表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お狐さまのかえる場所  作者: 杉並よしひと
第一章 お狐様と交渉
5/109

「といってもなあ」

 校門を出て、今朝の四つ角まで歩いてきて、僕はそう呟いた。

 だって、手掛かりが何もないのだ。制服を着ていたなら学校を調べられるし、そもそも普通の人なら、事故の後あんなに素早く現場をあとにしたりは出来ないだろう。

 行き交う車の流れを見ながら、僕は今朝の事を思い出していた。

 迫り来る自動車。脳を揺さぶるクラクションの音。そして、ひしゃげた車のボンネット。

 彼女の微笑みを、ちらり、と思い出す。

 全てが数秒のうちに起きたなんて、どうしても信じられなかった。

 彼女がいなければ、僕はこうして今日の今頃、ここに立つ事もなかったのだろう。そう考えてみても、助かった今となっては、その想像は靄かなんかの様に掴み所が無く、形がはっきりしないものだった。

 でも、ビルに開いた大穴は今朝のままだし、その近くにはテープが貼られて、近づけない様になっている。

「ああ……」

 車道の信号が黄色に変わる。車の流れが速度を落とし、そして、止まった。

「ん…………?」

 あれ? 何か、向こう側の歩道に変な女の人がいる。いや、風貌が変なわけじゃない。むしろ綺麗な人。灰色のパーカーの裾にはオリーブ色のプリーツスカートが覗いている。落ち着いた色合いの服装に、黒い髪をポニーテールにしているのも相まって、鋭い感じの美人だ。目元が涼しい。

 いや、涼しい、と言うよりもさ、あれは睨みつけてる、と言った方が正しいかも。横断歩道の向こうから、めちゃくちゃ睨んで来てる。なにこれ、怖い。

 僕は身の危険を感じて、とりあえずこの横断歩道を渡るのは諦めた。四つ角から離れて、通りに沿って一つとなりの横断歩道へと向かう。そうだよね。怪しい人がいるならば、出来るだけ避けなきゃ。

 が、あろうことか、彼女は通りの反対側を僕を追う様に歩き出したのだ。僕が足を早めれば彼女も歩調を早め、僕が立ち止まると彼女も足を止める。横断歩道の信号は青なのに、渡らず車道の向こう側を歩き続けるのも、どこか不気味だ。

 話し掛けて、「止めてくれ」と言うのも怖いしなあ。これはあれです。ストーカーですよ。

 って言うか、僕、そんな熱烈な愛は受け止められない。今朝の彼女は自分から去ってしまった。幼さと慈愛の入り交じった笑顔を思い出すたび、今日の僕の胸は何度も締め付けられる。

 だから、ごめん! 君の愛は受け取れない!

 と、ブラックヘアー・ザ・ストーカーに伝えられたらなあ、と思いながら、僕はゆるゆると歩道を歩き続けた。彼女が僕についてくる限り、僕もみすみす家に変える事は出来ない。隙を見て逃げ出すしかないか。

 通りは駅前のバスロータリーへと繋がっている。駅前にはごみごみとした横町が有るし、そこに逃げ込んでしまえばこっちのものだろう。相手がどれ位ここら辺の地理に詳しいか知らないけど、僕は生まれてこのかたこの町に住み、産湯を近くの公園の池で浸かったんだぞ! いや、産湯は嘘だけど。雑菌とかで病気になっちゃう。

 駅前に近付くに連れ、だんだんと人の通りが増えてきた。飲み屋の並ぶ薄暗い横町の入り口が、通りへぱかり、と開いている。

 今だっ!

 僕は素早く横町へと飛び込み、店の軒先をすり抜けながら、奥へ奥へと走り込んだ。幸運な事に人が少なく、僕はするりするりと横町の中を走る事が出来た。

「はあッ……、はあ……」

 そんなに体力有るわけでもないからな……。だんだん息が切れてきた。

 もう大丈夫だろう、と思い、後ろを向く。

 そこには、真っ黒で大きな瞳が……。

「何で逃げるのよ」

「ぎゃあああああああ」

 真後ろにいたし! 全然撒けてなかったし! 全く足音なんか聴こえなかったのに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ