烙印
ユリウスは執務室のチェアにもたれ目を閉じた。
昨日リトと調べた、特別隊に出向したメンバーはどれもいまひとつ明確でなかった。
誰がどの時期の、どの事件に係わっていたのかがはっきりしない。子爵の地位を持つ者も何人かはいたが、全部を洗い出すのはまだまだ時間が掛かりそうだ。
今更ながら、ガセンズがここへ来たとき、もっと詳しい話を聞きだすべきだったと悔やまれる。
自分の行動が全て空回りしているような、落ち着かない思いがユリウスを苛立たせていた。
真実が見えない。
いや、もしかしたら目を逸らしているのかもしれない。
「……兄様、入るよ」
その声に目を開けると、ポーリンが本らしきものを抱え、固い表情で部屋に入ってきた。
いつものおっとりとした柔らかい雰囲気はなく、どこか荒んだ印象で顔色も悪い。
「どうしたんだ、やけに疲れた顔をしているぞ」
「そう? 夜通し、これを調べてたからかな」
ポーリンが手にしていた本を、机の上に乱暴に置く。
それはいずれも、例のジオラルの花についての文献だった。
「いろいろわかったよ。中でもすごいのがこのノート。オニキス医師に借りたんだ」
ポーリンはその中から一冊の古い色褪せたノートを抜き出した。
「医師のおじい様の研究資料なんだって。花の咲かせ方が詳しく載ってた。ジオラルの花は闇を好む……太陽に当てちゃダメなんだ」
ユリウスが怪訝な顔でポーリンを見上げる。
「百年以上前、天候を操って大飢饉を引き起こした堕聖獣が居たでしょ。その時、日の光が極端に弱まって偶然ジオラルに花が咲いたんだって。それで一斉に植物学者の間で研究が始まって……医師のおじい様はその第一人者だったんだ。でもその後すぐに悪用化が進んで、栽培法も花そのものも封印された。普通の本には詳しい記述は載ってない」
「太陽を遮断……? 植物が日光を嫌うのか」
ユリウスの頭の中に、突然ある場所で見た光景が浮かぶ。
するとポーリンがノートを開き、歌うように読み上げ始めた。
「ジオラルの花は闇を好む……光は月のみ。月の力を己に宿し、艶やかなるその姿と芳香を醸し出す。暗闇で育て、月の光だけを浴びさせて初めて花をつけるんだ。花が開くのも香りが立つのも、月夜だけなんだって」
思わずユリウスが椅子から立ち上がる。
あの空き家の裏にあった不思議な小屋。
下は土で窓はなかった。
そして天井には明り取りの窓がいくつもあり、あの時は板で遮断してあった!
月の出る夜だけ、あの板を外したのではないだろうか。
「もしかしたら、花そのものがあそこに咲いていたのか? 以前あそこで栽培されていた形跡が残っていた……それをガセンズが見つけて……」
ぶつぶつと呟きながら、ユリウスは頭の中を整理していた。
ガセンズはああ見えて博識だ。
花の事も、それが法で禁止されている事も知っていたに違いない。
それに、かつて尊敬していた誰かが関わっていたとすれば、ガセンズの事だ、告発よりも説得を選ぶに決まっている。
だがその誰かは、そんな彼を食い荒らし、口を封じた。
そして今もどこかで花を栽培している!
「兄様、月の力って何か知ってる?」
思考を中断され、ユリウスは我に返ったようにポーリンを見つめた。
「月の光を見てるとね、その人の心の中の想いが出てきちゃうんだって。良い事でも悪い事でも、その人がしまいこんだ本当の願いや自分自身が見えてくる……。そんな月の力をジオラルの花は吸収して、月夜の晩に同じ力を持つ香りを放つってこのノートに書いてあった」
自分を見つめるポーリンの目は、いつものユリウスを慕う弟の目ではない。
何か、強く激しい感情を持ったその目に戸惑うばかり。
「この前、リトに何をしたのか知らないけど、それって兄様の本当の気持ちだったんじゃないの?」
ポーリンの言葉に、ユリウスは初めてその目に宿る光の正体に気がついた。
「でもダメだからね! 兄様にリトを好きになる資格はないよ、幸せにできないんだから。兄様に何かあったらリトはきっと二度と笑えなくなる。兄様、もう誰とでもいいから早く結婚しちゃってよ! そうすれば……」
これは嫉妬。
まさかポーリンに自分がこんな目で見つめられる日が来るとは、夢にも思わなかった。
だがそのショックよりも、一方的に不相応の烙印を押された事に、ユリウスの身体はカッと熱くなった。
「そうすれば……そうだな。あいつももっと他の幸せに目を向けるだろう。だがお前に何がわかる! 私は誰の指図も受けん!」
噴きあがった怒りにも似た感情に、誰よりもユリウス自身が愕然とする。
それに怯む事なくポーリンは机にノートを叩きつけ、大股にドアへと向かった。
「待てポーリン! この事、まさかリトに……?」
自分の心など、とうに知っていた。
だからこそけじめをつける決心をしたのに、今リトに気付かれては意味がない。
「認めるんだね。言うわけないでしょ。言ったらリト、止まんないよ……そんなの、許さない」
ポーリンは背を向けたまま、ドアの外に消えた。
残されたユリウスは、言いようのない喪失感に天井を仰いだ。




