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僕は悠久のときを生きてるわけじゃない。
「アメノヒは、あの神社に帰れるのが一番の幸せなんでしょう?」
僕の言葉を聞いて、アメノヒの顔に表れていた最後の表情――悲しみさえも、消えてしまった。
「善太朗さんは、どうしたって、そう信じていらっしゃるんですね」
つまらなそうな顔じゃない。悲しそうな顔でもない。もちろん泣いてなどいない。アメノヒの顔からは一切の表情が消えて、ただただナイフの様に精悍な顔立ちだけが残った。白い頬には赤味が差さず、金色の狐の耳も一人でピンと立っている。
こんなときでも僕は、そんなアメノヒの姿を「格好いい」と思い、少しの間見ほれてしまっていた。情けない。本当に僕は情けないヤツだ。
「話はこれで終わりです」
冷たくそう告げると、アメノヒは僕に背を向けて、リビングから出て行った。
アメノヒの足音が遠ざかって行く。僕はその音を聞きながら、長い長い息を吐いた。色んな思いや言葉が、全部流れ出て行くようだ。
でも、それでも喉元にわだかまる奴らを押し戻そうと、僕はグラスに麦茶を注ぎ、ぐいっと一気に飲み干した。冷たさが喉を撫でるだけで、渇きはなかなか癒えなかった。




