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リトラ×アトラ  作者: 花凛兎
闇、恋うる花  花、恋うる闇
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かけがえのない炎



 向かい風がユリウスの銀の髪をなぶる。



 幼い頃から、幾度この風を浴びて空を駆けたことだろう。




「……ジゼル、アトラは?」



『だいぶ荒れていたけど今は落ち着いて……眠ったわ。大丈夫、あの森は静かだからすぐには目を覚まさない。それでなくても、アトラは一度眠ったらなかなか起きないの』



「こちらも同じだ。念の為、眠り薬も用意しておいたんだが必要なかったようだ。あの二人、そんなところまで似ているんだな」



 ユリウスはジゼルと二人、顔を見合わせて笑うと、あの屋敷の高い垣根を越えて静かに離れの庭に降り立った。



 初めに目に入ったのは、先ほどは気付かなかったサンルームの傍にある硝子張りの温室。



 今は全ての暗幕が開け放たれ、その中で月の光を吸って青白く輝くジオラルの花が可憐に咲き誇っている。




「ジゼル。今を逃すと、言う時間はなさそうだから……」



 見上げたジゼルは、迷いのない満ち足りた表情をしていた。


 きっと今の自分も、こんな目の色をしているだろう。



「ありがとうジゼル。お前は私の、良き母であり姉であり友であり……素晴らしい師だった。お前でなければ私と心を一つには出来なかっただろう。……本当に感謝している」



 ジゼルはユリウスを中心に螺旋を描き、その目の前で微笑んだ。



『私こそ、あなたが宿り主で良かった。あなたでなければ、こんな私の心と共にここまで来てはくれなかったでしょう。これで私は今度もアトラを守る事ができる。……ありがとう、ユリウス』



 ゆっくりと抱きしめられたジゼルの腕の中は、優しい風の匂いがした。


 

 この風に抱かれて生きてきた。


 そして今、自分はこの風と共に宿命を受け入れる。



 たった一人の、かけがえのない炎の為に。



「ジゼルは……いつかまたアトラと会う時が来るんだろうな。正直、羨ましいよ」



『いい事を教えてあげるわユリウス。人間もね、転生はするのよ』



 ジゼルの大気を震わす声を、ユリウスは静かな思いで聞いていた。



『人間は私たちに比べ、脆い存在。前世の記憶が苦いものだと、それに耐え切れず次に転生する事を心が拒んでしまう。そうならないように、人間の記憶は消されるの。……次に生まれ変わっても、きっとまたリトに会えるわ。心と宿命が、それを導くから……』



「……その話、本当か」



『さあ……、どうかしら』



 ジゼルはたおやかに笑うと、また螺旋を描き天へと昇っていく。



「気休めでもそれを聞いたら心残りはなくなった。必ず、探し出す。そして次こそ一緒に歳をとってやる」



『その意気よ。……さあ、行きましょうか』



 ユリウスは小さく頷くと、一度だけ振り返った。



 あの森の向こう、奥屋敷のベッドの中でリトはまだ眠っているだろう。



(安らかな眠りよ、どうか全てが済むまでその腕からあいつを放さないでくれ)



 そして目が覚めた時、ひとしきり泣いてくれたらそれでいい。


 明るく、前を向いて生きていって欲しい。



 勝手な話だが、もしあいつの身に自分の子が宿っていたなら正直嬉しい。



 きっとその子の為にも、笑顔を取り戻してくれるだろうから。




 すると、二人の気配に気がついたのか、セルジオ=オニキス伯爵がサンルームから庭に出てきた。



「やはり一人で来たか。あんたならそうするだろうと思っていた。セルジオを傷つけずにオレを消すにはそれしかないからな」



 だがその口調から、今の伯爵はグールなのだという事はすぐに分かる。



 ユリウスは一つ深呼吸をすると、彼を真っ直ぐに見据えた。



「わかっていたなら話は早い。私と戦女神はそう甘くないぞ。おそらく一瞬だ」



「おもしろいじゃないか。今のオレは大気の術の無効化くらい容易いぞ。それにこのセルジオが、かつて剣の腕で右に出るものはなしと謳われた使い手だと知らぬ訳ではあるまい。返り討ちにしてその身体、喰らってやる」



 グールが腰の剣を抜いてユリウスに切先を向ける。



 その時だった。



 ゴオッと熱風が吹いて、熱い気の塊がドンッと地面を揺らし庭に降り立った。



「なっ……!?」



 思わず振り返ると、そこには赤々と燃え盛る大気の渦。

 


 その中から、鬼の形相のリトとアトラが仁王立ちで姿を現したのだった。



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