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リトラ×アトラ  作者: 花凛兎
闇、恋うる花  花、恋うる闇
32/41

一番大切だから


 あれから一夜明けても、リトはまだポケーッと夢の中にいるように呆けている。



 ユリウスはガセンズの事件に掛かりきりだったせいで通常の業務が滞っているらしく、朝から外出を余儀なくされたようだった。



 でも出かける前にこの部屋に顔を出し、おとなしくしていろと言いながらリトを頭からかき抱いてさんざん振り回した挙句、それでも名残惜しそうな目をしてやっと出発した。


 そんな彼を見て、初めてリトは昨夜の事は夢じゃなかったのだとほっぺたをつねるのをやめた。


 とはいえ、まだポーリンの事が気がかりで手放しでは喜べないのも事実。



(なんとかわかってもらわなくちゃ。でも……)



 ユリウスは自分がきちんと話すからと言って譲らないし、ポーリン自身もリト達を避けるように部屋から出てこない。


 トスカに報告と相談をしたいのに、昨夜から出かけたきりまだ公爵家に戻ってこない。


 どうやら無断外泊はいつもの事らしいけれど。



 そんな心もとない午後。


 部屋でぼんやりとしていると、ドアの外から元気な声がした。



「リトーぼくだよ。入っていーい?」



 リトが驚いて顔を上げると、ポーリンがトレイを手にドアの前に立っている。



「ポーリン……!」



「ストップ! 何もいわないで。昨日はごめんリト。ぼくひどい事して……ひどい事たくさん言った。謝りたくて……」



 ドアの前で佇むポーリンに、リトは弾かれたように駆け寄った。



「ううん……! もういいの。それより来てくれたのがすごく嬉しい」



 それ以外、なんと言ったらいいのかわからない。


 でも本当に嬉しい、それが正直な気持ちだった。



「良かった、そう言ってくれて。お詫びとお祝いのしるしに、ぼくが作ったフルーツベリーのジュースを持ってきたんだ」



「お祝いって?」



 首を傾げるリトに、ポーリンはニッコリと笑ってトレイをテーブルに運ぶ。



「いやだなぁ、兄様にプロポーズされたお祝いに決まってるでしょ。さ、乾杯しよう」



「ぷっ……!」



 ポーリンは、真っ赤になって声も出せないリトをソファに座らせると、ジュースのグラスをその手に握らせた。



「……よかったね。ぼくは失恋しちゃったけど、やっぱりリトが幸せなら嬉しいんだ。本当に、リトが大好きだから」



「ポーリン……」



 リトの隣に腰掛け、ポーリンは自分の分のグラスをリトのグラスに合わせた。


 カチンと澄んだ音が静かに部屋に響き渡る。



「絶対、幸せにならなきゃダメだよ。くだらない戒律に兄様を取られないで。あんなたった一言の呪文に負けないで」



「え……、ポーリンは知ってるの? 相殺の術がどんなものか」



 リトが思わず詰め寄ると、ポーリンはジュースを飲み干して長く息を吐いた。



「……知ってるよ。ぼくはこれでもシオン公爵家の第二爵位後継者なんだ。まだ兄様には子供がいないからね。もしもの時は、二番目に公爵家の血を引くぼくがその戒律を引き継がなきゃならない。だから……教えられた。あの時は怖くて何日も眠れなかったよ」



 遠い目をするポーリンに、リトはそれ以上何も聞けなくなる。


 【自分を死に至らしめる言葉】そんなものが存在する事自体、考えただけでも恐ろしい。


 それを抱えて生きるユリウスとポーリンを思い、その切なさを断ち切るようにリトは自分もジュースを一気に煽った。


 そんなリトの様子をポーリンがじっと見つめる。



「でも心配しないで。兄様はあの術は使わないって誓ったよね。だったらそれを信じて。兄様は嘘なんかつかないよ」



「……うん。一緒におじいちゃんとおばあちゃんになるって約束したの。あたし信じられるよ」



 ポーリンはグラスをテーブルに置くと、うつむくリトの横顔に手を伸ばした。



「……ねえ、キスしていい? おでこに」



 リトが顔を上げると、いつものように少しはにかんだように笑うポーリンがいる。



「それで、ぼくも初恋にさよなら。今度はもっと女の子らしくて、口も悪くなくて……」


 ポーリンの唇が震えた。


 歪んだ顔を無理矢理笑顔にしようとして、声もうわずる。



「ぼくを……見てくれる人……。リトが兄様を想うみたいに、身体中をぼくでいっぱいにしてくれる……そんな人、いるかな……?」



 リトは頬にかかるポーリンの手を握って、そっと目を閉じた。



「いるよきっと。……本当にありがとう、ポーリン」



 ポーリンはリトの前髪をかき上げたが、その唇のほうに小さく音を立ててキスした。




「……! あ、こら!」



 驚いて目を開けると、リトの目の前がクラッと揺れた。



「あはは、だまされた。兄様には内緒にしといてよー」



 パッと立ち上がって、ポーリンが逃げるようにドアに向かう。



「……じゃあねリト。ぼく、やっぱりリトが一番好きだ。リトの中、ぼくでいっぱいにしてみたかったな……」



 ――廊下に出て、閉めたドアにもたれかかる。


 後から後から溢れる涙は、リトに見られずに済んだ。



 見られたらきっと、気付かれてしまっただろう。



(ごめん、リト……! でもこうするしかないんだ。だってぼくは、君が一番大切なんだから……)



 今リトに触れたばかりの唇が、痛いほど胸を刺す。


 ポーリンは手の甲を唇に押し当て、千切れそうな程の切なさと嗚咽をこらえた。




 ――その時、部屋に残されたリトは、急激なめまいになす術もなくソファに倒れこんでいた……。





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