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お狐さまのかえる場所  作者: 杉並よしひと
第二章 お狐様と散歩
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 陸山駅くがやまえきから猪の頭線いのかしらせんに揺られて三駅。僕達は休日の昼下がりの吉城寺駅きちじょうじえきに降り立った。

「おお、武蔵野なのに人がこんなにいますよ!」

 ホームを流れる人並みに、ホクトが驚きの声を上げた。確かに陸山駅に比べるとかなりホームの人は多いけど、そんなにかなあ。しょっちゅう来る僕としては、驚きの理由がよく解らない。

「ねえ、アメノヒ。そんなに人多いかな……、ねえ、大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。ちょっと人に酔っただけで……。うう……」

 アメノヒがグロッキーだった。グロッキー・アメノヒだ。元から色白な顔をさらに白くして、ゆらゆらと力なく歩いている。十二単(で合ってるのか未だに解らないけど)が小さな体に覆い被さる様で、さらに辛そうだ。

 僕はアメノヒの手を取ると、そそくさと改札を出た。そそくさと階段を下り、そそくさと信号を渡る。そそくさと道を進んで、そそくさと公園の中に入った。

 公園の名は猪の頭公園と言う。公園は大きな湖の様な池を中心に置くそれなりに大きな公園で、園内にはフリーマーケットのビニールシートが広げられていたり、休日を謳歌する人々がぶらぶらと歩いていたりした。

 手頃なベンチを見つけ、アメノヒを座らせる。まだまだ東にある太陽の光が、きらきらと反射している。

「ちょっと遠くなっちゃったけど、ここならあんまり人に酔う事も無いんじゃないかな」

「ありがとうございます。気を回して頂いて」

「どう致しまして。元はと言えば、僕が吉城寺に連れて来ちゃった事が始まりだしね」

 それなのに、アメノヒは穏やかに笑いかけてくれるのだ。ああ、この笑顔があれば僕はご飯三杯は行ける! いや、もう三食抜きでも良いくらい。僕の三食を抜いても良いから、この人にその分良い思いして欲しい。ハンバーグ定食に海老フライつけるよ!

 と、肩の辺りにびりびり痺れる様な視線を感じた。ふっ、と振り返ると、僕を射殺さんばかりのホクトの視線が、僕を突き刺していた。

「お前、アメ様の手をそんなに簡単に取りやがって……」

「いや、お前嫉妬深すぎだろ」

「違う! お前とは忠誠心と愛の大きさが違うのだ!」

 愛が大きい分、重いんですね。手に取るように解ります。

 僕はそんな憎まれ口を心の中にしまうと、隣に座るアメノヒに向き直った。

「アメノヒ。どうかな、気分は?」

「はい。おかげさまでだいぶ良くなりました」

「なら良かった」

 僕はまた池へと視線を戻した。暖かな日差しがこのベンチにも降りそそぐ。

 隣にはアメノヒがいる。

 ああ、いい日だなあ。

「え? お前の言う散歩ってこういう事なの?」

 ホクトの驚いた声が耳を刺した。

「お前、アメノヒがいてくれるのに、わざわざ色々歩き回る必要もないだろ」

「ったく……、お前まじで頭大丈夫か?」

 ホクトは呆れた様に額へ手をやった。

「ホクト。私はこうしてのんびり過ごすのも好きですよ?」

「アメ様は黙っててください! おい伏見善太朗! お前、最近の若いもんとして、それはどうなんだ?」

「どうなんだって……」

 僕、なんか変な事言ったっけ。

「別に、無理矢理どっかに行ったりする必要もないだろ? アメノヒがそうしたいなら、もちろん構わないけどさ」

「むう……。貴様、アメ様を盾に取るとは……」

 苦々しい顔をしてホクトが黙り込む。え? 僕そんなつもりなかったんだけど……。あれ? それってさ。

「ホクト、もしかして街を見て歩きたいの?」

「べ、別にそんなわけじゃないぞ? 私はアメ様の護衛だからな。アメ様の行動にご一緒したいだけだ」

 真っ赤な顔になってブンブンと首を横に振るホクト。いやあ、解り易いな。

「って言ってるけど、アメノヒはどう?」

「そうですね。のんびり出掛けるのも久し振りですし、見て回りましょうか」

 すっとアメノヒが立ち上がり、僕も同時に立ち上がる。ついでにホクトの方も叩いておいた。

「だってさ。良かったじゃん」

「別に私は街を見て回りたいなど……」

 と、そこへアメノヒが割って入った。

「ホクトは、こんな立派な街となった吉城寺を、見て回りたく無いのですか?」

「えっと……。見て……回りたい…………です」

 もうホクトの顔は真っ赤だ。ゆでだこみたい。恥ずかしがらずに最初からそう言えば良いものを、言えない辺りが不器用だよな。

 ホクトの心中を知ってか知らずか、アメノヒは一層華やかな笑顔を見せると、

「じゃあ、いきましょうか」

 と言って、僕とホクトの手を取った。アメノヒが三人の真ん中になるようにして、ずんずんと歩いて行く。

 おお、どこへ行くつもりだ?

 と言うか、十二単の裾を踏まない様にするのが案外大変。


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