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「君には騙されたからね。もちろん、君は嘘を吐いてないと言うんだろうけど」
「解ってるじゃない」
僕と葛葉さんの会話に、篠田が訝しんだ声を挟み込んだ。
「おい伏見、葛葉さんがどうかしたのか?」
「聞いていれば解るわ」
僕の代わりに葛葉さんが答える。篠田はそれで納得したのかどうか、葛葉さんの声に言葉を返しはしなかった。
「それにしても聞き捨てならないわね。私があなたを騙したなんて。あなたが勝手にそう信じ込んだだけでしょう?」
落ち着いた物言いが、ちくちくと癪に障った。
「葛葉さん」
自然と声に苛立ちが混じってしまう。
「もうこんな事止めようよ」
「何の事?」
「そうやってさ、逃げようとしないでよ。決まってるでしょ?」
にやり、と葛葉さんは笑うと、僕から目を逸らしてどこか高い所を見る目つきになった。
「どうしてかな。私が君の言う事に従う義理なんて無いと思うけど」
「ねえ、君、犬なんでしょ?」
ぴたり、と葛葉さんの動きが止まり、彷徨っていた視線も空中に釘付けになった。
「答えてよ。『はい』か『いいえ』で答えられるんだ。僕を騙すか、騙さないのか、どっちなんだよ」
「何でそう思ったのか、理由を訊こうじゃない」
あくまで葛葉さんは冷静を保っている。冷静を装っているのかもしれなかった。理由を聞かせろ、と言っているが、ここで僕の考えを全部話してしまっても大丈夫な気がした。
「あれから葛の葉狐について調べてみたんだ。有名な昔話だったね。君は自分の名前を『バレバレかな』って言ってた。つまり、葛の葉狐にあやかって自分で自分に名前を付けたんだよね。
でも、アメノヒが僕の所へ来る前からも、葛葉さんは葛葉さんって名前だった。霊力でいくらでもそこら辺の記憶は弄くれるみたいだから、あんまり強い証拠にはならないかもしれないけどさ、おかしいと思うんだよ、僕は。
葛葉、なんて名前、解る人が見たら絶対に狐と結びつけちゃうんじゃないかな? アメノヒも言ってたし、そういう風に暮らしてたけど、狐達は自分が狐だって事を隠しながら暮らすんだよね。アメノヒとホクトの名前がどこから来てるのか、僕は知らない。でも葛葉さん、君のはあんまりにも解り易すぎるよ」
「それだけ? 証拠にしては弱すぎるみたいだけど」




