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沈黙を愛す

作者: 文 詩月

 冴島さえじま (あかり)はうるさいものが苦手だった。

 人ごみや騒音はもちろん、特に個々としてうるさい人が苦手だった。

 都心から離れた郊外で、穏やかな両親に育てられた灯はうるさい環境に慣れていなかったのだ。


 小学校、中学校、そして今通っている高校でも、友達になるのは、自然とおとなしい子ばかり。

 いつもクラスの片隅で、少数の友達と静かに過ごしていた。


 そう、だからこそ、灯は今、非常にげんなりしていた。

 高校二年目の春、最初の委員会決めで、狙っていた図書委員になれず、あの(・・)河本と同じ飼育委員になってしまったのだ。


 河本(こうもと) (ひろし)は、非常に目立つ男だった。

 外見に特筆するところがあるわけではないが、その突き抜けて明るい性格とよく回る口を持ち合わせていたため、クラスの中心人物として、男女共に人気があった。


 灯は別に河本のことが嫌いなわけではない。

 以前に何度か困っている人を助けているところを目にしたことがあるし、むしろ気遣いのできるクラスメイトとして、どちらかといえば好印象を抱いていた。


 ただ、あくまでそれは、自分と直接かかわりがなければの話だ。


 河本と一緒になったことでクラスの注目を浴びるのも嫌だったし、何よりもおしゃべりな男は好きにはなれなかった。

 そんな河本と、これから週に一回、学校の鳥小屋で二人きりで過ごさなければならないと考えると気が遠くなる。

 だからこそ、河本が「冴島、よろしく!」と、にこやかに言ってきたとき、自分の笑顔が引きつっていないか、不安になったものだ。



 しかし、三日後、初めての委員会で灯は肩透かしをくらった気分になった。

 先輩たちからの引き継ぎの時は、賑やかだった河本が、自分と二人きりになった時、その口を閉ざし、ただ黙々と仕事を始めたのだ。

 二人の間で交わされるのは、ただ業務的な会話。鳥小屋の中では、河本よりもオカメインコの方がよっぽど口数が多い。

 いつもやかましいのが嘘のように、河本は物静かな男の子になっていた。


 さらに、委員会も回数を重ねるごとに、普段はオーバーリアクションの河本から表情が抜け落ちていく。

 ぽつりぽつりと仕事以外のことで質問を投げかけられるようになったが、それに灯が答えても、ほんの小さく笑うだけ。

 基本的に自分と二人きりの時は無表情で無口。いつもの大きな声で笑ったり、笑わせたりする河本の姿はなかった。


 だからこそ、灯は自分の杞憂にホッとすると同時に、河本も自分に対して苦手意識があるのだろうと思っていた。



 そんな灯に一ヶ月後河本は信じられない言葉を言った。

 聞き直すのは失礼だと、必死に頭の中で咀嚼する。


 いつもの委員会の帰り道、灯を引き止めた目の前の人は確かに言った。

「俺と付き合って欲しい」と。

 さすがにここで「どこに?」と聞くほど、おつむが弱いわけではない。・・・と、思いたかったのだが、やっぱりどうしても納得できなくて、灯は恐る恐る聞き返した。


「・・・ええと、それは彼氏彼女としての意味で?」


 違っていたら、大恥だと思いながら、河本の顔を伺うと、彼は大きく頷いた。

 あっていて良かったと、気を抜きそうになってすぐ、なにも良くないと思い直す。

 なぜならば・・・


「河本くん、わたしのこと苦手じゃないの?」


 こんな言葉を告白してくれた人に聞くことこそ失礼じゃないかと頭をかすめたが、それでも聞かずにはいられなかった。

 河本は少し目を見開いたあと、顔を苦々しく歪めて、そして泣きそうに笑った。


「苦手じゃないよ。冴島のことも、冴島と過ごす時間も・・・好きだよ」


 その言葉を聞いて、今度は灯が目を見開いた。頬に少し熱が指す。

 そんな灯に河本は続けて言った。


「冴島がずっと、俺のこと苦手に思っていたっていうのはわかってたよ。

 だけど、俺は最初から冴島の周りに流れる、ゆったりとした優しい時間に惹かれていたんだ。

 みんなの前では人の目を気にしてバカ騒ぎしてる俺だけど、本当は冴島みたいになりたかった。


 一緒の委員になって、冴島の前では自分を偽らなくても良くて、冴島はいつもと全然違う俺でも、全部当たり前のように受け止めてくれて・・・もう、冴島への思いを我慢できなくなった。


 冴島は今でも、俺のことも、俺と過ごす時間も・・・嫌い?」


 激情を押さえ込むようにして言葉を絞り出した河本は、不安とかすかな期待を宿した瞳で灯をみつめる。

 灯はその眼差しを見て心が揺れた。少しだけ目線をずらし、河本が自分に向けた問いを心の中、何度も繰り返す。


 そして、初めて気づいた。

 そう、いつの間にか、河本のことが苦手じゃなくなっていた。

 むしろ、河本と過ごす時間は落ち着く、快いものだと感じるまでになっていた。


 二人きりの時、河本は騒がしくも不躾でもない。

 さりげなく、自分を気遣い、たまに小さく笑う物静かな人になる。

 相変わらず、クラスでは距離のある二人だが、自分に見せる河本の顔には、むしろ好意を感じていた。


 だから、灯は首を横に振った。静かに、けれどはっきりと首を振った。


 そんな灯を見て、河本は笑った。

 クラスにいる時に見せる、大げさな笑顔でもなく、二人きりの時に見る、見逃してしまいそうな笑顔でもなく、ゆっくりと大きく花開くように、河本は笑った。



 灯は、その瞬間、恋に落ちた―――――



お付き合い頂き、ありがとうございました。


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