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大友先生はつかつかと扉の前まで歩いて行くと、がらりと扉を開け放った。
クラスのみんなが息をのむのが解った。アメノヒを見慣れた僕でさえも、思わず扉を凝視してしまう。
紺色のブレザーとプリーツスカートに身を包んだアメノヒが、すっと立っていた。真面目な視線は教室へ注がれ、薄い唇は真一文字に閉じられている。
胸元の赤いタイが、窓から忍び込んだ風に揺れた。
一瞬、アメノヒと視線がぶつかった。と、アメノヒは僕にしか解らないくらいに小さく微笑むと、今度は先生へと視線を向けた。
先生はアメノヒへ微笑み返すと、黒板へ大きく「天野比奈」と書いた。
「えー、天野比奈さんです。ご家庭の都合で今日からこの学校へと転入して来ました。さ、天野さん」
挨拶を促されたアメノヒは、一瞬目をつぶって拳をぎゅっ、と握りしめると、次の瞬間にはゆっくりと、堂々と話し始めた。
「はじめまして、天野比奈と申します。私にとってはまだなれない場所ですが、皆さんと仲良くなって行きたいと思っています。
どうぞ宜しくお願いします」
アメノヒは深く頭を下げた。わき起こる拍手。
「じゃあ……、あ、しまった。空席無かったなあ……」
大友先生は「あちゃー」と頭を掻いた。と、一瞬拍手が止んだかと思うと……。
「俺の隣! どっすか?」
「いやいや、もはや俺の膝の上で!」
「黙りなさい巧一」
「俺と席半分こにしましょう!」
クラスの男子の猛アピールが始まった。なにこれ怖い。この激しい競争に交わりたく無いんだけど。しかもどさくさにまぎれて篠田と花園さんの夫婦漫才が繰り広げられてたし。もうあの二人以上にお似合いの二人はいない気がする。
アメノヒはしばらく困った様に笑ってるだけだった。大友先生はアメノヒが困ってるのを知ってか知らずか、
「ああ言ってるけど、どうする? どこかご希望の場所は? 後で大急ぎで机と椅子持ってくるから」
とアメノヒに問うた。いやいや先生、それで決めさせるのは無茶でしょう。ただでさえ押しの強い人は苦手な人なんだから、この中から選ばせるなんて……。
「じゃあ、あそこで」
アメノヒは細い指で遠くを指差した。……ん? 僕? クラス中の視線が僕に突き刺さる。恐る恐るアメノヒを見ると、アメノヒとまた目が合った、柔らかい春の風の様な笑みを浮かべて、僕の方を見ている。
大友先生は口許に手をやって「はっ」と大げさに驚くと、
「伏見君。青い鳥は君のもとにやって来たのね!」
と芝居がかった口調で言った。うわあの人、地味に地味にからかってくるなあ。
まあでも、僕は気にならないよ。そんな事めじゃないくらいに嬉しいからね! 今!




