剥がす。


 腹から剣がズルリと抜け、そこから溢れるのはセルジオの血。



 胸に剣を刺したまま、その場に崩れ落ちるトスカをユリウスは夢中で受け止めた。



「いやああああっ! トスカ、トスカ! お願い、放して母さん!」


 泣き叫ぶリトを、ルチアは驚くべき力で固く抱いたまま身じろぎもしない。



 その間にも、トスカの胸を染める大輪の花のような赤は、見る間にその花びらを広げていく。



「誰にも……渡さない……、この人を……消す権利。私のもの……。ユーリ、術は……ダメ……よ、約、束……」



 ユリウスの腕の中で、トスカの声はまるで空耳のようにたゆたい――そして、消えた。



「トスカ……お前は、私の自慢の姉だ。誰よりも美しく、気高く、そして愛を知ってる。トスカ……!」



 哀しみに暮れる間も与えられず、よろよろと後ずさったグールの手がぼんやりと緑色に光りだす。



「オレはお前と逝けない……。オレとセルジオの死はルチアの死だ。すまないトスカ……」



 そしてグールは、光る手のひらをゆっくりと血の滴る腹部にかざした。



「それはまさか……治癒の力か!?」



 ユリウスが叫んだ時、リトに絡みついていたルチアの腕が僅かに緩んだ。



(……。………………。………………。)



「……え?」



 リトが思わず顔を上げると、ルチアはその腕を放し、フラフラと一人で歩き始めた。



「な……? ルチア! どうしたんだ、戻れ!」



 すぐにそれに気付いたグールが叫んでも、ルチアはその命令を聞かない。


 やがて彼女は傍の温室に辿り着き、その扉を押し開けた。



「セ、セルジオ! 見ろ、ルチアが自分で……」



(ああ……意思が目覚め始めた……! グール、私の治療になど力を使うな! 今ならきっと……)



「わかっている! 今なら全ての力を絞り出せばルチアを呼び戻せる。ルチア……待って、くれ……」



 グールは治癒の術を中断し、血が流れる身体を引きずるようにしてよろよろとルチアを追っていく。



 温室に入っていく伯爵の姿を見届けると、リトは溢れる涙を片手でグイと拭った。




「……ユーリ、お願い。手を貸して」



 ユリウスが眉をひそめる。


 そしてトスカの亡骸をそっと下ろすとリトの傍までやってきた。



「あの温室に風を送って。今のあたしは小さな炎しか出せないけど……ユーリの風に乗せればきっと……」



「リト……?」



 温室の花の中で佇むルチアを見つめながら、リトは震える身体を両手で抱きしめる。



「母さんがそう言ったの……! あたしに……」



 自分に絡んでいた母の腕が緩んだ時、リトの耳に初めて聞く母の声が確かに響いた。




(父様とグールは私が止めるわ……。公爵の風とあなたの炎で全て燃やして、終わりにして……。ごめんねリトルシェイラ。でも愛してる。ずっとずっと、愛してるわ……)



 ユリウスはそれ以上何も言わずに、ジゼルと共に温室に向かって片手をかざした。


 螺旋を描き湧き起こった風が、温室に滑り込んでジオラルの花々を揺らし始める。



「アトラお願い……あたしと、一緒に……」



 リトが震える両手を上げると、そこにアトラも自分の手を重ねてくれた。



 二人が万感の思いを込めて声を合わせる。




『「……デトラファイア」』



 ポンと小さな炎が、温室に向かってゆっくりと向かっていった。





「――ルチア、待て……待ってくれ」



 ひらひらと蝶のように花から花へとたゆたうルチアを、セルジオとグールはやっとつかまえた。


 むせ返る花の香りが、血の滴る傷の痛みすら痺れるような甘さに変えていく。



 溢れる愛しさに、セルジオとグールは俯くルチアを抱きしめた。



「じっとしてルチア。今度こそ必ず成功させる……」




「……そんなのいらないわ」



 セルジオにとっては十数年ぶり、そしてグールにとっては初めて聞くその声に、二人が共有する身体が熱く震える。



「……私はもう充分愛してもらったから。もういいの。もういいよね、セルジオ。それから……ワム」



 ジオラルの花がさやさやと揺れ始め、その香りにセルジオの意識が遠のいていく。


 グールはルチアが口にした自分の名に心が震え、夥しい出血が身体を死の淵に追いやっている事など気付きもしなかった。



「いつかその本当の名で呼んでくれって何度も言ってたよね、ワム(ぬくもり)。……遅くなってごめんなさい……」




 小さな炎が、螺旋を描く風に巻かれて花を燃やし始めた。



 それは瞬く間に炎の渦と化し、バチバチと音を立てて温室の全てを燃やし尽くしていく。




 意識が途切れる最期の刹那、セルジオとワムはやっと欲しかったものを手に入れた。




 それは、二人があれほどまでに恋焦がれた、眩しいほどのルチアの笑顔だった――。






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