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もしアメノヒの望みが叶えられたとして、僕は本当にそれを喜べるんだろうか? 僕にはその自信がない。全くないのだ。
「善太朗さん」
とんとん、と肩を叩かれた。ふと後ろを振り返ると、いつの間にかアメノヒがすぐ後ろに立っていた。ふんわりした長めのスカートにゆったりしたTシャツを着て、顎をくいっと上げて、僕を見上げている。
「どうしたんですか?」
「えっ……? ど、どうもしてないけど」
慌ててスポンジをぐるぐると動かす。ざざっと水で流していっちょ上がりぃっ!
「そうですか……?」
アメノヒはそう言うと、背伸びをして僕の額へ小さな手を当てた。あ、思ったより冷たくて、熱とか無くても気持ちいい。
「大丈夫だよ。熱とかないから」
「そうですか。なら、私もお手伝いしますよ」
何が「なら」なのかよく解らなかったけど、いつの間にかアメノヒは狭いシンクの僕の隣に並び、一枚お皿を取った。
「私は流しますから、どんどんゴシゴシやっちゃってください」
「うん」
どうもさっきの考え事が影を引きずっている。肩が触れ合いそうなくらい近くにアメノヒがいるのに、どうも僕の声は沈んでいた。
嬉しい状況には変わりないけどね。
隣に目を移せば、アメノヒは鼻歌なんか歌いながら石けんの泡を流している。
「なんか、不思議な感じですね」
「何が?」
「この時間がです」
少し解り辛いなあ。僕はもう一度訊き返してしまった。
「お皿洗いの時間が?」
「ええっと、そう言うわけじゃないんですけど」
「……?」
「とにかく、善太朗さんと私が、こうやって一緒にいる事がです!」
アメノヒはぎゅっと固く目を瞑り、小さく身をすくめていた。しばらくそのまま見ていると、何事も無かった様にアメノヒは皿洗いを再開した。
何か、凄く大事な事を言われた気がする。
考えていても何も解らない気がしたので、僕も残りの皿をゴシゴシやり始めた。何も考えないで一心にゴシゴシやっていたから、溜まっていたお皿達はどんどん減って行った。
ほいほいと皿を送って行くと、ついに最後の一枚を洗い終えてしまった。アメノヒに最後の一枚を手渡すと、アメノヒはそのお皿をすぐには流さなかった。
ふっ、と僕を見上げるアメノヒ。
「善太朗さんのこと、初めてバカだと思いました」
そう言って、アメノヒは満面の笑みで笑うのだった。
……まあ、いいか。




