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「ひいいいい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。君の愛は受け取れないんだ!」
「何言ってるの?」
ぺこぺこと頭を何度も下げる。彼女のきりっとした目元が、かわいそうな僕を見下ろしている。前に篠田が、「女の子に蔑まれるのって、堪らないよな」って感慨たっぷりに言ってたけど、残念ながら僕には理解出来ない。これから何をされるのか、そればっかりが僕の脳みそを支配している。
「私、ちょっと話を聞きたいだけなんだけど」
「……ん?」
意外すぎる一言を言うと、彼女は一歩前へ踏み出した。彼女と僕の距離が近付く。僕は咄嗟に一歩後ずさろうとしたけれど、彼女は素早く僕の片腕を掴み、それを許さない。更に彼女は一歩前へ踏み出す。
ええい、なんとでもなれ。僕はぎゅっと目をとじ、されるがままにした。
彼女の手のひらが僕の胸に触れる。うう、何か変な気持ちになりそうだ。意外にソフトタッチなものだから、制服の上からの感触がなんだかくすぐったい。
彼女の息吹が間近に感じられ、大きな熱の塊がすぐそこにある様に思える。実際は大した熱でもないのに、僕はまるでその熱に当てられたかの様に、何も考えられなくなっていた。
ちらり、と瞼を開けて、彼女の様子をうかがう。と、目の前に、彼女の頭が見えた。
「うわわわわわ! なに! きみ?! 何してんの!」
「なにって……。話を聞きたいだけだけど」
彼女は僕の胸に手を置いて、くんくんと僕のにおいを嗅いでいたのだった。すっと通った鼻筋が、僕に触れそうで触れない。近付くたびにドキドキする。
「だったら、まずはその話が先だろ。何してるんだよ……、いきなりもう」
照れるだろ。何か過ちが起きたらどうするんだよ。ちらっとそんな事を考えると、急に彼女の豊かな胸の膨らみとか、プリーツスカートから覗く腿とかに目線が吸い寄せられて行ってしまう。いかんいかん。
未だに僕を嗅いでいる彼女の両肩を掴み、ぐいっと引き離す。彼女はしばらく「うーん」とか「やっぱりそうか……」などとひとしきり呟いたあと、不意に、
「今朝、すっごく可愛くて、金色の髪をしてる女の子に遭ったでしょ?」
と問うた。
「なんだよその訊き方……」
客観的な情報は『金色の髪』しかないじゃん。僕は心の中で毒づいた。でも、心当たりはある。
「まあ、遭ったけど」
それを聞いた彼女は、つかみかかる様な勢いで僕の両肩を捕まえると、
「それ! どこで遭ったのか、教えてくれる?」
と言って、がくがくと揺すった。おえええええうああ。気持ち悪。
「ちょ、ちょ、揺らさないでくれ! 気持ち悪い」
「あ……、ごめん」
彼女はやっと僕を解放してくれた。うう、頭がぐらぐらする。多分、顔面蒼白かもしれない。
「今朝さ、そこの交差点で遭ったんだ」
「そのあとは何処に行った?」
「それは知らない」
「何で知らないんだ?」
「そりゃ、彼女はすぐにどっかに行っちゃったからね」
僕のその言葉を聞くと、彼女はあからさまに肩をすくめ、
「ったく、役立たずね」
と言った。いやいやちょっと待ってくれ。
「なんなんだよいきなり。君があの子とどんな関係か知らないけどね、いきなり人を捕まえて『役立たず』はないだろ」
「君だって男なんだろ? あの美しさの前では、目を逸らす事も出来ないはずだろ?!」
「なんだよそのトンデモ理論は……」
あれ? ちょっと気付いてたけど、この人すこし変な人なのかな?
「ああ、でも、この男が見てたなら見てたで、アメさまが汚されるようだ……」
彼女はぶつぶつと何か呟くと、
「まあ良いや。とにかく何処に行ったかは知らないわけね?!」
「うん。そうだけ」
「それだけ聞ければ良いの。それじゃ」
彼それだけ言い残して、黒い髪を翻しながら路地の中を走って行ってしまった。
……なんなのあの人。