表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リトラ×アトラ  作者: 花凛兎
甘い花
20/41

忠誠の紅



 公爵家に戻るなり、ずっと押し黙っていたリトがユリウスの背中に言った。



「……やっぱりおかしかったんだね」



 トスカとポーリンが顔を見合わせ、ユリウスの横顔に視線を投げかける。



「そういう事だ。それにさっきのを見てわかっただろう。私は何人もの花嫁候補の相手といつもああして過ごしている。取り立てて言い訳する気もない」



 リトはユリウスの前に回りこんで、その顔を見上げた。



「言い訳なんていらない。それよりユーリ、あなたはそれで幸せなの?」



 意外にもリトの目は怒っている。

 

 泣かれるのは想定していたのだが。



「好きでもない人とあんな風に過ごして、それで幸せ? あたしは、すっごく幸せだったよ。ユーリが大好きだから特別なんだよ。ユーリはその気持ち、知らないまま生きるの?」



 リトの真剣な目は、泣かれた方がましだと思えるほどユリウスにとっては痛い。



「別にあたしじゃなくてもいいの。それは仕方ないの。でもシオン公爵だから、好きでもない人と一緒に生きなきゃならないの? あたしが感じたような幸せはユーリにはこないの? そんなのおかしいよ!」



「……だからお前達がいるんだろう」



 自分でも驚くくらい声は静かだった。


 それはリトが一発で黙るのに充分なほどに。



「私はお前達がいればそれでいい。充分幸せだ。……やっぱり謝るよ。あの時はすまなかったリト」



 リトは顔を真っ赤にして口をつぐんだ。


 その目からいきなり大粒の涙がぽろっと落ちる。



(んなっ……ここで!?)



「……ユーリのバカ! 謝るな!」



 奥屋敷に向かって兎のように駆けていくリト。


 思わず追ってしまいたくなる衝動に自分でも驚いてしまう。


 

「リト待って! リト! ……ぼくリトの所に行ってくる。なんかわかんないけど、可哀相だよ……! リトが泣くの、嫌なんだ……」



 ポーリンはちらと棘のある視線を寄こし、リトを追っていった。



(やっぱり泣いた。いざそうなってみると、少しもましじゃないな……)


リトに関しては予測不能で、何をしても裏目に出るような気がする。



「……あんたも泣きそうな顔してるけど。なにやったのよユーリ」



「うるさい、もうどう扱えばいいかわからん。こっちはそんな幸せ、知りたくもなかった」



 あの時、自分も幸せだった。


 そう答えたも同然の言葉を口走ったのも気付かずに、ユリウスは憮然として反対の表屋敷に向かった。



「へえ……。いつまでたっても可愛い奴」



「何をしているトスカ、早く来い。執務室でもう一度子爵家の洗い出しをするぞ」



 トスカは笑いを堪えて、早足のユリウスの後に従う。


 だが二人がエントランスホールに足を踏み入れた時、ちょうど客間に通されようとしている人物に出くわした。



「あら、父様?」



 トスカの呼びかけにユリウスも彼に気づき、足早に駆け寄った。



「オニキス伯爵、今夜来てくださるとは思いませんでした。留守にしていて申し訳ありません」



「おお公爵殿。トスカも一緒だったのか。いや、使いの方に早急にと言われていたのだが、妻を寝かせるのに手間取ってこんな時間になってしまった。ご容赦願いたい」



 オニキス伯爵はいつものおっとりとした笑顔を見せ、こちらに歩み寄ってくる。



「父様……寝かせるのに手間取ったって、母様のお加減が悪いの?」



「そうなのですか? でしたら明日でも……」


 

 不安げに詰め寄るトスカとユリウスに、伯爵がひらひらと手を振る。



「いやいや、これは言い方が悪かったな。少し寝つきが悪かったというだけのものだ。母様はいつもと何も変わらないよ、トスカ」



「……そう。ならいいの」



 トスカが小さくため息をつく。



「では急ぎ、伯爵に診て頂きたい者の所に案内しましょう。こちらです」


 

 ユリウスが先に立って、ドリスの居る地下牢へと案内する事になった。


 

 地下に続く階段はひんやりと湿った空気で満ちていた。


 一歩進むたびに、三人の靴音が遠く響き渡る。



「それで? 公爵殿は、その女性に宿った堕聖獣だけを滅したんだね。それなのに未だに目を覚まさない、と……」



「はい。その女本人には傷ひとつ付けていないつもりですが。電撃(ラムレス)を使ったので、もしかしたらそれが影響しているのかもしれません。貴重な情報源なのですが……」



「情報、ですか。公爵殿の新しい護衛の方を襲ったと聞いているが。もしや、先日の自警隊長の死と関わりが?」



 ユリウスは一時、話すべきか迷った。


(この一件は公にするにはまだ早い。オニキス伯爵は公と言うより身内に近い存在だが……)



 その一瞬の迷いを察したのか、伯爵が照れたように頭を掻く。



「いや、これは失敬。シオン公爵に対して、立ち入ったことを申しました。つい幼い頃のあなたのつもりで」



「すみません、いずれご意見を伺うと思います。……さあ、ここです。どうぞ」



 ユリウスは地下の一室のドアを開けた。


 そこは灰色の壁に、ベッド一つが据えられたあまりにも殺風景な部屋。



 伯爵は、ベッドの上に静かに横たわる女を一瞥すると、すぐに引き締まった医師の顔になった。



「ここに居てください。もし目が覚めて暴れだしたりしたら、取り押さえるのはお任せしますよ。では……」


 

 彼がまず、女の首筋に両手の指をそっと伸ばす。



「ふむ、脈は確かにある。生きてはいるのに目は覚まさない。どれ、呼吸は……」



 ぶつぶつと口述で状態を確認しながら、次に伯爵は腰を折り曲げて女の口元に耳を寄せた。


 その後姿をユリウスとトスカが黙って見守る。



 時間をかけて呼吸音を確認した伯爵は、ゆっくりと顔を上げユリウスの方を振り返った。



「呼吸も正常だ。眠り続ける原因はまだわかりませんが、とりあえず強引にでも起こしてみますか? 一応、気付けとなるカンフル剤なども持参してきましたが」



「実は私も、少々痺れを切らしているんです。起こせるものならそれを優先させて……」



 その時だった。


 伯爵の後ろに見える女の手がピクッと僅かに振れた。



「あっ……!」



トスカがそれにいち早く気付いて声を上げる。



「父様! ドリスが今、動いたわ!」



「何っ!?」



 伯爵は女に向き直り、ユリウスとトスカもベッドに駆け寄った。



「なっ……、これは!」



 慌てて伯爵が女の頬を片手で掴み、その口の中に指を突っ込んだ。


 無理矢理、口をこじあけようとする様子に、ユリウスとトスカが息を飲む。



 やがて伯爵は女の口から手を出し、最初の時と同じようにその首筋に指を当てた。


 真っ赤に染まった指が、女の細い首に跡を残す。



医師(せんせい)……」



 思わずユリウスは、幼い頃の呼び方で伯爵を呼んだ。



「だめだ。すまない、油断した。まさか私の目の前でこんな事になるとは……」



「父様、じゃあやっぱりこの女…!」



 震えるトスカの声に伯爵が静かにうなずく。



「舌を噛み切った。おそらく目を覚まさなかったのは演技で、逃げる機会を伺っていたのだろう。医者が来たのでもう逃げられないと観念し、自分の口を塞いだのだ。……何が露呈するのを恐れたのか」



 三人が呆然と女を見下ろす。



 溢れる赤で染まった女の口元は、満足そうに微笑んでいるようにさえ見えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ