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三人でしばらく鳥居を見上げていた。
「久し振りですね、アメ様」
「ええ、そうですね」
二人の声も心無しかすこし穏やかになっている。色々思う所もあるんだろう。
でも、やっぱり問題は解決していないみたいだった。
「ですけど、やっぱり嫌な感じは消えていませんね、ホクト」
「はい、アメ様」
ホクトはそう返事をすると、てくてくと鳥居の目の前まで歩いて行った。鳥居の前で立ち止まり、そろりと腕を伸ばしてみる。
よくパントマイムで見るヤツだ。ほら。壁がないのにさもあるかの様に叩いてる、ってヤツ。最初、あれだと思った。
だから僕も、まさか、と思って鳥居をくぐってみた。
……普通にくぐれた。
鳥居の向こう側から見ると、ホクトの動きは更にパントマイムじみて見えた。
「お前なんでパントマイムしてんの?」
「パントマイムちゃうわっ!」
ガンガンと見えない壁を叩くホクト。
「本当に鳥居くぐれないの?」
「ああ。なんと言えば良いんだろうな。透明な壁が境内と外側を仕切ってある感じだ」
悔しそうな顔をして、ホクトはそう応えた。
見える形で壁があった方が、よっぽど楽に違いない。僕はふとそんな事を考えた。
ホクトの後ろで、アメノヒが静かに頷くのが見えた。
「やっぱり、まだこの神社には帰れないのですね」
残念だ、と言う色は全く見えない。解りきっていた事を再確認したようだ声音だった。
まずいぞ。空気が重い。
「ねえ、アメノヒ。ここでの用事ってもう済んだの?」
出来るだけ明るい声を心がける。鳥居の向こうのアメノヒと視線がぶつかり……。
アメノヒは静かに頷いた。
「ええ。もしかしてと思って来ては見ましたが、入れないのでは仕方ありません」
「ならこの後……」
僕は勢い込んで言葉を継ごうとした。したんだけどさ。
「おっと。お前ごときがアメ様にデートを申し込むなど、一世紀早いわ!」
いつも余計な邪魔が入るんだよなあ。ホクトはちっちっち、と人差し指を左右に振ると、
「まあ、アメ様がOKするとも思えないけどな」
と言った。うわ、いちいち癪に障るなこいつは。そのままホクトと言い合いの喧嘩をしそうになったけど。
「私たちはいつも暇ですから。どこかご一緒しましょうか?」
アメノヒの天使の様な声が、僕とホクトの間に割って入った。ああ、もういっそ神々しさまで感じちゃうよ。境内を覆う木々の隙間から、聖なる光が降り注ぐ……。
僕は優しく降り注ぐ光の中で、静かに呟いた。
「神よ……」
「神社だから正しいけどな」
ゴミを見る様な目でホクトが睨みつけてくる。その表情でこんな事言えるのが、何か凄い。
気を取り直して、アメノヒに向かい合う。心臓がだんだんと高鳴って行くのが解った。
「ほらアメノヒ、さっき、『休日の散歩にご一緒した』って言ってたでしょ。だからさ……、これから、もうちょっと散歩、続けない?」
審判の時間。
アメノヒはかわいらしく額に指をやって、何やら考え込んでいる。ああ、こう言う真面目な横顔も繊細な感じが強調されて美しい! 赤らんだ頬も白い肌の中に映えている。
ホクトはホクトで「調子乗りやがって」と言う顔をしながら僕を睨んでいる。なんだよ怖いじゃないか。鋭い感じの美人だから、本当に迫力があって……、
「調子乗りやがって」
ホクトの低い声。歯茎を見せて、僕に噛み付かんばかりだ。
……ほんと、すいませんでした。狐って威嚇する時こんな感じなのかな。
僕がホクトの迫力にKOされていると、ようやくアメノヒは顔を上げた。
「善太朗さん。散歩の続き、行きましょうか?」
「良いの?」
「はい。もちろんです」
悔しげに地団駄踏むホクトを一瞥してから、僕はアメノヒの隣に並んだ。僕の肩のあたりの高さのアメノヒの顔がこっちを向いて、ふわり、と綻んだ。
いやっほーい! 今日はついてるよ!