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「じゃあ、チャーハンセット三つで」
「はい。少々お待ちください」
注文を取りに来た店員さんが、トントンと階段を下りて行く。
「ピアニカ横町」は、吉城寺駅の駅前にある。駅前のバスロータリーから続く道沿いに、いくつか横町への入り口が開いているのだけど、その道からは、横町の中が見えない。いくつかの大きな建物の隙間を縫う様に、小さな飲食店や雑貨屋がひしめき合っているのだ。その様がピアニカの鍵盤に似ている事から、「ピアニカ横町」と言う名前になったらしい。どっかでそんな話を聞いた。
来珍亭はそんなピアニカ横町のわりあい出口付近にある。ピアニカ横町の飲食店の例に漏れず、間口が狭く、奥に細い通路が続いている。僕達は今、その細い階段を上がった二階にいた。珍しく、他にお客さんがいない。
「お前さ、護衛だって言うのに、アメノヒ置いて走り出していいのかよ」
「うう……、忘れてくれ……」
珍しくしゅんとなっているホクトだ。黒いポニーテールの髪から真っ赤になった耳が覗いている。
結局、ホクトはちゃんと来珍亭の前に着いていた。ただ、そこから先はちゃんと我慢したみたいで、店の中には入らずに外でそわそわと歩き回っていた。
ちゃんと来珍亭を見つけられた理由は、ホクト曰く、「ちょっと濃いめの醤油ラーメンのスープの匂いがした」らしい。まじで? あんな遠くから嗅ぎ分けられちゃうわけ? 確かに来珍亭のスープは他の店に比べて少し濃いめだけど、それが良いのだ。いや違う今はその話じゃない。ちゃんと濃いめのスープの在処を見つけてしまう辺り、やっぱり人間離れしてるなあ。鼻効き過ぎだろ。
「護衛が主人を置いてっちゃダメだろ」
「私は主人じゃないですよ」
ホクトの隣に座るアメノヒが驚いた様な表情でそう言った。
「え? 護衛って言ってるからてっきり」
「陸山稲荷神社のしゅさいじんはだれだかご存知ですか?」
「主祭神です。陸山稲荷神社で主に祀られている神様は、誰かご存知ですか?」
あー、なるほどね。この前もこんな事無かったっけ。ただ、「主祭神」の意味が分かっても、質問の意味が分からなかった。
「ごめん、解らないや」
「そうですか……」
アメノヒは少し声のトーンを落として頷くと、
「稲荷神社で主に祀られている神様は稲荷神と呼ばれていて、陸山稲荷神社ではその中でも保食神を祀っています。私たち狐は代々稲荷神のお使いだったのですが、保食神が亡くなられてからはそのお役目を失ってしまい、毎日修行をしたり、お参りにいらっしゃった方の願いを聞いたりしていました。
私は保食神にお会いした事が無いのですが、言い伝えによるととても優しい方だったそうですよ」
と一息に捲し立てた。さっきから知らない事ばっかりだ。と言うか、聞いている内容があまりにも僕の知って言る世界とかけ離れていて、頭がくらくらしてくる。
でもねー。目の前にいるアメノヒを見ると、やっぱりそれが現実なんだと信じないとならない訳で。