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「で……」
公園を出て、高架をくぐって、駅前のロータリーに出てくると、アメノヒの足は止まってしまった。
「私も、この辺りがこんなに栄えてるだなんて、知らなかったんですよ」
「へえ。最後にここに来たのって何年位前なの?」
「えーと、この辺りの大きめの稲荷神社に順にお世話になっていましたから……、二百九十年前には、もうここを離れていましたね。その頃、この辺りは新田開発が盛んになり始めていましたね」
そりゃ足も止まるわけだ。
「なるほど」
「おいお前、アメ様をどこか美味しい店へ案内しろ」
アメノヒを挟んで向こう側から、ホクトがすごんだ。いやいやお前。
「ホクト、お前自分が腹減ったからって、アメノヒを出汁にするなよ」
「なっ! アメ様のお腹は、そろそろ減る頃合いではないのか?」
そして、「ぐう」と鳴るホクトのお腹。それでもホクトは悪びれなかった。
「さあ、貴様の腹も鳴った所だし、案内しろ」
「ちょっと待て!! 今の完全にお前のだろ!」
「アメ様も、そろそろ昼食になさいませんか?」
「そうですね、もうお昼ですし」
「ほら、アメ様もこう仰ってるぞ」
なんだろうね、この釈然としない感じ。アメノヒを出汁にする云々の時はさ、まだ冗談を言い合う雰囲気だったんだけど、ホクトの腹の虫を僕のにされた辺りで、退けない戦いになったよね。
でも、アメノヒとお昼ご飯、と言うのを拒む手は、まあ無いよね。
「じゃあ、アメノヒ。ホクトの腹の虫は鳴いてないみたいだし、二人でお昼ご飯行こうか」
「え……? ホクトはまだお腹が空かないのですか?」
「だってほら、『僕の腹の虫が鳴いたから』とか、『アメ様のお腹はそろそろ減る頃合だろう』とか言ってたし。自分はお腹が減ってなかったのに、僕達の事を心配してくれてたんだよ」
「貴様! 計ったな!」
悔しがるホクト。ざまあみろ。やっぱり自分と周りには正直でないと。
「アメノヒは何か食べたいもの、ある?」
「そうですね。善太朗さんは、普段どんなところで食事を摂られるのですか? なにぶんこの辺りには長い事来ていないので、あんまり詳しく無いのです」
そうだろうなあ。二百九十年も来てないんじゃ、美味しいお店なんて知るはずもないか。
「そうだなあ。ピアニカ横町の来珍亭とかかなあ」
「何のお店なんですかあ?」
「ラーメンとチャーハンだよ」
「オススメですか?」
「オススメです」
「なら、そこにしましょうか」
アメノヒの鶴の一声で、行き先が来珍亭に決まった。ふと、「ホクト、行きましょう」の声に振り向くと……。
「ラーメン……、……チャーハン……、ハアッ……、ハアッ……」
よだれを垂らさんばかりのホクトがいた。お前そんなに腹減ってとか、育ち盛りか? 育ち盛りなのか?
「ホクト、はしたないですよ」
「半チャン半ラー……、はっ! 申し訳ないです」
やっと帰って来たよ。と、思ったのだけれど。
「おい伏見善太朗。その来珍亭とやらは、醤油ラーメンを頼む客が多いのか? それともワンタン麺を頼む客が多いのか? どっちだ答えろ!」
「うーん、多分醤油ラーメ」
「アメ様行くぞ!」
言うが早いが、グレーのパーカーを翻してホクトは走り出した。ん? ちょっと待て。僕まだ場所教えてないぞ? どうやって店に辿り着く気なんだろう。
ホクトの背中はずんずんと遠ざかり、もうピアニカ横町のごみごみした一角へと吸い込まれていた。おお、案外道を間違えてないぞ。
ちょんちょん、と袖を引っ張られた。見ると、アメノヒの小さな手が僕の袖口を摘んでいる。もう片方の手でホクトの消えた方角を指差すと、かわいらしく小首を傾げて、
「私たちも行きませんか?」
と言った。
陽に照らされて、十二単のたくさんの色が、いつもより輝いて見える。
そんな風に言われたら、行かない訳ないじゃないか!