その時彼は
トスカが出かけて行くと、リトは最初に手に取った特別隊の成り立ちに関する資料を読み始めた。
ユリウスとしては、当時の活動日誌などから登場する隊員の名前を拾って欲しかったのだが。
コチコチと柱時計が時を刻む音だけが、僅かに執務室に響く。
しばらくはユリウスも自分の資料に目を通していたが、寝不足のせいかあまり集中できない。
反対にリトは、人差し指の先を小さく噛んだまま、まばたきすら忘れたように資料の記述を追っている。
(ふうん……こんな表情もするんだな)
真剣な瞳は深い緑色。
いつもなら爆弾発言ばかりが飛び出す唇は綺麗な薄紅色で、今はそれを封印するように指先が触れている。
自分でも気付かないうちに、ユリウスはその指に手を伸ばしていた。
「……集中する時の癖か、指を噛むのは。見ろ、先がこんなに白くなっているぞ」
突然指をつままれて、リトが驚いたように顔を上げる。
「あ、やだ、またやってた? そうなの、なんか癖みたい」
本当に封印を解いてしまったように、指を外すとすぐにいつものリトが飛び出した。
それでもユリウスはまだぼんやりと、今度は自分の指先をリトの唇に伸ばしていく。
あの日の夜。
花の香りにやられ、我を忘れてこれを欲しがった。
では今は?
今は花などどこにもない……。
「……あのさユーリ。敵は花を咲かせて、何をしているのかな」
指に触れる寸前の唇がそう動くと、ユリウスは我に返り反射的に手を引いた。
「何を……してる?」
それは自分自身に向けたつぶやきでもある。
(何をしているんだ私は。どうかしている……!)
一瞬、何もかもが頭から抜け落ちて、残ったのはリトに触れてみたいという想いだけ。
「普通さ、イケナイ花を咲かせてやる事って言ったら、お金目当ての麻薬作りでしょ? でもこの資料を見ると、特別隊は二十年も前に発足してるんだよ。そんな昔からあの空き家に住んでた人が麻薬を作って売りさばいてたら、とっくに事件になってたんじゃない? もしかしたら何か他の目的で花を……」
「ただの観賞用で栽培しているとでも言うつもりか。よほど巧みに密売のルートが組まれていて、ガセンズのお蔭でそれが明るみに出た。悔しいがこれは私たち自警隊の失態だ」
「うーん、そうか……。そうかな……」
ユリウスのポーカーフェイスは健在だった。
リトはユリウスの心境など全く気付かずに、自分の疑問に首をひねっている。
それにホッとする反面、腹立たしいような気がするのはどういうわけだ。
「無駄な推理は後にしろ。そんな危険な代物、売買目的以外に何に使うと言うんだ。いいから今度はこっちの活動日誌から隊員の名前を書き出してくれ。四年分、全部だ」
「うえぇ」と声に出して、リトがうんざりした顔をした。
その顔すら可愛いと思ってしまう自分に、さらに焦りを感じる。
(取り返しのつかない事になる前に……)
ユリウスは秘かに、自分に枷をはめる心づもりをした。




