傍に居たいから
次の日、召集の掛かった執務室でリトは昨夜の地下牢での出来事を聞かされた。
「これで有力な情報源がまた一つ消えた。トカゲの尻尾のように、掴みかけてもすぐ切れて敵まで繋がらない。一体どうなってるんだ」
少し疲れた顔をして、ユリウスはソファにドッともたれかかった。
昨夜はその事後処理でほとんど寝ていないらしい。
でもそんな泣き言はきっと、ユリウスの立場では許されない。
「尻尾が切れるなら胴体を掴むまでよ。とにかく、私はあの女のいた宿にもう一度情報収集に行ってくるから。自分の口を自ら塞ぐほど心酔してた相手がいるなら、絶対どこかに痕跡があるはずよ」
「カシムからの連絡待ちが歯がゆい。特別隊に参加した子爵と言う線で私も調べてみる。ポーリン、お前はジオラルの花の事をもう少し詳しく調べてみてくれ」
「……わかった。専門の文献を当たってみる。そうだ、オニキス医師にもさりげなく聞いてみようか。後で、畑の肥料をわけてもらいに行くから」
「あたしは? あたしは何をしたらいい?」
リトが腰を浮かせると、三人がそれぞれ複雑な顔になる。
「そうねえ、リトを連れて歩くと目立つのよね。採用試験で派手なパフォーマンスするから覚えられちゃってて」
「リト、薬学の文献なんて見たってわからないんじゃない?」
「……昼寝でもしてたらどうだ」
「ひどいよみんな! あたし何の役にも立たないじゃん!」
リトが半泣きで訴えると、ユリウスは手元の資料を取り上げてため息をついた。
「仕方ない。リトはここで私の手伝いをしろ」
「え、ユーリ…と?」
キュッと胸が小さく悲鳴を上げる。
「なんだ、不服か」
「そ、そんな不服とかじゃ」
「……じゃ、ぼく行くよ。図書室と資料室、使うから」
席を立つポーリンの乾いた声に、今度はドキリとして胸の中は忙しい。
声をかけたかったが、言葉を選んでいるうちにその華奢な背中は部屋を出て行った。
リトの中で、昨夜のアトラの助言が頭をもたげる。
『いいか、ポーリンはお前に惚れてる。あまり公爵の事であの子に泣きつくな。それと、気を持たせるような行動や言動も慎め』
本当にそうなのだろうか。
確かに一緒に村に行くと言われたときは驚いたけれど、優しいあの子ならではの慰め方だと思った。
アトラの思い過ごしではないかと、今でも疑ってしまう。
「どうするんだ。手伝わないなら邪魔だから出て行け。なんなら屋敷から出て行っても構わないぞ」
冷たいユリウスの言い草に、リトの意識は今に戻った。
「いい加減リトを追い出そうとするのやめなさいよ。本気でもないくせに…」
「いいの、トスカ」
リトはニッコリと笑って、さっきから資料から目を離さないユリウスの顔をズイと覗き込む。
「ユーリ、はっきり言っとくね。あたしはどこにも行かないし、ユーリの事もずっと好きなままだから。でもそれはトスカもポーリンも同じでしょ? そう考えてよ。あたし、もう困らせたりしないから」
ユリウスは顔色一つ変えずに、目を落とした資料のページを一つめくった。
「あ、でも変なお嫁さんがきたら、それには猛反対するよ。ユーリを幸せにできない女の人は護衛として認められないし」
「それは私も同意見だわ。経済援助とか、肩書き目当てとかは却下」
「だよね? できれば綺麗で優しくて強い、トスカみたいにユーリの支えになれる人なら邪魔しないよ」
「私ほどのレベルを求めたら大変よ」
延々と続きそうな理想論にユリウスがやっと顔を上げた。
「わかったから、二人ともさっさと仕事に取り掛かってくれ。時間が惜しい」
少々うんざり気味の顔つきではあったが、とりあえず追い出されずに済みそうだ。
だって傍に居たい。
どんな思いをしたって、会えなくなるよりずっとまし。
護衛として一生ユーリを守って生きる、それが昨夜リトの出した答えだった。




