第十一話
「派手にやるなとは言わん。だが雑なのは感心せんな」
白混じりの無精ひげをさすりながら男が言う。
「いちいち説教くさいな。お前は」
のどをならしてペットボトルの水を飲んでいた男が即座に言い返す。
天井からぶら下げられた蛍光灯が八畳ほどの部屋を照らしている。
床にはベージュ色のカーペットが敷かれ、黒いサイドボードの上には大型のテレビが一台。
部屋の中央には木目調のリビングテーブルが置かれていた。
テーブルを囲むように三人掛けのソファーが向かい合わせに配置され、その一方には初老の男が腰をおろしている。
ところどころ白髪が混じった長い髪を後頭部で束ねた男の顔には、浅いながらもいくつものシワが見えた。
一見穏やかそうな顔ながら、眼光は猛禽類を思わせる鋭さを放っていた。
初老の男と対峙するのは若い男。
見たところ少年と言って良い年齢だ。
髪を短く切りそろえ、髪の毛と同じ色の黒いジャケットに身を包んでいる。
すらりとした長身は、遠目に体つきだけを見れば貧弱な印象を与えかねない。
だがその瞳に浮かんでいるものを見たならば、大半の人間がそれまでの評価を一変させてしまうだろう。
「ガキの頃からちっとも変わらん。そんなだからお前は複製体がジジくさくなるんだ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。それだからお前はいつまでたってもガキの姿なんだ」
若い男の悪態に、初老の男が反撃する。
「ふん」
鼻を鳴らして視線をそらすと、若い男はテーブルの上にあるピザを手にして頬張った。
ごくありふれた賃貸マンションの一室。
部屋の中にはふたりの男以外、誰もいない。会話が途切れることで、つかの間の静けさが訪れる。
「目的を忘れてないか? 我々がやるべきことは、いちいち手間をかけてひとりずつ処理することではないだろう」
「最終的には全部駆除するんだ。何匹か目減りしたところでやることは一緒だろ」
「お前は単に個人的な感情をぶつけているだけだ。しかもわざわざ危険を呼び寄せてな。そのフォローをするために私がどれだけ手を焼いたかわかっているのか?」
「ぶつけて悪いか!? あいつらなんぞ死んで当然! むしろ死んだ方が良いんだよ!」
「やり方が問題だと言っとるんだ。考えなしに暴れおってから……。この時代の情報共有媒体でも取り上げられてしまったではないか。せめて事故に見せかけるとか、死体を隠蔽するくらいの配慮はしろ」
「……」
若い男がソファーへ腰かけた男を不満そうに睨む。
「とにかく目立つ行動はもう取るな。映像記録まで取られてしまったからには、当然本館にも目をつけられただろうよ」
初老の男が深く息をついた。
「こうなった以上、計画は大幅に縮小せざるを得ん。本格的な撲滅は次回に持ち越すとして、今回はできるかぎりの試験データ収集を目的としよう」
「……わかったよ。今回はこのへんで折り合いつけとくさ」
「次もあるんだ。恨みはゆっくりと少しずつ晴らせば良い」
「ああ、そうだな……。ん?」
気持ちを落ちつけた若い男がふと外に視線をやり、何かを見つけた。
「どうした?」
「どうやら、招いた覚えのないお客さんがご到着のようだぞ」
マンションの入り口付近に複数の車が集まっている。
エントランスから漏れるかすかな光に照らされて、モノクロツートンカラーの車が見えた。
「ほう。この時代の治安維持機構もなかなかやるではないか。この様子だとすでに囲まれているだろうな」
白髪混じりの男が感心したようにつぶやく。
「まあ、無駄だがね。この前と同じ結果になるだけさ」
長身の男が冷笑する。
「やれやれ、ここも引き払わねばならんか。次はもっと人目につかない場所にしたいものだ」
「そのあたりは任せる。俺は一足先に行くぜ」
「合流は一時間前でいいか?」
初老の男が時間を伝えると、若い男は無言でうなずき、そのまま部屋を出て行った。
「さて、後始末をして私も消えるとするか」
敵がやってくるまでにはまだ時間がある。
初老の男はいくつかの品を手持ちのカバンに入れ、自分たちに不利となるようなものが残っていないことを確認すると、その場で立ったまま目を閉じる。
わずかな時間をはさみ、男がゆっくりと目を開く。
本来であれば、男の体は時間を超えて一時間前の世界へと移動するはずであった。
時間をさかのぼって追跡することが出来ないこの時代の治安維持機構から逃れることなど、男にとっては容易いことだ。
だがしかし、男の視界に映ったのは思いもよらぬ光景だった。
目を開いたその場には、居るはずのない『自分を取り囲んでいる人の群れ』があったのだ。
「どういうことだ! ……干渉!? 軸をずらされた!?」
狼狽する男へ向けて警官が一斉に飛びかかる。
両手両足を数人がかりで押さえ込まれながら、男は憤然として叫んだ。
「くっ! 本館のイヌどもめ! 接続を……」
悪罵が放たれると同時に、それまで激しく抵抗していた男の体から力が一瞬にして抜ける。
それはまさに操り人形の糸が切れた瞬間を思わせる変化だった。
手錠をかけられた男の様子を警官があわてて確認するが、そこに残されていたのは呼吸も脈も止まった元人間の抜け殻だけであった。