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「あのさ、突然で悪いんだけど」
リビングのソファに二人を座らせ、テーブルを挟んで向い側に僕は陣取った。二人とも、しょぼん、と言う音が聞こえそうな程、俯いている。
目の前に座るアメノヒの頭にはピンと立った狐の耳がある。ホクトも同じく。おかげで、僕は確信が持てた。
「今朝、僕の事助けてくれたよね?」
「…………はい」
消え入りそうな声でアメノヒがそう応える。だんだんと金色の耳まで俯き始め、すっかりしょげ返ってしまった。ホクトはホクトで悔しそうに唇を噛み、膝の上の拳をぎゅっと握り込んでいる。
何となく二人の落ち込む理由が解ったから、敢えて明るい声で話し掛けた。
「僕、君にお礼が言いたかったんだ」
「お礼……ですか」
目の周りがまだ少し赤い。アメノヒはかわいらしく首を傾げた。
「私たちの方こそ、お礼を申し上げなければ……」
「いやいや、僕の方こそ」
「いいえ、私たちの方こそ」
なぜかお互いにぺこぺこと頭を下げ合ってしまう。
「アメ様!」
あれだけ項垂れていたホクトが、たしなめる様に厳しい声を出した。アメノヒは「はっ」と口許に手をやると、申し訳なさそうな表情で小さく微笑んだ。
可愛いなあ。
でも、そうとばかりも思っていられない。
「あの時君が助けてくれなければ、僕は車に轢かれてたんだ。だからどうかお礼がしたいんだ。だめかな?」
「お礼に泊めてもらいましょうよ、アメ様」
ホクトが割って入る。いやいやちょっと待て。
「お前は僕を助けてくれたわけじゃないだろ」
挙げ句の果てに僕の事を追いかけて匂いまで嗅いでさ。びっくりしちゃったじゃないか。
「いちいち小さい事は気にしないの」
ホクトは悪びれずそう言い放った。そもそもアメノヒへのお礼の中身を、何でホクトが決めてるんだ。
「ホクト。あれは私が勝手にした事ですから、見返りを求めては行けません。私たちは泊めて頂くためのお願いをしているんですから、そう言う言葉を掛けては行けませんよ」
「はーい」
アメノヒの言葉に、ホクトはつまらなそうに応えた。見た目はホクトの方が何歳も年上に見えるのに、この差はなんなんだろうね。
おっと。話がだんだんそれて行くぞ。
「でも、お礼をしたい事に変わりはないよ。これをお礼の代わりにするなんて図々しい事は言わないからさ、泊まって行ってくれて構わないよ」
「本当ですか?」
アメノヒがテーブル越しに体を乗り出す。ふわり、と女の子の良い香りが鼻をくすぐった。上気した頬と潤んだ瞳が間近に見えて、僕は思わず視線を外してしまった。
「まあ一晩くらいならどうにかなるだろ」
要は家族の目から逃れるのが一番の肝だ。そこさえきちんとしてしまえば後は上手くいきそうな気がする。
幸い今日は両親ともに帰りが遅いらしいし、好都合だ。
よしよし楽勝、とか思っていると、
「そこはお前、『一生僕と暮らそう』とか言えないのかよ!」
なんだかよく解らない理由でホクトがキレた。訳が解らなすぎて、僕は思わず
「一生一緒に暮らそう、アメノヒ」
と、告白の様な事をしてしまった。見事なおうむ返しだけど……。あれっ? ちょい待ち。
「え……、そんな……。まだお互いの事も良く知らないのに……」
照れるアメノヒ。
「いきなりアメ様を口説くとかワレ何様じゃあああああっ!!」
更にキレるホクト。髪が重力を無視して逆立ちそうな勢いだ。
「いや、ちょっと待って。ちがうちがう違う」
しまった! もしかしなくてももしかしたのかもしれない。もう頭がこんがらがって、自分が何を口走ったのかがピンと来ない。