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アメノヒもホクトも朝に弱い人じゃなかった。
僕が押し入れで目を覚ます頃には、いつも押し入れの鍵は解かれていたし、扉を開けてみればいつもアメノヒは寝間着から着替えていた。
二人とも基本早起きなんだよね。
でも、あの日は違った。
事の始まりはこの前の土曜日の夜、僕がうっかりホクトに将棋で勝ってしまったのが始まりだった。
普段はホクトとアメノヒが二人で将棋を指していたのだけど、「明日は休日ですから」とアメノヒが僕を誘ってくれたのだ。
久し振りだなあ、と思いながらも僕はアメノヒの誘いに乗り、まず「じゃあ私とやるか」と勝負を申し込んで来たホクトと一局指すことになった。
元々は向こうが吹っかけて来た勝負なのに、だんだん形成が僕の方に傾いてくると、次第にホクトの機嫌は坂道を転げ落ちて行った。二人が将棋を指してても僕があんまり興味を示さないから、ホクトはてっきり僕が将棋に弱い物だと勘違いしてたみたいだ。
でもさ、よくよく考えると、普通自分の部屋の押し入れに足付きの将棋盤入れてる人間が、将棋弱いはずが無いよね。
「くっ」
あと三手で詰み、と言う所まで来ると、ホクトの苦々しい顔の歪みが怒りの歪みに変わった。
まあね、十手くらい前から詰みは見えてたんだけどね。
昔からじいちゃんに将棋を仕込まれてたからね。僕もそれなりに将棋を指せる人間なのです。
「ダメだ! もう一局!」
「僕の勝ちでいいの?」
「いや! 三番勝負だ!」
要するに、二連勝すると言いたかったみたい。ホクトの負けず嫌いは筋金入りだなあ。
「お強いんですね、善太朗さん」
「そんなそんな。じいちゃんの方が強かったよ」
謙遜でも何でも無い。じいちゃんと十局やったら七局は負けてた。
駒を並べ終えて、二局目を始める。
結果だけ言うと、やっぱり僕の勝ちだった。頭に血が上ったホクトは色んなミスを繰り出し、その度に僕がミスをついていくと、あっという間に勝負がついた。
「二連勝したし、僕の勝ちで良い?」
「いや! 五番勝負だ!」
要するに、ここから三連勝すると言いたかったみたい。激しいデジャヴ。
結局、ホクトが「いや! 六十一番勝負だ!」と言うまで勝負は続いた。僕の戦績はもちろん三十勝〇敗で、ホクトは一回も勝てなかった。
ふと隣を見ると、アメノヒが眠い目を擦りながら将棋盤を見下ろしていた。時たまこくり、と首が動き、そのたんびに「はっ」とした顔をして、目を擦る。何回もそれを繰り返していた。今ばかりは、アメノヒも小さな子どもみたいに見えた。
アメノヒは僕よりも早起きだから、僕よりも早いうちに眠くなるんだなあ。
ホクトが「三十七番勝負だ!」と言い出した時に、僕は一応アメノヒに「しばらく終われなそうだし、アメノヒだけ先に寝れば?」と聴いておいたのだ。でも、アメノヒは
「大丈夫です。将棋見るのも楽しいですし」
と言って、それを断った。
それから何度かアメノヒにこっそり同じことを尋ねたんだけど、返事はずっと一緒だった。
ふうむ、どうすれば終わるのか。
と、ちょっと考えて、すぐ正解に思い至った。
アメノヒとやっている時、ホクトはこんなに執念深く無い。アメノヒは賢い頭を持っているようだし、この分だとホクトもかなりの頻度で負かされてそうだ。
つまり、僕に負けているから、ホクトはこんなに燃え上がっているのだ。
結局、長かった三十一局の勝負は、ホクトの一勝で締めくくられた。はあ、疲れた。
わざと負けた僕の前で、ホクトは解り易く機嫌を直して、
「まあ、貴様もやるな。次回はこてんぱんにするから、覚悟してろよ」
と言い放った。はあ、よく言うよ。
「あ、ホクト。おめでとう」
アメノヒはぽつりとそう言うと、ぱたり、と敷いてあった布団に倒れ込んだ。眠かったんだなあ。おつかれさまです。
これが夜の二時。




