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少し時間が経って、やっと自分が何を言ってしまったのかがだんだんとはっきりしてきた。
「ごめんアメノヒ! ちょっと意表をつかれただけなんだ。ホクトに釣られただけ。信じて!」
「んんっ。解ってます。私も少し取り乱してしまいました」
アメノヒは小さく咳払いすると、背筋を再びピンと伸ばした。ホクトは未だに凶暴な目で僕を睨みつけている。やめてくれよ怖いから。
何でホクトはあんなキレ方をしたんだろう、と少し考えてみた。
そして、それより先に考えるべき事があると気付いた。
「ところでさ、その耳、なんなの?」
「お前本当に躊躇いなく訊くのな」
ホクトの茶々を無視して、アメノヒの顔をまっすぐ見つめる。アメノヒの頭にも、綺麗な三角形をした狐の耳が二つ、しっかりと立っている。
僕がじっとその耳を凝視していると、だんだんとピンと立っていた金色の耳は元気をなくして行き、最後にはぺたんと伏せられてしまった。アメノヒはさらにその耳を手でぐしっ、と抑えると、
「あんまりじろじろ見なくても、良いと思います」
と拗ねた様に言った。
「あの……、泊めて頂くのですから、出来るだけ伏見さんに私たちの素性をお話すべきなのは解ってるのですが……」
やけに歯切れが悪い。まあ、その理由が解らないわけでもないから、僕は一応手で彼女を制した。
「いや、まあ、大丈夫だよ。話してくれるんだったらそれが一番だけど、話したく無いなら話してくれなくても良いよ」
何しろ僕の恩人だ。不躾な真似をした僕の方に非があったのだ。
しかし、アメノヒは耳から手を離すと、胸の前で二つの拳を作ってみせた。
「いいえ。お話ししましょう」
「いいの?」
「はい。大丈夫です」
アメノヒは力強くそう言うと、柔らかく両の拳を解くと、そっと膝の上に置いた。一瞬ホクトが何か言いたげな顔をしたが、何も言わなかった。
「信じて頂けるかどうかは解りませんが、私たちは狐です。まあ、耳も見られてしまいましたし、これが何よりの証拠でしょう」
「にわかには信じがたいけどね……」
狐に化かされたんじゃないか、と篠田は言ってたけど、ばっちり当たっていたわけだ。化かされてたって言い方は少し違う気もするけど。
「簡単にご説明すると、長く生きた狐はだんだんと霊的な力を蓄積して行くのです。私たちがこうやって人間の姿を保っていられるのは、その霊的な力を使っているからです」
「長く生きたって、アメノヒはどれくらい長生きしたの?」
「さて? もう忘れてしまいました」
けろりとそう言い放つと、アメノヒはふふふ、と笑った。女の人に年を訊いちゃ行けないと常々母さんから聞いてたけど、この切り返しは予想外だった。
相当な長生きなんだろうな、と言う漠然とした理解にとどめておこうか。なぜなら怖いから。
「でも、私たち狐は生まれつき犬が苦手で、先ほどの様にああやって吠えられると、私たちの体はだんだんと狐のものに近付いてしまうのです」
「なるほど。だから狐の耳がいきなり出てきたわけか」
「はい。そう言う事になります」
狐は犬が苦手だ、と言う話は遠い昔に誰かから聞いた様な気がするけど、良く覚えていない。
「おそらく犬の声には霊力を低める力があるのでしょうけど、私たちはそんな詳しい所までは解らないのです」
ついでに言うと僕も解らないので、この場の誰も解りません。あ、ホクトがいたか。ただ、彼女はさっきからずっと沈黙を続けていた。