銀の誓い
銀色に映える満月。
周りの星々さえもその輝きで色を失うほど、今夜の月は明るくリトを見下ろしていた。
「……あまり見ていると月の魔力に囚われるぞ。月にはそういう力があるそうだ」
静かな声に眼下を見下ろすと、いつのまにかユリウスが足元の東屋の傍に立っている。
「お月様ってユーリみたい。銀色で冴え冴えとしてて……なんだか遠い。月にどんな魔力があるの?」
リトはまた月に視線を移した。
それにならう様にユリウスも夜空を仰ぐ。
「心の内が漏れ出すそうだ。良くも悪くも、その者がしまいこんだ真の想いと向き合わねばならなくなる」
「ふうん……。それが本当なら、あたしのユーリへの気持ちってやっぱり気の迷いだったかも。だってユーリと似てる今夜のお月様、見てるとなんだか落ち着かなくて……嫌い」
サワリとどこからか吹いた風が、リトの髪とユリウスのローブをはらう。
するとユリウスはリトを見上げて片手を差し出した。
「いい加減に降りて来い。いつまでもそんな所にいると風邪を引くぞ」
「手助けなんていらない。自分で登ったんだもん、自分で降りられるよ」
「いいから。黙って私の手をとれ」
有無を言わせぬ口調に少し戸惑いながらも、リトがその手を掴む。
グイと引っ張られたのと同時にまた小さな風が巻き起こり、リトの身体をユリウスの腕へふわりと運んだ。
「あ、ありがと。あの……離して」
自分を抱きかかえたまま降ろしてくれないユリウスの瞳を、リトが困った顔で見返す。
「ほらな。本当だろう?」
そう言ってユリウスは可笑しそうに笑った。
「……? 何が」
「月の魔力。嘘だとわかっていても、お前に嫌いだなんて言われると心が揺れて、無意識に風を起こしてしまう」
ザワザワと落ち着かない風が、ユリウスの足元から巻き起こり、二人の髪をなぶる。
「あたしが嫌いって言うと……心が揺れるの?」
「とても嫌な気分だ」
さっきまで笑っていた瞳が、今は真剣な色を湛えリトを見つめる。
「…………嫌い」
ビュッと小さな竜巻が起こって消えた。
「おい……やめろ、からかっているのか」
少し怒ったような、それでいてどこかバツの悪い顔をしてユリウスがつぶやく。
「嫌いだよ……! 一体何のつもりでそんな事言うの? あたし、これでもユーリの負担にならないように頑張ってるんだよ。それなのに……ひどいよ。嫌いだよ、ユーリなんて大っ嫌……」
「リト……!」
突然背中を引き寄せられ、リトはついた嘘ごとユリウスに抱きしめられた。
「もういい……そんな顔するな。リト、教えてくれ。お前は私が死んだら……どうなる?」
リトの耳元に唇を押し当てて、ユリウスが尋ねる。
こんな状況で心にもない嘘などつけるはずもない。
「……悲しくて淋しくて、いっぱい泣いて……。最後はきっと死んじゃうと思う……」
「そうだな。だから私は、お前の為に死なない事にした」
優しい声と唇が、耳元から頬へと伝う。
「どんな堕聖獣にも負けないほど強くなる。秘術を使う必要もないほどな。お前と泣いたり笑ったりしながら歳をとってみたい。ずっと一緒に居たい……。リト、お前は……?」
ユリウスの潤んだ瞳がリトを覗き込む。
「……は? お前は……って、何が?」
ユリウスの顔がおかしな風に歪んで、リトはストンと腕から滑り落とされた。
「お……お前っ! この期に及んでそのとぼけ方は何だ! 人がこんなに真剣に……!」
「ご、ごめん、とぼけてるわけじゃ……! だってユーリが耳ん所、ぷちゅって……なんかもう途中から何にも聞こえなくなっちゃったんだもん!」
真っ赤な顔でリトが訴えると、ユリウスもほのかに頬を染めてクスクスと笑い出した。
その笑顔がなんだかとてもくすぐったい。
「悪かった。じゃあ今度はちゃんと聞いてくれ」
ユリウスが腰をかがめて、改めてリトに視線を合わせる。
「私はお前が大好きだから、花嫁に欲しいと言ったんだ」
リトの大きな緑色の瞳が、さらに大きく見開く。
これ以上はないくらいストレートな言葉なのに、意味がすぐには理解できない。
「なに……急に、そんな」
「急じゃない。思い出せ、あの夜の私を。ジオラルの花の効力は人に嘘をつかせる事じゃない。月の魔力をそのまま受け継ぐそうだ。隠し切れない真の想いが溢れて、抑えられなくなってしまう……」
同じように早鐘を打つ胸。
あの時もユーリはこんな風に、潤んだ目であたしの頬に手を伸ばした。
「断るなら、バカとでも貧弱とでも言って騒げばいい。そうでないなら……しばらく黙っていろ」
信じられない思いに震えるリトの唇に、ユリウスがそっと自分の唇を重ねる。
気が遠くなるほどの、溶けるような甘さと切なさ。
だがそれさえ包み込むように、ユリウスはリトの全てを抱きすくめた。
熱い風が二人を包み、螺旋を描く――。
――その時だった。
ユリウスがふと手を緩め、リトの後ろを凝視した。
生垣の陰から、青白い顔のポーリンが、こちらをじっと見つめて立っている。
「ポーリン……!」
やみくもに駆け出そうとするリトをユリウスは片手で制し、逸らす事無く暗い瞳を向ける弟に静かに尋ねた。
「……何に誓えばいい?」
ユリウスにとってたった一人の血を分けた弟。
草花が好きで、素直で優しくて、ユリウスが愛しんで育てた弟。
はにかんだような笑顔に、きっと彼は幾度となく慰められてきたはずだ。
「リトは私が花嫁にする。決してこいつを置いて逝ったりしない。もう二度と泣かせはしない。何に誓えば認めてくれる。天か大地か、何に誓えばお前は信じてくれる? ……たとえ相手がお前でも、私はもうこればかりは譲れない」
その愛しい弟が今、人として、男として、威圧感さえ持ってユリウスに対峙する。
するとポーリンは、ふと肩の力を抜いて皮肉に笑った。
「……馬鹿みたい。そんなもの、花嫁に誓えばいいだろう」
踵を返し、小さな背中が遠ざかって行く。
真意を図りかねて、リト二人はとユリウスは彼が屋敷の中に消えていくのをただ黙って見送った。




