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「……いつから気付いてたんだ」
篠田は満足げな顔をするでも無く、ただ「はあ」と長い息を吐き出した。
「豊川さんの台詞だよ。お前とあんなに親しげに話すのに、お前の家に世話になってる幼馴染みの顔を知らないはず無いだろ。
なのに、あのおばさんは俺と、恭香と、比奈ちゃんを見て、『お友達? 三人も』と言っていた。比奈ちゃんの顔を覚えてなかったんだろうな。俺が確信したのはその時だよ。
ただ、前々から、お前が嘘を吐いてるんだろうな、って事は解ってた」
くう。豊川のおばさんめ。そんな僕に関係のない所でボロを出して。
良い人なんだけど、そう言う所、僕は苦手でたまらないんだ。
「……いつから疑ってたの?」
「そりゃ、初めて比奈ちゃんに会った時からだよ」
「……なんで?」
「何で?!」
篠田が驚きの声を上げた。そう言ってから、慌てて口許を抑える。
「伏見、お前、初めて俺達が比奈ちゃんに会った時に、どう言ってたのか覚えてないのか?」
しばらく、頭の中をひっくり返して思い出そうとする。案外簡単に思い出す事が出来た。
「なるほど」
あの日、僕ははじめアメノヒとホクトを「単なる友達」と紹介した。咄嗟にアメノヒの正体を隠そうと思ったからだ。隠してしまってから、「幼馴染み」と紹介すれば良かった、と考え直した。だから、あくまで「単なる友達」って言ったのは嘘なんだよ、と言う振りをして、もう一回、嘘を塗り重ねた。
だって、休日のあんな所に、僕の友達がいるなんて思わなかったから。いくらアメノヒが珍しい格好をしていたって、町中で偶然見かけたくらいなら、人はすぐにそれを忘れてしまうと思ったんだ。
だからあの日、吉城寺へ散歩へ行くのが危ない事だとは、思っていなかった。もちろん、アメノヒやホクトと口裏を合わせておこうなんて、考えても見なかった。
結局、僕は浮かれてただけなんだなあ。
かくなるうえは。
「篠田」
僕は彼に向き直って、頭を下げた。気付かぬうちにからだが動いていたのだ。
「篠田。頼む。頼むからこの事は誰にも言わないで欲しい。何でもする。何でもするから。アメノヒの事は黙っておいてくれないか。
彼女は僕の恩人なんだ。事情があって話せないけど、とにかく黙っていて欲しいんだ。
頼むよ」
必死だった。
篠田がこれを知って何をするつもりだったのか、僕は知らない。だけど、もしこいつが黙っていられるのなら、何をしてでも黙っていてもらうつもりだった。
ただ、アメノヒに聞かれない様に。そう考えたら、声は自然と小さくなった。静かな僕の声が篠田に届いて、篠田はにやり、と笑った。
「アメノヒって言うのか、あの子」




