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リトラ×アトラ  作者: 花凛兎
闇、恋うる花  花、恋うる闇
33/41

誇り高き血


 

 もう後戻りは出来ない。


 

 あのウォルフがジオラルの花の事を口にした時、すでに逃げ道は絹糸ほどの細きものになっているのだと悟った。


 そこであの秘密のノートをあえて渡し、彼にこちらの情報と薬を同時に与えることで、自ら逃げ道を断ったのだ。


 残された闇の回廊を、迷わず突き進む為に。




「旦那様、リトラ様とおっしゃる方がいらしてますが」



 背後のドアの外から、使用人の声が聞こえた。




「一人か? ウォルフ君は」



「いえ、お一人でいらっしゃいます」



 優しく脆い彼は、自分でここに差し向けておきながら、想い人の成り行きを正視できないらしい。


 今頃は耳を塞ぎ目を塞ぎ、部屋で一人泣いているのだろう。



 恥じる事はないのに。


 誰しも我が身の苦しみには耐えられぬ。



 肉体的にも精神的にも、己の苦しみの前に良心など詭弁に変わる。



「客間に……いや、こちらの書斎に通しなさい」



「はい。……どうぞお入りください」



 ドアが開き、スタスタと躊躇なく近づいてくる足音。


 使用人が立ち去るのに充分な時間を待って、セルジオはゆっくりと振り返る。



「お会いするのは初めてですね、ようこそリト……」



 目の前に佇む少女と対峙して、セルジオは絶句した。



 くせのない赤みがかった蜜色の髪。


 どこまでも透き通る緑の瞳。


 少女の姿はセルジオを遥か遠い、眩しいばかりの過去へとさらった。



(ルチア……!?)



『ルチアだと!』



 身体の中で、眠っていたはずのグールが声を上げる。



『何をバカな……。ルチアは離れに居るだろう。それに髪の色も違う。まあ確かに、似てはいるが……』



(違う、ルチアだ! 知り合った頃のルチアに生き写し……。お前は知らないだろうが、子供を妊娠した頃から髪の色も急激に今の金に変わったんだ)



『(子供……?)』



 二人の心が同じ一つの記憶に行き当たる。


 セルジオは、震える声でリトに問いかけた。



「リト……ラ君、歳はいくつだ。君のフルネームは……?」



 ぼんやりと自分を見つめたままの少女が、僅かに口を開く。



「十七歳……です、伯爵。フルネームはリトラ=ルナティア」



『ルナティア!?』



(ルナティア孤児保護院……。間違いない。この娘は十七年前、お前と二人であの孤児院に置いてきた私の娘……リトルシェイラだ!)



 セルジオの苦悩に満ちた心の叫びを、グールも最早、否定はできなかった。



「リトラ……君。案内したい所がある。一緒に来てくれないか」



 セルジオは足取りのおぼつかないリトの手を引き、離れのサンルームへ連れて行った。



「こちらへ。これが君……いや、私の妻、ルチアだ」



 十七年ぶりに再会した母と娘はどちらもぼんやりとしたまま、その眼差しが真に交わることはない。


 叫びだしたい衝動を堪え、セルジオは二人から離れて斜向かいのソファで目頭を押さえた。



(何てことだ……。私は自分の実の娘にあんな薬を飲ませてしまったのか。しかも、あわよくば喰らおうと……!)



『できない……と言うのか』



 今まで黙り込んでいたグールの声が心に響く。



(当たり前だ! この子は私の娘、巻き込みたくなくて置いてきたのに……できるはずがなかろう!)



『ではルチアがこのままでもいいんだな』



 セルジオの心が揺れたのを、グールが見逃すはずもなかった。



『そうだろう? お前だって感じているはずだ。あと少しオレの力が増せばルチアは必ず目覚める。もう引き返せない』



(だが……この子だけは……)



『ならばターゲットを公爵に。そんな気はなかったが、リトルシェイラは本当に中のアトラだけを喰らえばいい。そして約束通りあのウォルフに与えろ。公爵亡き後、爵位を継ぐのはあの弟だ。この娘と薬を利用すれば、あいつは完全にオレ達の意のままになる』



 セルジオがゆっくりと顔を上げると、いつのまにか目の前でリトが下僕のように跪いていた。



「伯爵様……」



 リトは両手をすうっと伸ばし、セルジオの腰にしがみついてくる。



「リトル……」



 思わずセルジオはリトの身体を引き上げ、十七年ぶりに我が子を胸に抱いた。



 最後に抱いてやったのはいつだったか。


 壊れそうなくらい小さくて柔らかくて、おぼつかない手つきの自分をよくルチアは笑ったものだった。



『ドリスと同じ、薬が効きやすい体質のようだな。すでにお前に支配されたがっている。おそらく中のアトラも同じだろう。セルジオ、早くアトラを呼び出すように命令しろ』



 グールに急かされ、セルジオは自分の腕の中で丸くなっているリトの耳元に囁いた。



「君の聖護獣を呼び出すんだ。心配はいらないよ、君には何もしない」



「……はい、伯爵」



 身体の中でグールが身構えるのがわかる。


 出てきた瞬間、喉笛に喰らいつくつもりなのだろう。



 同時に、その後の増力への期待感も感じる。


 だがそれはセルジオも同じだ。




(ついに……。これでやっとルチアを……!)




「…………ア……」



 リトがセルジオの背中に回した手に力を込めた。




「アデルゼスト!!」



 カッ! とリトの身体から青い閃光が迸り、その光は瞬く間にセルジオの身体にまで伝い始める。



「何……これは……?」



『これは……! 何をしている、代われセルジオ、早く!』



 グールに無理矢理引きずり込まれ、セルジオは意識の底に沈んだ。



 表に現れたグールはすぐさまリトを突き放そうとしたが、しっかりと抱きついているリトの手はなかなか離れない。



「くそっ、こいつ!」



 グールは渾身の力でリトを引き剥がし、その腹を蹴り飛ばした。



「ガハッ! ううっ……」



 リトが床に転がり、腹を押さえてうずくまる。



「貴様……何を。これはまさか……!」



 グールは愕然と自分の両手を眺めた。


 いや、両手だけではない。


 リトから伝わった光が全身を取り巻いて、彼女と同じ青い光を放っているのだ。



「……もう遅いよ。あんたは今、ぼくと術を分け合ったんだ」



 床に投げ出された、青い光を(まと)うリトの姿がぼんやりと滲み始めた。


 長い赤みがかった髪はだんだん短くなり、透き通った薄い金色に変わっていく。



「リトは兄様の花嫁になるんだ。ぼくの、誰よりも大事な人だ。その人を堕聖獣なんかに差し出せるはずがないだろう……」



「変化の術……? 騙したな、お前は……!」



 青い光に包まれて、グールが後ずさる。



 やっとの思いで身体を起こし、燃える目でグールを睨み付けるのはもうリトではなかった。



「ぼくはウォルフ=ポリレスカ=シオン! 誇り高きシオン公爵と同じ血を持つ、その弟だ! ぼくは死んでも堕聖獣に屈服などしない。お前はぼくと共に相殺の術で消えるんだ、グール!!」






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