不思議な小屋
案内をしてくれたのは、ガセンズの右腕と称される副隊長のカシムという男だった。
「ここです。隊長が購入を打診していた空き家は。ここで何を見つけたのかは、私にも話してくれませんでしたが」
屋敷と呼ぶには少々小さい、古ぼけた家。
庭の草木は伸び放題で、門から玄関までの道筋も見えなくなってしまっている。
一体、人が住まなくなってどれほどの年月が経っているのだろうか。
「合鍵はないので家の中には入れないのですが。どうなさいます公爵」
カシムは細身の眼鏡をクイと上げて、錆びついて壊れた門扉に手をかけた。
「それならガセンズも中は見ていないはずだ。ぐるっと家の周りを一周してみよう」
カシムは頷くと、ギイイと鳴く門を押し開けてユリウスとリトを促した。
わさわさと生い茂る雑草を踏みながら、三人は家に沿って歩く。
中を覗こうと思っても、窓は長年風雨にさらされてすり硝子のように曇っている。
すると前を行くカシムが、ああ、と小さく声を上げて振り返った。
「先ほど、今までの調べでわかっている、この家に住んだ事のある人間の個人情報を簡単にまとめておきました。どうぞこれを」
手渡されたメモには、様々な人々の経歴や現在の職業、住所などが事細かに記されていた。
「私が棺を届けて戻るまでの短時間で作成したのか。噂に違わぬ有能さだな」
「過ぎたお言葉をいただき恐縮ですが、あの大雑把な隊長の下にいれば、嫌でもこのくらいは出来るようになります。細かすぎてうるさいといつも言われますよ」
カシムは現在形の言い方で、ガセンズの事に触れた。
自分でもそれに気付いたのか小さく息を飲み、それからは押し黙ってまた前を歩き始める。
「これを見ると、本当にそうそうたるメンバーだな、特別隊に選ばれたのは。誰もが知る名前ばかりだ」
「自分も調べてみて驚きました。こんな重要な件の資料が、きちんとした形で整理できていなくて本当に申し訳ありません」
カシムは真摯な態度で頭を下げた。真面目で、一本気な彼の性質が窺える。
「いや、時間が掛かってもいい。引き続き、調査を頼んでもいいか」
「もちろんです。ですが……隊長は誰が最後に住んでいたのか、確実に知っていたと思います」
遠い目をしてカシムは呟いた。
「隊長はこの町の出身で、子供の頃、特別隊に憧れてこの辺りでよく遊んだと言っていました。ここで何かを見つけた後、顔色を変えて、すぐに都へ行くと言い出しましたし」
「私もそんな印象を受けた。ただ頑なに、めったな事は言えないと」
「偉い人なのかな。住んでた人って」
リトのなにげない言葉に、ユリウスとカシムが厳しい表情で顔を見合わせる。
「とにかく、今は推測の域を出ない。正確な情報を得なければ。焦りは禁物だ」
やがて暗い裏庭に差し掛かると、木造の小さな小屋がリトの目に留まった。
「なんだろあれ……」
「庭の手入れでもする道具小屋だろう。あまり近づくなリト、崩れそうだぞ」
ユリウスの制止など聞かずに、リトはその小屋に駆け寄った。
中を見たくとも窓一つなく、ドアは錆び付いて開きそうもない。だが完全な箱のようなそれがなぜかとても気になる。
「あっ……ちょっと待てリト!」
バキッ!
迷いなど微塵もなく繰り出されたリトの蹴りが、小屋の扉を破った。
「あれ? 鍵なんかかかってなかったみたい。壊す事なかったな。ま、いいか、ユーリの持ち物なんだし」
「なにも壊さずとも……」
こめかみを押さえるユリウスと呆然とするカシムを尻目に、リトはさっさと小屋の中に入って行く。
「なんだか隊長と同じタイプみたいですね。公爵の護衛の方は」
「うむ。まあ……な」
カシムの指摘に、ユリウスは力なく頷いた。
小屋の中には、壊れた木の机が一つと木梯子だけ。
そして下は、ぼこぼことした土間だった。薄暗く、冷えて湿った空気の不思議な空間だ。
「ここホントに道具小屋? なーんか変な感じ」
リトがぐるりと辺りを見回すと、天井に明り取りらしき硝子の入った穴がいくつも開いているのに気がついた。
それを屋根の方から薄い板で塞いである。
リトは釈然としない気持ちで首を捻った。
「そうですね。机があるから物置でしょうか」
「下が土間だから、何を置いても傷みが早いと思うが。……わからんな」
カシムとユリウスも思案顔だ。
どちらにしても、特別な物があったわけでもなく、ここでは何の手がかりも得られなかった。
三人が小屋を後にし、そのまま家を一周してもとの場所へと戻った頃にはすっかり日暮れ。
最後にユリウスは、あのガセンズのポケットから出てきた花をカシムに差し出した。
「君はこれが何の花か知っているか?」
「いいえ……。そもそも自分は花とは縁の無い生活をしているもので。花屋か、もしくは図書館で調べてみましょうか」
「いや、いい。この花の事は内密に調べたい。君も決して口外しないでくれ。それより、君はガセンズの所へ行かなくていいのか」
「隊長の家へ行かせた連中、あれでも半数に減らしたんです。なにしろ全員が行くといって聞かないものですから。自分が行かなければその分、もう一人に行かせてやれます。それに隊長が欲張って手をつけて放りっぱなしのヤマがゴマンとあるんです。そっちの処理で手一杯ですよ」
カシムはそう言って、また眼鏡の端をクイと押さえて町の方角を見やる。
「……自分は今夜、自警舎の屋上からでも見送らせて頂きますよ」
ユリウスはカシムと同じように町を眺めた後、彼の肩をそっと叩いた。
「協力感謝する。何かわかったら知らせてくれ」
「逐一、報告いたします。自分の聖護獣はこいつなので」
すると、カシムの背中から一羽のツバメが姿を現し、彼の肩にちょこんと乗った。
「隊長のコンザードのように自分を乗せて飛んだりはできませんが、公爵がどこにいらしてもこいつがその気を探し当て、こちらからの報告をいち早く伝えてくれるでしょう。大切な相棒です」
『公爵ノ気、覚エタ、覚エタ。ガセンズ隊長、連レテキテクレタ人。アリガトウ。アリガトウ…』
ツバメは甲高くそう言い、ユリウスとリトの上をくるくると飛び回る。
「ガセンズがよく言っていた。我が隊は一枚岩、自分の誇りだと。君たちに会って、それが本当だと実感した。これからもこのルークの町を頼む」
カシムは返事が出来なかった。
代わりに深く頭を垂れ、込み上げる嗚咽を堪える事で、ユリウスの言葉とガセンズの思いを受け止めたのだろう……。




