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僕はホクトに、何もここまでの話を聞かなかった、みたいな声をかけた。
「行こうか」
右手で、ホクトの左手を曵いてみる。少し重い。ホクトは行くのを拒んでいるみたいだった。
もう少し強く曵いてみる。
ホクトの裸足のままの足が、小さく前へと踏み出された。と、堰を切ったように足は振り出され、いつの間にか僕を追い越して行く。
ぺたぺたとアスファルトを踏みしめて小走りで歩く。だけど、鳥居までそんなに距離も無いから、このまま行けばホクトだけ跳ね返されてしまうかもしれない。
走ろう。
地面を蹴って、ホクトを抜かしてやる。視界の両側に家並みや木々が飛び去って、あっという間に鳥居の目の前だ。
あと三歩。
あと二歩。
あと一歩。
突然、目の前に今まで見えなかった壁が現れた気がした。ぶつかる! 心の声が叫んで、僕は固く目を閉じた。
何の事はない。僕の気のせいってだけの話だった。
僕のからだはするりと鳥居の下を潜り抜け、左手、肩、右肩、と境内へと入った。
でも。
どうしてか僕の右手が、ホクトの手を取ったままの右手だけが、どこかに引っ掛かったみたいに鳥居を越える事が出来なかった。
僕はすぐに振り向いた。ホクトは何かを睨みつけるみたいな鋭い目をしていた。瞼が大きく見開かれて、真っ白な白目までも力を持っている。
ホクトの口が動いた。聴き取れない。何か声に出したはずなのに、僕の耳に何も届かない。
でも、僕の手を握るホクトの手には、痛い程に力が入っていた。
ホクトはまるで「行け! 行け!」と言う様に、何度も神社の中へと人差し指を差し向けた。力のこもった動きで、、人差し指が何度も行ったり来たりする。
つまり、僕は進まなければ行けない。
僕はホクトの手を握ったまま、地面を蹴る足に力を込めた。ぴたりと止まって動かなくなった足を、一歩でも前に進めなければならない。
ふと、目の前にアメノヒの顔が浮かび上がった気がした。
相変わらず、僕の右手は鳥居を境に全く動かない。
一歩でも先へ。
右手がとれてしまいそうだ。右肩が外れてしまいそうだ。
走らなきゃ。進まなきゃ。
それでも、僕の足は滑って、同じ所に留まってしまう。すすめ。すすめ!




