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「お先にいらっしゃってくださいませんか?」
学校へ行く準備を住ませた僕に、アメノヒは洗面台に向かい合ったままそう言った。金色の髪の毛が紺色のブレザーの背中まで垂れている。
「まだちょっと準備が終わってないので」
「待ってようか?」
「大丈夫です」
アメノヒの声は相変わらず柔らかい。僕ばっかりこの前の会話を思い出して固くなったりして、一人空回りしてる気がする。
でも、アメノヒがこれまでと全く変わらない感じで接してくれるからと言って、僕がすぐさまこれまで通りに戻れるかと言ったら。
……そうはいかないんだよなあ。
「後ですぐ追いつきますから」
心無しか細くなったアメノヒの声を聴いて、じゃあ、と僕は靴の紐を結んだ。
「じゃあまた学校でね」
「……はい」
久し振りに一人で学校への道を行く。
あれだ。ずっと一人で行くのが当たり前だったのに、一度一人じゃない事に慣れちゃった途端に一人じゃ寂しく感じる、あれだ。なんだかんだでアメノヒに助けられてから一ヶ月、もうアメノヒがいるのが当たり前になっちゃったんだなあ。
しみじみ感傷に浸って歩いていると、すぐに学校へと通じる一本道へと出た。何人かで固まって話しながら歩く人、本を読みながら歩く人、何か用事があるのか、学校へ向けてダッシュする人。皆それぞれ大事な人を思ってる……。
……だめだ。この前からずっとこうだ。
葛葉さんとあったあの日から、少しでもぼうっとすると、脳みそに変な考え事が割り込んでくる様になった。
葛葉さんは僕のしようとしていた事を「間違いだ」と断じ、止めたのだ。僕がアメノヒに「永遠」を与えてしまうのに、とうの僕が全くもって「永遠」でも何でもないのだから、それは苦しみしか生まない、らしい。
だからせいぜい、僕はアメノヒの小さな助けになる事くらいしか出来ないけど。そして、それさえも葛葉さんは良い事ではないと言うけれど。
考えれば考える程こんがらがってくる。
僕が考えるべき事は「どうやってアメノヒがまたあの神社に戻れるのか」だったのに、今僕の考えている事は「それがそもそも正しいのか?」だ。
まあ、そう言う考え事はめんどくさいもの、って相場が決まってるわけで。




