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お狐さまのかえる場所  作者: 杉並よしひと
第三章 お狐様と学校
62/109

28

 僕はホクトに、何もここまでの話を聞かなかった、みたいな声をかけた。

「行こうか」

 右手で、ホクトの左手を曵いてみる。少し重い。ホクトは行くのを拒んでいるみたいだった。

 もう少し強く曵いてみる。

 ホクトの裸足のままの足が、小さく前へと踏み出された。と、堰を切ったように足は振り出され、いつの間にか僕を追い越して行く。

 ぺたぺたとアスファルトを踏みしめて小走りで歩く。だけど、鳥居までそんなに距離も無いから、このまま行けばホクトだけ跳ね返されてしまうかもしれない。

 走ろう。

 地面を蹴って、ホクトを抜かしてやる。視界の両側に家並みや木々が飛び去って、あっという間に鳥居の目の前だ。

 あと三歩。

 あと二歩。

 あと一歩。

 突然、目の前に今まで見えなかった壁が現れた気がした。ぶつかる! 心の声が叫んで、僕は固く目を閉じた。

 何の事はない。僕の気のせいってだけの話だった。

 僕のからだはするりと鳥居の下を潜り抜け、左手、肩、右肩、と境内へと入った。

 でも。

 どうしてか僕の右手が、ホクトの手を取ったままの右手だけが、どこかに引っ掛かったみたいに鳥居を越える事が出来なかった。

 僕はすぐに振り向いた。ホクトは何かを睨みつけるみたいな鋭い目をしていた。瞼が大きく見開かれて、真っ白な白目までも力を持っている。

 ホクトの口が動いた。聴き取れない。何か声に出したはずなのに、僕の耳に何も届かない。

 でも、僕の手を握るホクトの手には、痛い程に力が入っていた。

 ホクトはまるで「行け! 行け!」と言う様に、何度も神社の中へと人差し指を差し向けた。力のこもった動きで、、人差し指が何度も行ったり来たりする。

 つまり、僕は進まなければ行けない。

 僕はホクトの手を握ったまま、地面を蹴る足に力を込めた。ぴたりと止まって動かなくなった足を、一歩でも前に進めなければならない。

 ふと、目の前にアメノヒの顔が浮かび上がった気がした。

 相変わらず、僕の右手は鳥居を境に全く動かない。

 一歩でも先へ。

 右手がとれてしまいそうだ。右肩が外れてしまいそうだ。

 走らなきゃ。進まなきゃ。

 それでも、僕の足は滑って、同じ所に留まってしまう。すすめ。すすめ!


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