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お狐さまのかえる場所  作者: 杉並よしひと
第一章 お狐様と交渉
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「はい、何か御用でしょうか?」

 さすがに話を聞いてました、とは言い辛いよなあ。

 僕の返事に、アメ様と呼ばれていた少女が一歩前へ出て、しずしずと頭を下げた。しっとりとした印象の着物とも相まって、やけに動作が板について見えた。

「伏見様ですか? 私はアメノヒと申します。こちらはホクトと申す者です。どうか一晩、私たちをここへ泊めてくださいませんでしょうか?」

「……ん?」

「ですから、私たちは今夜の宿が未だに見つからないのです。本当に不躾なお願いだとは存じ上げているのですが、どうか一晩、私たちを屋根の下に置いては頂けないでしょうか?」

「とりあえず、何でそんな頼み事をしてるのか、理由を訊いても良いかな?」

 僕よりもアメノヒは幼く見える。自然と柔らかい話し方になってしまう。

 しかし、そんな僕の言葉にちゃちゃを入れる奴がいた。

「お前、そこは理由を聞かずに泊めるのが男ってもんじゃないのか?」

 ホクトである。

 僕も、体格がそこまで良く無かったり、剛胆さが足りなかったりと、男らしく無いな、と自覚する所が多かっただけに、ちょっと今の言葉には傷ついた。

 でもさ、よく考えれば、普通の男の人は(いや、男に限らないけど)、見ず知らずの人をいきなり家に泊めたりはしないよなあ。

「ホクトさんそれはさすがに暴論でしょ」

「てゃんでえっ! ムリを通して道理を引っ込めろ!」

 何このめんどくさい江戸っ子。いや、彼女が江戸っ子かどうかは知らないけどね。「ひ」が「し」になっちゃったりするんだろうか。

 そんな面倒くさいホクトを黙らせて、アメノヒは続けた。

「私たちは旅の者です。所持金を切り崩しながら旅を続けていたのですが、宿に泊まれる程のお金が残っていないのです……。何件もお願いさせて頂いたのですが、どちらでも良い返事は頂けず……」

「そうか……」

 なんと言うか、まあ差し迫った状況にいらっしゃるんですねえ……。僕としては激しい既視感を感じている所だし、それが手伝ってか、この人達が何者なのかを確かめられれば、泊めてあげてもいっか、と感じていた。

 うーん、と僕が考え込んでいると、ちょうど向かいのおばさんが犬の散歩から帰って来た。「あら? 善太朗くん? 二股とは頂けないわねえ」

「ちょっと豊川さん、止めてくださいよ」

 金髪の子が彼女なら万々歳ですよ。黒髪の子は是非とも止めて頂きたいです。

「はいはい、失礼しました。年寄りは消えさせて頂きましょう」

 豊川さんは豪快にカッカッカ、と笑いながら、犬のリードを庭の犬小屋に繋ぎ止めると、そそくさと家に入って行った。庭に取り残された柴犬のポチが、こちらを見ながらうろうろと歩き回っている。

 ほんと、昔からこういう人なんだよなあ。僕は何度この人にからかわれた事か。

「まあ、今日は親も遅くなるみたいだし、そう言う事情があるなら泊めてあげても良いけど」

「本当ですか?」

 ぱあっ、とアメノヒの顔が綻んだ。

「だそうですよ、ホクト!」

 振り向き、後ろにいるホクトにも声を掛ける。ホクトの顔も満面の笑みをたたえている。あぁあ、多分その表情先に見てたら、僕多分こいつの事勘違いしてたわ。笑顔が可愛いなあ、とか思ってしまう未来が見えて怖い。

 またアメノヒはこちらを振り向くと、

「本当にありがとうございます! ありがとうございます!」

 と、何度も何度も頭を下げた。いやいや、家の一角を貸すだけなのに、そんなに礼を重ねられても。

 それにしても、こうやって素直に笑っている彼女も、また溌剌な感じがして可愛いなあ。さっきまでのどこか大人びた感じは影を潜め、純粋な歓びと安堵だけが見て取れる。

 一方、アメノヒの向こうに立っているホクトは、僕と目が合うと、ふん、とわざとらしく目を逸らしてみせた。うわ。アメノヒを見習って素直に喜びなさい。

「いや、そんなにお礼は要らないから。とりあえず上がってよ」

「はい、ありがとうございます」

 そう言って、アメノヒとホクトは、玄関へと足を踏み入れた。

 その直後の事だった。

「ウーッ、ワン! ワン! オゥン! ワゥンワゥン!」

 豊川さんちのポチが狂った様に吠え始めたのだ。真っ黒な双眸がきっ、とアメノヒとホクトを捉え、真っ赤な歯茎をむき出しにして、吠え続ける。何か変なものでも付いてたのかなあ。

「ワン! ウーッ!」

「アメ様っ!」

 ホクトが素早くアメノヒの前に立ちはだかり、両手を広げる。まるで大きな怪物を相手にしているかの様に、整った顔が悲痛に歪んでいる。

 アメノヒはアメノヒで、ホクトの後ろに隠れてぶるぶると震えている。着物の袖をぎゅっと握り込み、薄い瞼をこれでもか! と言う程固く閉じている。

「アメ様! 逃げてください! 私がヤツを食い止めます!」

「でも、それじゃあホクトは……?」

「大丈夫です、アメ様。ホクトも後で追いつきますから、安心してください」

 涙目になりながら、悲しげな声色で話す二人。やがて、アメノヒは何かを決意したのか、縮こまっていた体を起こし、僕に向き直った。じっと目を見つめると、何やら瞳が潤んでいる。ん? 涙目なのか?

「私たちをこの家に匿ってください」

「匿うって……」

 ……何大げさな事言ってんのこの人達? 僕がそう訝しむ間にも、ポチは吠え続けた。

「ウーッ! オン! ウオーン!」

「アメ様! 早くお逃げください!」

「でも……。伏見様、どうか私たちを……っ?!」

 結局、アメノヒの言葉が最後まで紡がれる事はなかった。呆然とした様に立ちすくむと、恐る恐る、と言う感じで、ゆっくりと手を金糸の様な髪の毛に触れる。

 一方僕の方も、呆気にとられてあんぐりと大口を開けてしまった。顎が外れるかと思った。何か言おうと思ったけど、何も言葉が出てこない。

 ホクトは、と言うと、もうがっくりと膝を地面についてうなだれていた。頭を抱え込んで、まるでもう二度と立ち上がれないかの様だ。

 彼女達の頭には、狐の耳が生えていた。

 さっきまではなかったのに。

 やっと、僕の口がちゃんとした言葉を紡ぎ出した。

「……、とりあえず、家はいる?」

「……ありがとう…………ございます」

 アメノヒはそう言うと、小さな手で必死に狐の耳を隠しながら、ドアの内側へと入った。小さな手だから、所々狐の耳がはみ出ているのが見える。

 ポチは満足げに黙ると、得意げな顔でこちらを睨みつけていた。


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