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Blue Cross  作者: Cross
3/3

聖霊降臨祭2日前

『編入生っ!?』


生徒会室に女生徒の声が響く。


『ユエ、あなた少し落ち着きなさい。』


『だって生徒会長、編入生ですよっ!?へんにゅうせいッ!!編入生なんて―――』


『この“レグルス学園”に、編入生なんて、……いえ、学園始まって以来、一度もそんなことはなかったでしょうね。』


興奮するユエをなだめる様に、生徒会長が話す。


『私だって驚いているんだから。』


編入生の書類に目を通す生徒会長。


『しかし、よく学園長がOK出しましたよねぇ~。しかも、この時期に2年生への編入なんて……。』


『そうね、かなり強引よね。学園長の親類か何かかしら?でも、この辺りでは聞かない名前ね。「ラファール」なんて。』


生徒会長の見る書類を、ユエが後ろから覗き込む。


『しかも男っ!おお、かいちょうと同い年じゃないですかっ!?……同じクラスかなぁ。ふふっ、どんなヤツなのか早く顔を見てみたいですっ!ねっ、かいちょう!』


『ユエ、あなたねぇ……はぁ、一応年頃の女の子なんだから、言葉遣いにはもう少し気を使いなさいな。』


左肩から顔を覗かせるユエに、呆れ顔をしながら右手でデコピンをかます会長。


『イテッ、あはは、すみません。』



「ビンセント・ガーナ国立 レグルス学園」、契約者(コントラクター)の育成・教育を行う学校である。


契約者(コントラクター)とは、その昔、聖霊が人間に授けたといわれるマナを操る力、通称「聖霊術」を扱うことのできる者ことを示す言葉である。


そして、聖霊術を使うためには、洗礼の儀式を行い、聖霊と契約(テスタメント)を交わす必要がある。学園ではこの契約を、大気中のマナの濃度が一番濃くなる時期、「聖霊降臨祭(ペンテコステ)」の時期に執り行なうのが慣わしである。


聖霊降臨祭(ペンテコステ)とは、もともとは春の花々の開花を祝う祭りであると共に、人間が聖霊に“マナ”を授かった日とも言われ、ビンセント・ガーナの国を挙げたお祭り行事でもある。


『2年生に入ってくるってことは、まだ契約者(コントラクター)じゃないんですよね?』


『そうね。名のある貴族皇族なら入学前に契約を済ませてみえる方もいらっしゃるけど、聖霊降臨祭(ペンテコステ)を控えたこの時期に2年へ編入、ということはおそらく契約のためでしょう。』


『謎の編入生、「クロス=ラファール」か……。』


ユエが腕を組みながら書類をじっと見つめる。


『コラ、ボーっとしてないで早く他の書類をまとめてくださいな、生徒会書紀さん。』


『はいはい、生徒会長さん。』


生徒会室を照らす夕日はだんだんと地平線の向こうへ姿を消していくのだった。


* * *



夜の学園の廊下を足早に歩く、一人の若い男性教諭。彼は息を荒げて、勢いよく部屋の扉を開けた。


『学園長ッ!学園長はいらっしゃいますかっ!!』


『これはこれは、セルキー先生ではありませんか?こんな夜分遅くにどうされまたかね?』


安楽椅子に腰掛ける一人の小柄な老人が、窓を向きながらキセルを吹かす。


『どうされたも、こうされたも、ありませんっ!!編入生の話、アレは学園長直々に決定されたと伺いましたが、本当ですか!!?』


『そうですが?』


『一般の生徒を、それもいきなり2年生編入させるなんてっ!いくら学園長の決定であっても、私は反対させてもらいますっ!』


学園長と呼ばれる老人はゆっくりと腰を上げ、優しい眼差しでセルキー教授を見た。


『生徒は……皆等しく扱われなければならない。家柄や出生、容姿に捉われてはいけない。』


『これは、安全面かつ教育上の問題ですッ!聖霊術に関しての知識もない人間が契約を行うなんて―――』


老人は笑いながらキセルを置いた。


『ふぉっ、ほっ、ほっ、聖霊術に関する知識のぉ。おそらく彼は、この学園で一番“聖霊術”について、詳しい人物ですよ。それはセルキー先生、あなたを含めても同じでしょう。』


『この学園で一番“聖霊術”に一番詳しい?そんな馬鹿な話があるわけ――』


『彼はこの2年間、わしのもとで「無限の知識(アイン・ダアト)」の研究に携わってもらっていたのじゃよ。』


『――――っ!!?』


広大なこの学園の敷地内、その中央には学園総面積のおよそ1/5を占める大きな湖が存在する。その北側には小さな島があり、通称「小さな王(レグルス)」といわれる。島には、多くの書物や資料が収められた「塔」が存在し、「図書館塔トショカントウ」と呼ばれている。さらに、この塔には聖術や魔術に関連した書物が収めた地下庫がある。地下庫の歴史は古く、何層にも及ぶ地下は、現在でも全てを把握するには至っていない。そんな図書館の地下庫は、別名「無限の知識(アイン・ダアト)」と呼ばれ、学園でも限られた地位の人間や、上流階級の王侯貴族しか入ることを許されてはいない。


無限の知識(アイン・ダアト)の研究?御冗談を。あの書物は……。』


セルキー教授は首を横に振り、ため息をついた。


『学園長もお分かりでしょうが、あの書物は人間には読めません。我々、契約者(コントラクター)でも、かろうじて「字」を「見る」ことできる程度です。ましてや、契約すらしていない一般の者に分かるはずがない。』


セルキー教授の言葉に、学園長は無言で微笑んだ。セルキーは少し言いよどむ素振りを見せたが、再びため息をつき、両手を軽く挙げた。


『ふぅ……、わかりましたよ学園長。このアーサー=セルキー、自分の目で真実を確めさせていただきます。』


そういって踵を返すと、セルキーは部屋を後にした。校長はキセルを取り、再び安楽椅子に深く腰掛けた。


『今年も、賑やかになりそうじゃ。……のう、クリス。』


老人はそういうと、6つに砕けた月を見上げて静かに微笑んだ。


* * *


聖霊降臨祭(ペンテコステ)を2日前に控えた学園の朝。あたりの木々や草花は鮮やかに花をつけ朝露を受けて輝いていた。 盛大な祭りを控え、朝早くから校内の装飾に励む生徒や教職員、下町の人々の姿が多く目にとまる。普段はあまり一般開放されない学園内も、祭りのときは別である。


校舎から少し離れて佇む白壁の洋館は学生寮である。敷地の広いレグルス学園には教室や研究室、闘技場、小さな商店などが散在する。外からの通学をする者もいるが、多くは校内の学生寮を使うものがほとんどである。


『♪~』


学生寮の2階の一室。女生徒が鼻歌を歌いながら、大きな鏡の前で髪を梳かす。彼女は身支度を終えると、扉を開けバルコニーへ出る。


『聖霊降臨祭……かぁ。』


彼女は伸びと一緒に大きく息を吸い込んだ。


『うーん、いい香りねぇ。』


春風にカーテンがなびく。彼女はゆっくりと部屋を振り返り、机の上の写真立てに向かって微笑んだ。


『……いってきます。』


* * *


(私の名前は「ニーナ=ロト=ルシア」。みんなからはよく、「ニーナ」と呼ばれていたわ。どうして過去形なのかというと、今はもう別の呼び名が定着してしまったから。嫌いではないけど、「私」が「私」でなくなってしまいそうな、そんな呼ばれ方。)


はぁーいひょうっ!(かーいちょう)……ほうッ!!(とうっ)


『――!!?』


私の後ろから声をかけ……、いいえ、正確には、私の後ろの寮の2階から、トーストを咥えたまま声をかけ、勢いよく飛び降りてみせたのは、私の幼馴染であり、親友の「ミナ=アレス=ヘレネ」である。


『ほぅーっ、……。』


華麗な着地と同時に、ひるがえったスカートの裾が、折り目に沿って小さくまとまった。着地の余韻に浸る親友(アクユウ)が 顔を上げると、そこには目を三角に吊り上げたニーナがいた。


『まっっったくっ!!あなたは毎回毎回どうしてこう、問題になるようなことばかりするのッ!!?というか、足を怪我したらどうするのよ?!危ないって何度も言ってるでしょうがっ!!大体、どこをどーしたら、通学3年目にして、窓から始まる通学路を確立するに至るのかしらっ??!え゛っ!?それにトーストぐらいちゃんとテーブルで食べて来なさい!って、き・の・う・も、私注意したわよねッ?!』


長い金色の髪を揺らしながら怒るニーナの“説教マシンガン”が、今朝もミナの耳元で炸裂する。


『は、はひ~っ??!ん、ひょ…………ちょっ、そないに怒らんでもぅッ。』


ミナは咥えていたトーストを口から放し、肩をすくめながら反省の顔を浮かべた。そしてトーストを食べ終えてすぐに、解けていた靴紐に気づき手をかけると、小声でなにやら呟き始めた。


『おかしぃ~なぁ……今日はちゃんと靴履いてるし、忘れずにスパッツも履いてるんになぁ………………』


彼女はまるで人の話を聞いてはいなかった。


黒いオーラを纏ったニーナの茜色の瞳が、ミナを睨む。


『うんしょ、………。――ひ、ひぃぃぃ゛ぃ゛ぃぃッッッッ!!??』


靴紐を結び終え、顔を上げたミナは、ニーナの顔を見るなり声にならない声を上げて尻餅をついた。

口は薄っすら微笑んでいるが、右眉がピクつき、片手には、紅々と渦を巻いたマナが火の粉を散らし揺らめいている。


ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくるニーナ。燃えるように紅い目が、喜怒哀楽を示すことなくミナを見続けている。腕の火の粉は、炎をなり螺旋を描くように全身に広がり、先ほど彼女のいた場所の芝生を、熱気を帯びた荒野に変えてしまっていた。


(こここここ、これはマズイ、マジで怒っておられる。)


ミナは恐怖のあまりに仰向けのまま、カサカサ後方へ後ずさるが、背中にぶつかった白壁に退路を絶たれてしまった。


『……ミ~ナちゃん、“ハンセイ”してますか?……』


その言葉に全身から冷や汗が噴き出す。ガチガチと音を立てる顎から滴るのはもう、涙なのか、汗なのか本人にも分からない。滴る体液が地面に落ちると同時に蒸発した。


(…………こ、殺されるっ!!!)


『ごご、ごごごごごっ、ごめんなさいっっ!!!!もう、しませんッッ!!!もう、しませんからッッッ!!!!ごめんなさいっっっ!!!』


ミナの一言に、恐怖の大魔王は大きくため息をつき、踵を返して歩き始めた。


『…………………ニ、…………ニーナ……さん?』


恐る恐る声をかけるミナ。


『ほら、何してるの?早く行かないと遅刻になっちゃうよ?』


そこにはミナの知る”いつものニーナ”の姿があった。




通いなれた通学路。朝露を受けたスノードロップの花が、少し控えめな木漏れ日に優しく照らされている。まっすぐ伸びる石畳を縫うように植えられた並木は、“桜”と呼ばれるもので、先々代の学園長がわざわざ東の国から取り寄せたものらしい。学園中に植えられたこの木々は、春になると薄物色の花を咲かせ、春風に乗せてはらはらと踊るのように美しく花弁を散らす。校舎までの短い並木道を、悪戯な春風が運んできた花びらに包まれながら歩く二人。周りからは少女達の黄色い笑い声と軽快な靴音が弾むように響いている。


『おはようございます。生徒会長、副会長。』


『ごきげんよう。会長方。』


校舎を東西に挟んで存在する寮は、東が女子寮、西が男子寮となっている。そのため、通学中に男の人とすれ違うことはない。この短い通学路は、さながら“少女の園”といったところだろう。王侯貴族も多いこの学園は、私のような田舎貴族の娘からすると、世間から隔絶した感じがしなくもない。


『おはようございますっ!』


『生徒会長様、副会長様ごきげんよう。』


すれ違う後輩たち皆が、私たちに声をかける。


『おはようございます。今日もいい天気ですね。』


私の何気ない一言に、声をかけられた目前の少女たちが目を輝かせ、頬を薔薇色に染める。そして彼女たちの誰もが、愛しさを込めた眼差し向けてくる。


『ああ、生徒会長様。今日も凛々しくお美しいです。』


『あ、……ありがとうございます。』


『それでは失礼します、生徒会長様!』


う~ん……。やはり、このやり取りはどれだけ場数を踏んでもなれる気がしない。あんな無防備な笑顔で笑いかけてこられると、どうも気持ちが落ち着かなくなる。私の固くなった表情を左隣で眺めながら、笑いをこらえるミナ。 チラッと私が睨むと、彼女はあわてて目をそらし、鼻歌を歌いはじめた。


『お二人さん、おはようございますっ!今日も、かいちょうの人気っぷりは相変わらずですねぇ~。』


並木の影からカーキー色のショートヘアーの少女が、気さくな口調で声をかけてくる。彼女の名はユエ=ロテュス。私たちと同じ生徒会の一員で、書記をやってくれている。学年は私たちとは一つ下の2年生。ユエにとってミナは陸上部の先輩にもあたる。そのためか彼女は、私を「かいちょう」、ミナを「先輩」と呼んでいる。


『ユエってば、あんまりからかわないでちょうだいっ!』


もうっと、ニーナがため息混じりに答える。


『確かに、初めて会った時も、ニーナの第一印象は強烈やったからなぁ。金色の髪に、紅い瞳、細身の白い肌。ウチ、お人形さんかと思うたし。』


『ミナまで私を珍獣扱いするのっ?!』


『えへへ、でもお世辞じゃないですよ?かいちょう、女の私から見ても羨ましいぐらいキレイでですもん。ね、ミナ先輩っ!』


ユエがニコッと微笑んだ。


『おまけに成績優秀、スポーツ万能、料理も聖霊術も一級品ときたら、ウチ等はさながら作品外(オードブル)といったところやなぁ。』


ミナが目を細め、どこか遠くを眺めるような口調で呟く。


『ぅぅ…………。』


鏡を見なくても赤くなっているのが分かるくらいに、私の顔が熱くなった。


『私、かいちょうに憧れて生徒会入ったんですよ~。初めて見たときから、「私はこの人に付いていくしかないっ!!」って思ってましたもん。』


『ちょ、ユエちゃん、ウチは!?ウチには憧れとかそーゆうんはないん?』


「憧れ」という単語が大好きなミナが、後輩の発言に食いついた。


『ミナ先輩は、ミナ先輩です。』


『ほほーぅ。』


あっけらかんと答えるユエ。その様子にミナの眉がピクピクと動き始める。


『…………外周メニュー、プラス3周やな。』


『えええぇぇぇぇぇぇッッ!!!???』


この二人は私が生徒会に入る前からの知り合いで、学校では数少ない友人であり、理解者である。


西の国でも珍しい金色の髪、魔族を連想させる紅々とした瞳。どこにいても人目に付く私の容姿は、10年前に他界してしまった母譲り。小さいころから「悪魔の娘」とか、「不気味な子供」、「災いを招く魔物」などと言われ、まわりだけでなく親類からも遠避けられていたため、友人はおろか、私と会話するのはもっぱら母と父だけだった。


そんな私に、入学して初めて声をかけてきたのがミナである。少々強引で大雑把な性格の彼女。その素行は、入学当初から問題が多く、校内では有名なトラブルメーカーであった。しかし、社交的で面倒見がよく、クラスでもリーダ的存在の彼女を慕う者は後を絶たなかった。そして今では、「陸上部部長」兼「生徒会副会長」を務めている。


ちなみに私を生徒会長へ推薦してくれたのも彼女だ。


『ん、どないしたん??ウチの顔になんかついとるん??』


首を傾げるミナの短い橙髪がさらりと揺れる。


『ううん、なんでもない。……う~ん、ミナもユエも髪を伸ばせばいいのに似合うと思う……。』


ニーナは思慮深そうな顔もちで、二人の髪を眺める。


『あ、あはは~、かいちょうっ、仮にもほらっ!運動部なんですから、そこはぁ……。』


『まあ、走る時に邪魔になるからなぁ……。ウチも伸ばしてみたいって思うてはいるんやけど……。』


苦笑い浮かべる二人は、肩にかかる髪を指で弄りながら、じーっとこちらを見つめている。


『…………?どうかした??』


(かいちょうのには、敵う気が致しません……。)

作品外(オードブル)か……。)


同時にため息をつく二人。ニーナは頭に「?」を浮かべていた。


『あ、そういえば先輩っ、今度、2年に編入生が来るって話、知ってますか?』


『編入生っ!?ココにか!?それもこの時期にかっ!?まさかウチを、からこうとるつもりじゃ……。』


ミナが疑いの眼差しをユエに向ける。


『ユエの言ってることはホントよ。というか、ミナ、あなた昨日、私が渡した生徒の資料見てないの?』


ギロっと睨むニーナの視線に、ミナの目が泳ぐ。


『みみみ、見たよォっ!?―――ァ痛ッ!!?』


裏返った語尾で白状したミナに、ニーナがデコピンが炸裂した。


『ふふふ~、それにしても、どんな人なんだろぅ……気になりますねぇ~、気になりますねぇ~。』


ルンルンで肩を左右に揺らしながら歩くユエ。


『2年っちゅーことは、学年的にユエと同じクラスになることも考えられるんやなぁ。』


『この時期に、しかもこの学園に編入してくる生徒が、まともな人物だとは、私は、思わないけどね………………。きっと変態にきまってる……。』


ボソッと呟くニーナ。


『ちょっ!生徒会長が生徒をそんな風にゆうたらアカンやろぉ~。』


苦笑いするミナ。


『大丈夫ですよ、かいちょうっ!生徒会長は、編入生に校内を案内したりとかしなくていいんですから!緊張しなくてもいいんですよぉ??それはクラスメイトの仕事ですっ。』


そういってクスクスと微笑むユエ。


『べべっ、べつに、そんなこと心配してなんかないんだからっっ!!!!おおお、男の人一人ぐらい、一緒に居たって、わわ、ワタシハ、ヘーキ、ヨっ!!?』


(図星ですね。)

(図星やな。)


『あ、それより先輩っ!時間が―――』


ユエの声を遮るように、予鈴の鐘が鳴り響く。


『ではお二人さん、後ほどぉ~。』


ユエは手を振りながら足早にかけていく。女子寮からの通学の場合、2年生の教室は3年生の教室よりも西側にあるため、ユエとはここでお別れである。


2年生で契約者(コントラクター)となった生徒たちは、契約特性ごとに、異なるカリキュラムが組まれることが多い。聖霊術はその属性において大きく分類すると、「火」、「水」、「地」、「風」、「識」の5つに分けられる。「識」を除く、ほかの4つの属性は“生成”と“滅び”の関係にあり、互いの属性には、聖霊自身または環境により優劣が存在する。この属性自体はマナにも適応されるが、マナ自身に優劣はないとされている。


簡単に言うと、“水の聖霊”は水辺で力を引き出しやすい上に、水辺には“水に変換しやすいマナ”が多く存在する。逆に“火の聖霊”は水辺では力が弱くなる。しかし、“水に変換しやすいマナ”を“火に変換できないわけではない”ということだ。しかし、この場合、火の聖霊が変換する“水に変換しやすいマナ”は、変換効率が悪く、使用する契約者自身に大きな負担をかけることになる。つまり、よりよいコンディションで授業を行うためには、“場所”を分ける必要があるということだ。


残った「識」とは、先に挙げた4属性に当てはまらないものを示し、この契約者(コントラクター)の数はきわめて少ないとされている。代表的なのは「治癒」、「資質変換」などであるがその多くは謎に包まれている。


3年生といっても、カリキュラムは主に座学と演習だが、ある一定のレベルを超える生徒は郊外での授業も増える。その中で登竜門的なイベントが、“ガーナ軍からの依頼の遂行”である。そして、私のような「火」の契約者には“討伐依頼”が多く寄せられる。


始業の鐘が鳴るのとほぼ同時に、部屋の扉を開けたニーナ。開けた勢いで、室内へと吹き込んだ風に、金色の髪がなびく。


* * 紅の間 * *


ここは「火の学び舎」の3階ロビー。すでに辺りには20人ほどの生徒がいる。彼らは皆、火の聖霊との契約者(コントラクター)である。そして、学園に数千人いる「火の契約者」の内、学園ランク上位30名のみが入ることを許される場所が、この“紅の間”である。


ロビーにいる生徒たちは、それぞれが手に小さな紙を持ち、一喜一憂しているのが伺える。ガーナ軍直々の“討伐依頼”の紙である。


『こ、これは生徒会長様っ!!おはようございます。』


入室に気付いた一人の生徒が皮切りとなって、ロビーの皆が私に挨拶をする。


『皆さん、おはようございます。』


ニーナは特に見回すでもなく、軽い会釈で済ませる。


『おはようございます、会長。』


『生徒会長様、本日もお目にかかれて光栄です。』


周りからの多くの目線に顔色一つ変えず、毅然振る舞う私が、実は一度に大勢に声をかけられ、緊張のあまり表情が硬くなっているだけだと、知る者はここにはいないだろう。そんなことを思いながら目を細めると、目線の先から黄色い声が上がる。


『い、いま生徒会長様が、私を見つめてくださったわっ!?』


『いいえ、あれはこちらに向けられたものですわっ!』


(ははは、勘弁してほしい……。)


後から入ってきた教員の点呼が終わり、依頼遂行のため各生徒が部屋を後にする。部屋の隅でその光景を見送ると、教員が声をかけてきた。


『この時期に非常に心苦しいが……。無理はしないでくださいね。必要なら手を貸します。』


そういって、教員が不安げな顔持ちで封筒を手渡す。


『いいえ、大丈夫です。先生はご心配なさらないでくださいな。』


ニーナは、そういって微笑みながら、依頼の紙が入った封筒を受け取った。


『それでは、……頼みましたよ。』


教員はそういって部屋を後にした。


軍からの依頼は難易度によって4種類に分類されている。

普通のここの生徒に配られるているには、難易度の低い白い紙。


次に黄色。これは軍の依頼を本職にしている人間に渡されるものであり、難易度もそこそこで、基本的に上位ランクでも3年生の生徒は受けることが出来ない。


そして青。青は実際に軍内で使われているもので重要度・難易度共に高いものが多く、グループ遂行が基本である。


私は封筒から紙を取り出す。


『赤(最重要機密依頼)、か……。』


険しい顔つきで部屋を後にするニーナ。彼女の顔からは余裕の表情は消えていた。


『準備をしないと……時間もあまりないみたいだし……。』


この学園では、学園水準を大幅に上回る能力をもつ生徒は、ガーナ軍にその情報が報告されることになっている。これは、強力な契約者の監視と管理、緊急時の徴兵を義務付けるためのものである。つまり、今回の依頼は、生徒の郊外授業としての依頼ではなく、「ニーナ=ロト=ルシア」個人として依頼ということになる。


私にとって初めての“赤紙依頼状”。


大きな仕事を依頼されるようになったという自信と恐怖が頭の中を駆けずり回る。


『ははは、…………やっぱり本当にあったんだ、赤紙依頼。…………もう、あとには引けない……か。』


口では笑っているつもりなのだが、表情は引きつり、目は笑っていない。微かに手のひらが汗ばむのが感じられた。


赤紙による依頼は完遂以外許されない。一生徒の許容はとっくに越えている国から依頼。しかし、私は、学生時にこれをいくつも遂行していた人物を一人知っている。


『あの人に、追いつくには……。これをやらないといけない。』


ニーナは目を閉じ、大きく深呼吸して、ゆっくり目を開いた。


『とにかく、図書館に行って地図を手に入れないと……。』


退出しようと扉に手を掛けるがうまく力が入らない。


『ふっ、ははは……。』


誰もいなくなった広間で、そんな自分を嘲笑うかのように天を仰ぐ。


『―――さぁ、行くわよ私。』


ニーナは部屋を後にしたのだった。



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