表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お狐さまのかえる場所  作者: 杉並よしひと
第三章 お狐様と学校
63/109

29

 肩越しにちらりと後ろを振り向く。ホクトも全体重をかけるみたいにして「見えない壁」を押していた。

 と、僕は、ホクトが苦しそうな顔をしているのに気がついた。

 歯を食いしばって、顔をくしゃくしゃにゆがめながら、それでも全身で壁を壊そうとあがいている。

 まるで、痛みに耐えてるみたいな姿だ。

 ホクトは僕がみていた事に気付いたみたいだ。苦しそうな顔のまま、さっきと同じ様に「行け! 行け!」と人差し指を振り回す。そして、ちらりと苦しそうな顔をする。

 今の僕にできるのは走る事だけみたいだ。なのに、さっきから一メートルも進んでいない。

 本当なら、ホクトの声が聴こえたはずなのに。僕が走っているのはただの静かな夜の森だ。ホクトが何を思っているのか知った後でも、ホクトの声が聴こえ無いのは寂しかった。

 足の裏がこすれて、痛みがやってくる。血も出てるんじゃないかな。いつまでたっても近付いてこない二の鳥居が、逆に遠ざかって行く様な感じさえする。

 ふと、僕はまた後ろを振り向いた。

 もうホクトは耐えられていなかった。涙を流して、何かを叫んでいた。

 その叫び声が合図だったのかもしれない。

 見る見るうちに、ホクトが狐に戻って行くのだ。

 さっきまでは真っ黒な耳が狐の証だったのに、ホットパンツの裾から黒い尻尾が覗く様になり、今や、僕の握っている腕にまで、真っ黒な狐の毛が生え始めていた。

 驚いたのと、悲しいので、僕の足は自然と止まってしまう。もう、走る必要が無くなった事を僕は悟った。

 そんな間にも、どんどんホクトは狐に戻って行っていた。僕の握っていた手は、今やほっそりとしたあの指を持たない狐の手になってしまい、ホクトの高かった背はだんだんと縮んで、僕の腰までも無い高さになってしまう。

 最後につま先まで黒い毛に覆われると、ホクトは一匹の狐になってしまった。ホクトと手を繋ぐ事も出来なくなってしまった僕の手は、ぶらん、と境内へ入り込んだ。まるで、何者かに乱暴に捨てられたみたいに、僕の手は僕の手じゃない様に大きく揺れた。

 動物の表情をみた事が無い。例えば、犬が悲しげだとか、嬉しそうだとか、そう言うのは、声色とか尻尾とかで解る物だと思っていた。

 でも、涙は流れなくても、今、目の前にいる真っ黒な狐は泣いているのだと僕は思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ