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あ、そうだ。
「アメノヒの服を買いに行くって言うのはどう?」
「服?」
すぐさまホクトが怪訝な顔をする。っていうか、僕の言葉にこいつが良い顔をした試しが無いな。
「お前、アメ様を自分好みの女に仕立てようって言うんだろ?」
「はっ、解ってないな」
僕はホクトを鼻で笑ってやった。ホクトもまだまだそれくらいの人間だと言う事だ。あ、こいつって人間じゃなくて狐だったなあ、そう言えば。
「なんなんだ貴様! 馬鹿にしやがって! じゃあどんな下心があってそんな提案をした!」
噛み付かんばかりのホクトと、おろおろしながらそれを見つめるアメノヒ。いやあ、ほんとホクトは解ってないな。
「アメノヒはそのままで十分綺麗なんだ!」
「止めてください! その……、恥ずかしいです」
アメノヒが耳まで真っ赤にしている。ホクトは呆れた様な冷たい目を僕に向けると、
「ったく、恥ずかしく無いのか?」
と言った。いや、何が恥ずかしいもんか。
「でもさ、その服だと人の姿をして日常生活を送るのは大変だろうし、アメノヒみたいな今時の服を買いに行こうか、って言う提案なんだけど」
「お心遣いありがとうございます」
アメノヒは両手を重ねてしずしずと頭を下げた。この服装だと、そう言う仕草が一層綺麗に見えるんだよなあ。
「でもですね……、ほら、今の若い人達が着ている服って、その……、すーすーしそうじゃ無いですか?」
そう言って、アメノヒはホクトのプリーツスカートへと視線を向けた。
「あー、確かにね」
「それがどうも不安で不安で仕方ないのです」
「なるほどなあ」
ならズボンをはけば良いんじゃないかなあ、と思ったけど、それもこの服装に比べたら薄着だもんなあ。……夏とか暑く無いのかな?
「ところで、ホクトがこういう格好してるのに、何でアメノヒは未だにそんな格好なの?」
「何ででしょうね……」
アメノヒはまた「むう」と考え込んでしまった。
「時期を逸してしまったんですよね……。この服があまり着られなくなったのはもうかなり前の事なんですけど、その時の時代の波に乗りそびれた感じです」
「で、ホクトは時代の波に乗ったんだ」
「そう言う事です」
なるほどな。新しい事に疎いわけじゃなくて、単純に新しい事を始めそびれたわけか……。それでずっとこの格好をしてるって言うのは、ムリがあるんじゃないかなあ。
「アメ様には何度もお奨めしたんだが、どうも頑なでな……」
ホクトも案外そう言う所で苦労しているらしい。いやそれって絶対人間の悩みでしょ。
「外を歩く時などは、見知らぬ人間に写真を撮られたりさえするのだ。幸い私たちが狐だと見抜く人間には出会った事が無いのだが、困った物なのだ」
「へええ」
だけどさ。
「狐って神様のおつかいなんでしょ? 姿を消して移動出来たりとかしないの?」
「疲れるんだ。そんな事も解らんのか貴様は」
「……」
いっつもいっつも、なんでこの子はこんなにトゲトゲしてるの? 僕悲しいよ。
「霊力の消耗が激しいんです。稲荷神社に住む事が出来ない今、霊力の補給が難しいんです」
なるほどな。色々苦労しているわけだ。
そしていっつもいっつも、なんでアメノヒはこんなに健気にフォローしてくれるの? 若干おろおろした感じが涙を誘う。




