天使にふれたよ
ホームルームが終了した瞬間、太陽は席を立ちあがり、先生よりも早く教室を出た。ダッシュで駐輪場まで行き、自転車に飛び乗った。
「どうにかして、夕飯を作るのを止めないと」
「どうするつもり?」
「俺が先に夕飯を作ってしまえば・・・・」
途中まで言ったところで太陽の言葉が止まった。
そして、少しずつスピードを落として、自転車を止めた。
「どうしたの?」
「ちょっと待て・・・」
太陽は頭の中で整理をした。
自分はホームルームが終わった直後にここに来た。それまでに誰かと話すどころかすれ違ったり、出会ったりしなかったはずだ。
だから尚更不思議なのである。
当然のように太陽の後ろに座っている立花のことが。
「なぜ・・・というか、どうやって当然のようにそこにいるんだ?」
「なぜ、と言われると・・・そこに自転車があるからとでも言っておこうかしら」
意味不明なことを真顔で言っている立花に若干の苛立ちを太陽は感じた。
「私には日向君がどういう行動をとるか分かっていたから、それに合わせて行動しただけよ」
太陽の苛立ちを察したように立花は話し出した。
「私的には自転車乗るときには気付かれると思ったのだけど、日向君・・・どんだけ必死になってるの?」
立花は呆れ顔でそう言った。まるで、妹を同情しているようだ。
「お前は知らないんだ・・・あいつの料理を」
太陽は再び自転車を走らせて言った。二人乗りがいけないこととは知っているが、とりあえず今はそのことについては置いておこう。
そしてその顔は妹の料理を思い出して青ざめているようだった。
「そんなになの?ちょっと言い過ぎじゃ・・・」
「食べさせてやりたいが、お前の体に関わる事だからそれは出来ない」
「大袈裟ね」
はぁ~とため息をつきながら立花は言った。
「大袈裟なもんか・・・俺は病院に行くことになったんだぞ」
「ふ~ん」
明らかに立花は太陽の話を信じていない。どうせ太陽のことを、ちょっとまずいくらいの妹の料理でショックを受けてしまうような小さい男だと思っているのだろう。
このまま信じてもらおうとすればするほど、自分の評価が下がってしまうことに気付いた太陽は話題を変えることにした。
「それはそうと、俺が自転車発進した後も気付かないとか、お前の体重とバランス感覚はどうなってんだ?」
「まぁ運動神経には自信はあるから」
まんざらでもない顔で嬉しそうに立花は言った。
しばらく、走ったところで太陽は自転車を止めた。その場所は太陽の家の近くのスーパーマーケットだった。
「どうしたの?」
「妹の夕飯作りを止める方法を考えてみたんだ」
「方法?」
「ああ、俺なりに考えたんだが、妹より先に俺が夕飯を作ってしまえば、諦めるだろ?」
太陽はまるで探偵が事件を解決した時のようなドヤ顔で言った。
「・・・・」
「どうした?なぜ黙る?」
「その方法なら、早く家に帰って、有り合わせで何か作ったほうが良いと思うわ」
「え?」
立花の忠告もむなしく、太陽はすでにスーパーの出入り口の目の前までやって来てしまっていた。
「だって・・・」
そして立花が何かを言いかけた、その時だった。
「あ!お兄ちゃん!買い物?」
スーパーから出てきたのは、肩まで伸ばしたセミロングの黒髪に大きな瞳、そしてどことなく太陽に雰囲気が似ているような少女。太陽の妹の日向月その人だった。
「あ・・・ああ」
「夕飯の買い物なら大丈夫だよ!今日は私が作るから!」
眩しい笑顔がさらに太陽を苦しめていく。
「そうなのか~・・・うれしいなぁ・・・」
「今日はおいしいスパゲッティ!」
「そうかぁ・・・楽しみだなぁ・・・」
太陽はまるで絵に描いたような苦笑いを浮かべていた。
そんな、太陽の違和感のある笑みなんかお構いなく、月は楽しそうに歩いて行った。
「・・・だって、妹さんがもう買い物してる・・・って言おうとしたのだけど、もう遅いわね・・・」
「・・・そだね」
「・・・大丈夫?」
さすがの立花も同情するように訊いてきた。
「だ、ダイジョウブだよ・・・」
しかし、太陽の顔は絶望に染まっていて、全然大丈夫そうではなかった。
「私が何とかしなくもないけど?」
「本当か?」
太陽の表情に希望の光が差した。
「ただ、先に確認したいことがあるの?」
「何だ?」
「私の能力や私の言ったこと、信じてくれる?」
そう言えば、この「妹の夕飯作り」は立花が予知を信じてもらうためにやった予知であったことを太陽は思い出した。
「そうだな、現に妹が夕飯を作るというのを当てたわけだし、信じるに値するんじゃないかな」
「妹が夕飯を作る」この予知には二つ意味がある。
一つは夕飯の献立。
もう一つは太陽に妹がいるという家族構成だ。
これらを当てたことは十分予知能力を信じる要因になるだろう。
「なら、いいわ。助けてあげる」
笑みを浮かべて立花は言った。
「助けるってどうするんだ?」
「私があなたの妹ちゃんを手伝うわ。そうすれば、少なくとも不味くはさせないわ」
自信に満ち溢れた表情で立花は言った。
そして、駆け足で月の方へ近付いて行き、何かを話し始めた。
立花と月の女子同士のコソコソ話は続いたが、しばらくして立花が太陽の方に振り返ると、ウィンクをして親指を立ててみせた。
後ろから自転車を押して歩いていた太陽はそれを見て、嬉しさのあまり泣きそうになった。
「た、立花様~~」
まさに、天使の降り立った瞬間であった。