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「私とアメ様があの神社に入れなくなってから、何年も経つ。散り散りになった狐達はこの国の色々な稲荷神社に頼み込んで、それぞれ住む場所を見つけて行ったんだ。
前にも話したな。アメ様はあの神社の顔役みたいな人だった。一番霊力を蓄えられる人だったからな。ただ、どの神社の狐もそうやって代表を決めているから、アメ様を拒む神社が殆どだったのだ。自分より霊力を持っている狐が来たら、どこの神社の代表も嫌がる物なんだ。
だけど、ある程度大きな神社になると、上には上がいるもんなんだよな。アメ様を受け入れてくれる神社も確かにあったんだ。でもな、やっぱりアメ様をねたむヤツは確かにいて、アメ様に直接手を下そうとするヤツもいたし、どうしようもない言葉をかけるヤツもいた」
そして、ホクトは少し間を置いてから、こう言った。
「そう言う事から、アメ様をまもりつづけた」
ホクトは少し目を伏せた。長いまつげも、どこを見ているのか解らない瞳も、夜の空気にはっきりと浮かんで見えた。空気にそぐわなくても構わない。その言い様も無い艶やかさに、僕は一瞬目を見開いた。
遠くに救急車のサイレンが聴こえる。夜は確かに一秒ずつ更けて行く。
なのに、ここだけ、時の流れに取り残されたみたいだ。
「自分たちにはっきりと敵意を持っているヤツが近くにいて、それでも堂々としていられる程、アメ様は図太くないんだ。それは貴様だって知ってるはずだろ。あちこちを彷徨ったこの三百年、アメ様のそう言う所は、どんどんひどくなっていた。私が一番近くにいたから、一番よく解るのだ。
結局、一つの所には三年と留まったためしがない。一番短いのは一週間だった。どこへ行っても、どこへ行っても、永遠の住処にはならなかったんだ。
もしかしたら、そんな物も夢なのかもしれないな。
でも、だ。それでも、私は信じているのだ。
あの神社が、私たちの家だった。私とアメ様の家だった。私は帰りたい。アメ様もきっと、帰りたがっている。帰れば、きっと、あそこに永遠があるのだ。私はそう信じているのだ」
ホクトは半分叫ぶ様に、呻く様に、最後の言葉の欠片を夜の帳に放り出した。
「永遠が、欲しいのだ」
僕は、アメノヒの見る世界を思った。
ひょい、と花びらをつまみ上げる様に、簡単に「三百年」と言えてしまう。
遠慮がちで、頑なに部屋の真ん中で寝るのを拒んでしまう。
時代錯誤にも、この前まで十二単なんかを身にまとっていた。
おずおずと、僕の隣の席を選んでくれた。
ホクトは確かに、色んな物からアメノヒを護って来た。でも、やっぱり、護りきれなかったのだ。もしかしたら、誰にだってそんな事は出来ないのかもしれない。そんな事にまで拘って、悔しがる。自分を責め、悲しみに落ちて行く。そんなホクトに、僕は感じた事が無い程の美しさを感じていた。
いや、そんな言葉で括っちゃダメだな。
悲しみの丘に、今、僕とホクトは立っていた。僕とホクトの護りたい人は一緒で、でも一緒なのはそれだけなのだ。ホクトの欲しがる永遠を、僕はあげられない。僕は永遠に存在するわけじゃない。長い長いアメノヒとホクトの命に比べたら、僕の命の火は花火みたいな物なんだろう。そんな存在が、永遠をあげられるはずが無い。
でも、それでも。
そんな二人の手助けを、僕は出来ないだろうか。
「永遠に添い遂げる事は、出来ないけど」
僕はホクトに、出来る限り優しい声をかけた。
「君たちが家に帰る手伝いくらいは、出来ないかな?」
ホクトはまた、大きな目を一層見開いて僕を見た。そして、何かを諦めたみたいに目を閉じて、ゆるゆると首を振ると、
「じゃあ、頼んだぞ」
と言った。




