1 思い出
「女の子が屋根に上っちゃいけないだろ」
彼はお祭りの時にしか着ない衣装に身を包んで、自分も瓦葺きの屋根に上って来た。
「あれ、良いの? 湯の花神楽が始まるみたいだけど」
「良いの良いの。俺だって祭りを楽しみたいんだし。よっと、隣に座るよ」
彼はおどけた口調でそう言いながら、私の隣にあぐらをかいた。視線を上げればいつもより少しばかり綺麗な格好をした農夫が、大勢境内に集まっている。境内では大きな釜に火が当てられ、今にも湯が煮え立とうとしていた。
「でも、湯立てはしなきゃならないんじゃないの?」
この神社では毎年この時期に湯の花神楽が奉納される。神楽が奉納され、神官が煮立ったお湯に小笹の束を浸け、そこについた湯を浴びる。これを湯立てと言い、湯立てが終わったらまた神楽を奉納する。昔疫病が流行ったときに湯の花神楽を行ったら、疫病は静まったのだ。それからずっとこうして湯の花神楽は続いている。
「まあ、お湯が煮立ってからいけば良いだろ。それまでは葛葉と一緒にこの空気を楽しみたいと思ってね。嫌だったかい?」
「……嫌じゃないわ」
「なら良かった」
神官の癖してこういう所がずるい。
「今日は色々忙しくなるから、これからあうのは大変になっちゃうと思うんだ。……だから、夜、会えるかい?」
「……良いよ」
夜、二人で会っている所を見られたら、村の中じゃ平和では居られない。それでも時間を削り出して私と会ってくれようとする。
私がここに居たのだって、彼が私に気付いてくれるか、そう出なくても、湯立てに加わる彼の姿を見たかったからだ。断る理由なんて無い。
心地よい祭りのざわめきの中で、私たちは何も放さず、ただ同じものを見ていた。
さあ、年に一度の祭りだ。大勝負に望む様な気持ちに、私もなってくる。
「お、そろそろいかなきゃな」
彼はそう言うとひらりと腰を浮かせた。
「葛葉、お神楽の後には餅を撒くんだ。知ってるよね。お前を見つけたらそっちにたくさんなげるから。取ってくれよ」
「ありがとう。でも、私そんなに食いしん坊じゃないから」
そして付け加える。
「いってらっしゃい」