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第四話

 広い空間に立つ人間がふたり。

 だがこの場所をはたして空間と呼んで良いものだろうか。


 見渡す限りはてしなく続く地平線。

 大地はにぶい光沢を放ち、影ひとつない完全な平面である。

 頭上に空は見当たらず、かといって天井らしきものがあるわけでもない。

 大地も空もしみひとつない純白がどこまでも続く。

 両足が地に着いていなければ目眩(めまい)をおこしそうなほど均一の世界がそこにあった。


「運が悪かったな」


 影のない男がもうひとりへ声をかける。


「申し訳ありません」


 声をかけられた少女が緊張した面持(おもも)ちで言葉を返す。

 空間全体が真昼のような明るさにもかかわらず、こちらの少女も大地に影がうつっていない。


「転送直後に実体化した際、予期せぬ遭遇(そうぐう)をすることはこれまでにもいくつか例のあることだ。幸いにも対象はひとりだけ。さほど問題はあるまい」


 細身の体を紫紺(しこん)長衣(ちょうい)につつんだ男が淡々(たんたん)と語る。

 中年にそろそろ手が届こうかという風貌(ふうぼう)だが、頭髪にはまだ白い色が見当たらない。

 見方によっては青年と呼んでも良さそうにもかかわらず、その仕草は妙に緩慢(かんまん)で年老いた人形のような印象を与えていた。


 男の言葉は優しかった。

 だが一方で少女へ向ける表情は硬く冷たいままだ。顔の筋肉をいっさい抜き取ったかのように、言葉を発するときの口もと以外には全く変化が現れなかった。


「本来はプラン作成時にそういった偶発(ぐうはつ)要素も排除されているはずなのだがな……。確率的にはそれこそ草花が自力で芽吹くほど珍しい。最初の任務で遭遇してしまうというのは……、やはり運が悪かったと言うほかあるまい」


 少女がおそるおそる顔を上げる。

 優樹(ゆうき)を追いかけまわし、川土手で捕まえたあの少女だった。

 思わぬ失敗に顔をこわばらせた少女は男に向かって口を開く。


「あの……、もしかしてボク、強制送還(そうかん)ですか?」


 高い競争率を突破してようやく任務についた少女を待っていたのは、いきなりのトラブル。

 いくら男がその不運を認めたとしても、これが原因で送還されては泣くに泣けない。次に順番がやってくるのは何年先かわからないのだから。


本館(ほんかん)の意向次第だ。私が今ここで決めることではないが、当然このままというわけにはいかんだろう」


 男の言葉を聞いて少女の顔がみるみるうちに崩れていく。


「そ、そんなあ……」

「と、通常なら言うところだが」

「えっ?」


 予期せぬ男の言葉に少女の口から思わず声がもれる。


「どういうわけか今回は本館の動きが早い。すでに指示は私の所に届いている」


 切れ長の目をさらに細めつつ、男は淡々と話し続ける。


「本館からの指示を伝える。『偶発時適用規定にもとづき、対象の記憶を消去すること。期限は指示到達時刻から三百三十六時間』、以上だ」

「え……? それだけ……、ですか?」

「なんだ。不満かね?」

「い、いえ! 全然! そんなことは!」


 思いもよらないことだったが、男の口から告げられたのはこの上なく都合の良い話だった。

 強制送還や、下手をすると資格の剥奪(はくだつ)まで少女は覚悟していたのだから。

 安心して気がゆるんだのだろうか、少女の目が水面の輝きに似た光を浮かべる。


「では、対象の監視を行いつつ本館からの指示を遂行(すいこう)すること。いいな?」

「は、はいっ! がんばります!」


 少女は先ほどまでの不安な表情が吹き飛ぶほどの笑顔でそう答えると、男に向かって軽い会釈(えしゃく)をした。

 同時に突如少女の体がゆらぎはじめる。

 まばたきをする程の短い時間の後、最初から何もなかったかのようにその姿は空間から消え去っていた。


 後に残された男の顔は、さきほどまで少女に向けていたのと同様に無表情なままだった。

 しばらくの間、少女が立っていた場所をじっと見つめていたが、誰に話しかけるともなくひとりつぶやく。


「確かに妙な話ではあるな。記憶消去の猶予(ゆうよ)期間も長すぎる……」


 ひとりたたずむ男の声は、聞く者もいない空間にむなしく吸いこまれていった。


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