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陸山駅から猪の頭線に揺られて三駅。僕達は休日の昼下がりの吉城寺駅に降り立った。
「おお、武蔵野なのに人がこんなにいますよ!」
ホームを流れる人並みに、ホクトが驚きの声を上げた。確かに陸山駅に比べるとかなりホームの人は多いけど、そんなにかなあ。しょっちゅう来る僕としては、驚きの理由がよく解らない。
「ねえ、アメノヒ。そんなに人多いかな……、ねえ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。ちょっと人に酔っただけで……。うう……」
アメノヒがグロッキーだった。グロッキー・アメノヒだ。元から色白な顔をさらに白くして、ゆらゆらと力なく歩いている。十二単(で合ってるのか未だに解らないけど)が小さな体に覆い被さる様で、さらに辛そうだ。
僕はアメノヒの手を取ると、そそくさと改札を出た。そそくさと階段を下り、そそくさと信号を渡る。そそくさと道を進んで、そそくさと公園の中に入った。
公園の名は猪の頭公園と言う。公園は大きな湖の様な池を中心に置くそれなりに大きな公園で、園内にはフリーマーケットのビニールシートが広げられていたり、休日を謳歌する人々がぶらぶらと歩いていたりした。
手頃なベンチを見つけ、アメノヒを座らせる。まだまだ東にある太陽の光が、きらきらと反射している。
「ちょっと遠くなっちゃったけど、ここならあんまり人に酔う事も無いんじゃないかな」
「ありがとうございます。気を回して頂いて」
「どう致しまして。元はと言えば、僕が吉城寺に連れて来ちゃった事が始まりだしね」
それなのに、アメノヒは穏やかに笑いかけてくれるのだ。ああ、この笑顔があれば僕はご飯三杯は行ける! いや、もう三食抜きでも良いくらい。僕の三食を抜いても良いから、この人にその分良い思いして欲しい。ハンバーグ定食に海老フライつけるよ!
と、肩の辺りにびりびり痺れる様な視線を感じた。ふっ、と振り返ると、僕を射殺さんばかりのホクトの視線が、僕を突き刺していた。
「お前、アメ様の手をそんなに簡単に取りやがって……」
「いや、お前嫉妬深すぎだろ」
「違う! お前とは忠誠心と愛の大きさが違うのだ!」
愛が大きい分、重いんですね。手に取るように解ります。
僕はそんな憎まれ口を心の中にしまうと、隣に座るアメノヒに向き直った。
「アメノヒ。どうかな、気分は?」
「はい。おかげさまでだいぶ良くなりました」
「なら良かった」
僕はまた池へと視線を戻した。暖かな日差しがこのベンチにも降りそそぐ。
隣にはアメノヒがいる。
ああ、いい日だなあ。
「え? お前の言う散歩ってこういう事なの?」
ホクトの驚いた声が耳を刺した。
「お前、アメノヒがいてくれるのに、わざわざ色々歩き回る必要もないだろ」
「ったく……、お前まじで頭大丈夫か?」
ホクトは呆れた様に額へ手をやった。
「ホクト。私はこうしてのんびり過ごすのも好きですよ?」
「アメ様は黙っててください! おい伏見善太朗! お前、最近の若いもんとして、それはどうなんだ?」
「どうなんだって……」
僕、なんか変な事言ったっけ。
「別に、無理矢理どっかに行ったりする必要もないだろ? アメノヒがそうしたいなら、もちろん構わないけどさ」
「むう……。貴様、アメ様を盾に取るとは……」
苦々しい顔をしてホクトが黙り込む。え? 僕そんなつもりなかったんだけど……。あれ? それってさ。
「ホクト、もしかして街を見て歩きたいの?」
「べ、別にそんなわけじゃないぞ? 私はアメ様の護衛だからな。アメ様の行動にご一緒したいだけだ」
真っ赤な顔になってブンブンと首を横に振るホクト。いやあ、解り易いな。
「って言ってるけど、アメノヒはどう?」
「そうですね。のんびり出掛けるのも久し振りですし、見て回りましょうか」
すっとアメノヒが立ち上がり、僕も同時に立ち上がる。ついでにホクトの方も叩いておいた。
「だってさ。良かったじゃん」
「別に私は街を見て回りたいなど……」
と、そこへアメノヒが割って入った。
「ホクトは、こんな立派な街となった吉城寺を、見て回りたく無いのですか?」
「えっと……。見て……回りたい…………です」
もうホクトの顔は真っ赤だ。ゆでだこみたい。恥ずかしがらずに最初からそう言えば良いものを、言えない辺りが不器用だよな。
ホクトの心中を知ってか知らずか、アメノヒは一層華やかな笑顔を見せると、
「じゃあ、いきましょうか」
と言って、僕とホクトの手を取った。アメノヒが三人の真ん中になるようにして、ずんずんと歩いて行く。
おお、どこへ行くつもりだ?
と言うか、十二単の裾を踏まない様にするのが案外大変。




