眠れぬ理由(わけ)
「……どういうことだ、これは!」
『おお公爵、おかえり。随分早かったじゃないか』
アトラは酒を瓶のまま口にしながら、ユリウスに応えた。
「どういう事だと聞いてるんだアトラ! なぜ私の部屋でこんな事になってる!」
床には酒の空き瓶がいくつも転がり、食べ散らかした菓子やつまみが散乱している。
そんな無法地帯の中、カーペットの上でソファを背もたれにして、一人酒を煽るアトラ。
その膝を枕にして、リトとポーリン、トスカまでもが酔いつぶれて眠っていた。
『あんたが帰ってきたら、みんなでもう一度リトを追い出さないでくれって頼むんだとか言ってな。トスカが酒を持ってきてて、いつのまにか宴会になった。ははは』
「笑い事じゃないだろう。本当に、何考えてるんだこいつらは。馬鹿馬鹿しくて、怒る気も失せるよ……」
ユリウスはアトラの隣によろよろと座り込んだ。
そして彼の飲みかけの酒瓶を取り上げ、それを一気に飲み干し息を吐く。
「……私が間違っているのか?」
ユリウスはアトラの膝で寝息を立てるリトを見つめた。
『俺もジゼルから逃げていたくちだからな……あんたの言う事はわからんでもない。ただ、俺はこいつの聖護獣だ。こいつの望みを叶える側につくさ』
「なるほど……やっぱり私は孤立無援だ」
アトラがククッと笑い、リトの頬にかかった髪をはらう。
『まあ、こいつも今まで子供達の世話ばかりで、そういう事には無縁だったんでな。自分でもどうしていいのかわからんのだろう。あんたもこんなガキに付きまとわれて扱いにも困るだろうが、多少の無茶は目をつぶってやってくれないか。いずれ、大人になる』
「大人になったところで、リトの無茶は変わらんような気もするが」
ユリウスのため息交じりの言葉に、アトラはニッと笑った。
『それがこいつの最大の魅力だ』
リトが足元で苦しそうに顔を歪めて寝返りを打った。
アトラはやれやれといった様子でリトを引き上げ、自分の腕に抱く。
子供のように安心しきって眠る宿り主と、それを見守る聖護獣。
その姿はまるで一枚の絵画のように、何者も立ち入る事が許されない別世界のように見えた。
『無茶苦茶なのは自分に忠実だからだ。嘘や誤魔化しは一切ない。くるくると変わる心情がそのまま飛び出して、なだめるのが大変なんだ。俺に退屈する暇も与えてくれない』
「随分とリトに入れ込んでいるようだな。そうして夜も一緒に寝ているそうじゃないか。一晩中、姿を具現化しているのも力を使うだろうに」
『……こいつは一人寝が嫌いでな。赤ん坊の時から、夜だけは一人にするとピーピー泣くんだ。捨てられた時の記憶がどこかに残っているんだろう。人間にはよくある事だ』
そんな事があるのだろうか。
確かに精神や記憶というものは未だに解明されない、不可思議なものではあるのだが。
『俺がリトの前に導かれた時、こいつは孤児院の前で小さなバスケットに入って泣いていた。泣きながら俺に手を伸ばして……俺は迷わずその手に背中を預けた。その日から俺はこいつの為に生きてる。こいつが生きていくのに必要な事も、全て俺が教えた。唯一、俺が教えられないものをこいつに与えてくれる奴が現れた時、初めて俺はこいつの中で眠ることが出来る……』
アトラが静かに目を閉じる。
「……それを私に押し付ける気じゃないだろうな」
『どうかな。……まだまだ先の話だ』
そう言って笑ったアトラは、嬉しそうな寂びしそうな、そんな複雑な顔つきだった。




