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「ただいま」
数学の参考書の呪文を読み続けていたら(僕には数式とかが呪文に見えてしまうんだ。病気かな。病気だろうな。頭が悪いだけとかじゃないと良いな)、玄関からホクトの声が聴こえた。
「お帰り」
参考書から目を上げると、ホクトはちょうどリビングへ入ってくる所だった。
「あら、お帰りなさい」
「お帰りー、北都ちゃん」
花園さんと篠田も勉強を中断してホクトと挨拶をする。
「アメさ……、姉様、勉強してるのか」
「はい。ホクトも一緒に勉強をしましょう。テスト前ですよ」
未だに「姉様」って呼ぶのに馴れてないんだなあ。うっかり「アメ様」と呼びかけちゃうとバレるかもしれないから、と言う事でアメノヒが「お姉ちゃん」と呼ぶ様に言ったんだけど、ホクトがあんまり納得してないみたいだから、「姉様」と呼ばせよう、と言う所で妥協したのだ。これなら音も似てるし、うっかり読んじゃっても大丈夫だしね。
「ええっと、ちょっと行かなきゃいけない所があるんで、私はいいです」
「そうですか……?」
アメノヒは少し寂しそうな顔をした後、小さく頷いた。
「じゃあ、また後で」
「はい。また後で」
ホクトはがちゃりと扉を閉めて、リビングから出て行った。
ホクトの足音が遠ざかって行き、玄関の扉が閉まったのを確かめてから、花園さんが小さな声で話し始めた。
「それにしても、比奈ちゃんと北都ちゃんって姉妹揃って二人とも可愛いわよね」
「そうだよなあ」
篠田も納得の表情だ。
「北都は美人ですけど、私なんてそんな……」
「またまたあ。謙遜しちゃって」
花園さんは「うりうり」と肘でアメノヒを突いた。いいな! 僕もそんな感じで突きたい! ……おほん。何か変態っぽかったな、いまの。
「でもなあ。本当に可愛いよなあ」
「可愛いわよねえ。男子が放っておかない気持ちがわかるもん」
可愛や可愛い、と、初孫を可愛がるおじいさんおばあさんみたいに、篠田と花園さんは目を細めている。
助けてください、と言いたげな涙目のアメノヒを僕もしげしげと見つめてみる。
黒くて大きい瞳が宝石みたいに輝いて、赤味を帯びた頬も相まってその時々にくるくると表情を変えて行くのだ。白い首筋に、その前でもぞもぞと恥ずかしげに動いている細い指。赤いタイと紺色のブレザー。そして、外からの風をふわりとはらむ金色の髪の毛に、今は出ていないけど、狐の耳があるのだ。
うーん、非の打ち所の無い美人。




