黒翼の賢者 Ⅳ
イオは、いつのまにか、どこかの室内にいた。
(…ここは…、ライの部屋?)
「気が付いたか」
脇からの声に、イオは顔を上げた。
「ライ……」
(夢だったのか?)
ライの姿は、普通の人間のものだった。
「なぜ、ここに?」
「……あいつを滅したはいいけど、イオが気絶してしまって…。勝手に他人の部屋に入るのも気が引けたから、僕の部屋につれてきた。…気に食わなかったか?だったら、謝る」
「あ、いや、それはいいんだけど。……夢じゃ、なかったんだ……」
「……魔物のことか?」
「……うん」
恩人だと思ってたヒトはそうでなくて…さらに相手にとって自分は…ただの獲物だった。
「魔物を相手にする時は気を付けろ。魔物は人間と違って嘘は絶対につかない。でも、うまく人の心を利用して、騙すことはする」
「…そうなんだ…。ねぇ、ライも…?」
「僕が…何?」
イオは、記憶の最後に見たものを思い出していた。
「ライも……、ライも魔物なのか?」
「そうだと言ったら?」
「……ライも、騙すのか?」
「……ある意味では、騙していたのかもしれない。」
「え……」
(じゃあ、今までのは…?)
「でも、言った言葉に嘘はない。僕はたしかにイオの父の友であって、今はイオの学友だ」
「……じゃあ、その年齢はどういうことなんだ?父上と友人と言われても、その年齢では……」
「僕がメテオと…イオの父と初めて会ったのは、メテオが十七で、僕がまだ八つの時だった」
「父上が十七っていうと…修業の旅に出ていた頃…。っでも、それでは計算が合わない。今十一のライが、生まれているわけ…。それが、八つだったなんて話。信じられないよ」
「言ったでしょ?魔物は嘘はつかない。…僕は、魔族なんだ」
「……魔族…」
「魔物は、殺されないかぎり、人の数倍長く生きる。…魔物じゃそれはわかりにくいけど、魔族にはそれが顕著に…目に見えて現れるんだ」
「…それは…つまり、どういう…?」
「魔族はね、人の時の感じ方だと、五年に一歳しか、年をとらないんだ」
「五年に…一歳…?……じゃあ…だから、父上と会った時から今までで、三歳しか違わないのか?」
「そういうこと」
イオは、初めて聞く話に、ただ茫然としていた。
(…あれ?それじゃあ…。九年前は魔族にとっては二年弱くらいでしかなくて…。それなら、あの魔法のことだって……)
「ねぇ、もしかして…さ」
「うん」
「ライは…九年前に、ここへ来たことがある?」
「……」
「……?」
「あるよ」
「なら‼…九年前に僕を魔物から助けてくれたのって…ライなのか?」
「……なぜ、そう考える?」
「…え…?」
是か、否か。そのどちらかだと思っていた問いに対しての、ライの思いがけない返答に、イオは戸惑う。
「なぜ…って…。当時、その人は十歳くらいに見えたし…。だったら、年数的に合うかな?と。…それに、さっき、同じ魔法で僕を助けてくれたから…」
イオはそこまで言って、ライの顔を見る。
「違うの?」
ライの表情は、何を考えているのか、全く読み取れなかった。
「…ライ?」
「…黒い翼…」
「え?」
「一番印象的だったっていう、‘黒い翼’のことは?」
言葉を紡いでいても、やはり彼の心情は読めない。
「それをどこで?」
「ロディーに聞いた」
「あ、そっか。…そこだけが、疑問なんだよね。確かに、あの時見たのは黒い翼だと思ったのに…。さっき見たライのは白かったし……」
「……教えてあげようか?」
「…何を…あ!…知ってるの?」
一番聞きたいところがはぐらかされている感があるが、答えてくれるのはうれしかった。
「うん。…あれは、返り血だよ。魔物を殺した時の」
しかし、ライの平然とした…しかし、恐ろしい内容の答えに、イオは言葉を失った。
「…こ…殺し…た…って?」
なんとか、それだけ聞く。
「ただ魔物を追い払って、イオを助けたと思ってた?…違うんだよ?魔物の命を引き換えに、イオを助けた」
「……なんで、そんなに詳しく知ってるの?」
さっきは、ただ恩人に会いたくて、ライがそうであることを望んだ。
しかし今は、なぜか…違ってほしかった。ライに、否定してほしかった。しかし…
「本人だから」
ライの、外観にそぐわぬ淡々とした答えに、イオの望みは打ち砕かれた。
あの後、どうやって自分の部屋へ戻ったか覚えていない。しかし、朝目が覚めたら自分の部屋にいた。
昨日のライの発言からして、ライがイオを部屋にへ運んだとも思えない。
昨日のことは、全て夢だったのだろうか?
そうも思ったが、自分の体には確かに、昨日のあの魔物に捕らえられた時の痣が残っている。
(夢じゃ…なかったんだ…)
ずっと会いたいと思っていた恩人に、やっと会うことができた。嬉しい!…はずなのに…。
イオの心は、晴れなかった。
コンッ コンッ。
誰かが、ドアをノックしている。
「……誰?」
イオは、意味もなく(実際はあるのだが)怯えてしまった。
「私です、センパイ」
「…ロディー…?」
「はい」
ライでなかったことが、よかったような、少し淋しいような…。
「入っても?」
「……うん」
ロディーには、なんでか話していいような気がした。
「センパイ」
ロディーが中へ入ってきた。
「……昨日、何があったんですか?」
「……どうして、わかるんだ?」
「……昨日、ライさんが、センパイを探していて…。センパイに悪いかと思ったけど、センパイから聞いた話を、ライさんにしたんです。そしたら、『嫌な予感がする。』って、焦った顔して学校を飛び出して行ってしまって…。それで…心配してたんです」
「……そうだったんですか」
そう言ったきり、イオは黙り込んでしまった。そんなイオを、ロディーは静かに見つめていた。
「……センパイ、いいんですか?」
「……何が?」
「ライさんと、あのままで」
「知ってるのか?!」
「いいえ。……ただ、ライさんの方も雰囲気が違いましたので」
「…ライが……」
「お話を、聞かせて頂けますか?」
「……実は…ライは……」
イオは、昨日あったことを、ロディーに話した。
「そんなことが……」
ロディーはしばらく何も言わなかった。
「……センパイて、魔物との戦闘経験無かったんですね」
「うん。……この学校で生まれて、すぐにここで魔法を学び始めましたから……」
「だから、魔物のこと聞いて、ショックだったんですね……」
「……うん」
ふと、あることに思い当たり、イオは焦ってロディーを仰ぎ見る。
「……ねぇ。……ロディーも、倒したことがあるの?魔物を……」
「えぇ。…センパイはご存じ無いようですが…。今、この世の中は、魔物が至るところにいます。そしてその多くは、異種である人間に襲い掛かってきます。…いわば、正当防衛。己の身を守るためなんです。魔物を倒すのは」
「……でも、何も殺さなくても……」
「相手は、何の迷いもなしにこちらを殺そうとしてくるんですよ?」
「……でも…魔法は誰かを傷つけるのではなく、守るためのものだと、父上は…」
「すぐに納得できることではないのはわかります。…でも、そこまでの過程になにがあったのであれ、ライさんが、センパイを助けたという事実は変わらないのではないですか?…ライさんは、センパイを‘守るため’に魔法を使い、魔物を倒したのではないのですか?」
「……あ…!」
(そうだ……。ライは…三度も僕を助けてくれた。一度目は、九年前のあの日。二度目はいつか…僕が陰口を言われていた時。そして三度目は…昨日……)
「ライさんは、またこの学校を出るつもりみたいですよ?…センパイのことを、気遣ってではないでしょうか」
「え…そんな…。僕、ライに謝らないと…。せっかく助けてくれたのに、勝手に不機嫌になったりして悪かったって……」
そう思いつつ、イオは後一歩のところで踏み出せないでいる。
「そのまま行かせてしまっていいのですか?…私はそろそろ講義があるのでこれで。…後から後悔しても知りませんよ?」
ロディーは、そう言ってイオの部屋を去った。
「……ライ…っ!」
イオは、部屋を飛び出した。部屋を出てすぐのライの部屋は素通りして、階段に向かう。
そこにはいない。勘が、そう告げていた。
もうすぐ始業時間だというのに、一人で講堂とは違う方向へ駆けていくイオの姿に、他の生徒達が不思議そうな顔で見送る。
しかし、そんなことは気にしない。
ただ、会いたい。ライと会って、話をしたい…!
「ライ!」
イオが飛び込んだその場所は…、父の…長の部屋だった。
「イオじゃないか、どうしたんだ?」
「ライ…は…?」
「僕はここだけど?」
ドアの死角から声がした。
「…ライ…!」
ライは、ドアの横の壁に背中を預け、立っている。
「ライ…話が……」
「とりあえず、ドアを閉めなさい」
「あ。…はい」
イオは父に言われた通り、ドアを閉めた。
「話って?」
ライは、静かな表情でイオを見る。
「あ…、うん。その…。ごめんなさい‼いろいろと」
「……!」
ライは、思いがけない言葉に、目を見開く。
「ライは、僕を助けてくれたのに…、魔物を倒したのは、僕のためだったのに…。お礼は言っても、怒る理由なんて、何もないはずなのに……」
「……」
「ライ、ホントにごめん!」
「……」
ライは、何も答えない。
「……ライ?」
ライは、イオの方を見ていなかった。
(やっぱり、怒ってるのかな?)
イオが不安な気持ちになる中…、
「イオ」
ライが初めて、イオの名前を呼んだ。
「ライ…」
「ライじゃない」
「え?」
「クルソウド=ライ=トゥルーク。それが僕の名前」
「く…クル…ソウ…ド?」
「うん。…クロでいい」
「クロ……」
(名前で呼ばせてくれるのか…?クロ…。…って、あれ?)
「トゥルークだって?」
「……あぁ」
「……ロディーが言ってた…青髪の…魔族の中でも、特に優秀な…魔術師が生まれる家系…って……」
「…へぇ、聞いたんだ」
「…そうだったんだ……」
「そうだけど…何か問題ある?」
ライ…いや、クロは、ニヤリと笑う。
イオも、それに答えて、
「なにも!」
久しぶりの、すがすがしい笑顔だった。
六年後、世界暦1623年、新春。
イオ二十歳、クルソウド十三歳。
あれからクロは、学校を出ていったりせず、この学び舎ですごした。
相変わらず、長やイオ以外とはろくにしゃべらず、しかしそれでいて…なにか不思議な位置にいた。
イオはというと…。
二年前、十六歳の時に上級クラス入りを果たし、学校でね自分の位置を確固たるものにしていた。
そんなある日。
イオは、長の部屋に呼ばれていた。
「失礼します。」
イオが部屋へ入ると…
「あれ。クロもいたんですか」
「…というより、僕が呼んだんだ」
「え?」
イオは、話が読めず戸惑いを隠せない。
「イオ。僕と、旅に出ない?」
「……修業の旅ですか?」
「そんなとこ。……上級クラスの者は、許されてるだろ?」
「…僕で…。共は、私でよろしいのですか?」
「でなきゃ誘わないよ」
「……確かに」
「返答は?」
「……もちろん、喜んで」
そうして、二人の旅立ちは決った。
二人の旅の、行く末は…。今はまだ、わからない。
「そうですか。センパイと修業の旅に……」
「うん」
「……でも、なぜそれを私に?」
ロディーは、何故かクロと、この時間には講義が行われていない講堂にいた。
「別に、あなたには話しておくべきかと思いまして。……いろいろと、お世話になったみたいだから」
「……知ってらしたんですか?」
「本人に問い詰められたんで」
「あ、そっかぁ」
「まぁ、あの嘘がなければ、イオからあの言葉は聞けなかったのかもしれないけど」
「……もしかして、そこまで計算してありました?」
「まさか。これも本人の言です。……あなたがあんなことを言うなんて、僕も予想だにしてませんでしたよ」
クロは、にこやかに二十代前半の女性を見る。
そこへ…
「クロー!あ、ここにいたんですか」
イオが入ってきた。
「あ、あれ?ロディーもいらしたんですか……」
見慣れない組み合わせに、明らかに困惑している。
「イオ、どうしたんだ?」
「あ、父上…長が、出発前に、話があると……」
「そっか。わかった、すぐ行く」
「二人とも、話し中すみませんでした」
「あ、センパイ。そのことは、気にしないでください。……それでは、ライさん」
「うん。じゃあね、…世話焼きの魔女、アフロディテ=キリシアさん」
「! ……いつから、知ってたんですか?」
「ロディーって名前知ったときから」
「……さすが、ですね」
「それほどでも」
クロは涼しげな顔で、イオと講堂を出ていった。
「…バレてたんだ……」
残されたロディーは、静かに呟いた。
「クロ、『キリシア』とは?」
「知ってるでしょ?北の魔法使いの一族」
「そ、そりゃあ知ってますけど。じゃあ…アフロディテって……」
「ロディーの正式名」
「…そういえば、ロディー今度上級クラス入りだって……」
「そりゃあ、あの人の実力なら当たり前でしょ」
「……なんで、うちの初級クラスなんかにいたんだろう?」
「さぁ?」
魔法使いは変り者の集まり。
もちろん、彼らも例外ではなく……。
Fin
,
読んでいただきありがとうございました。
注意書き入れるほどのものでもなかったでしょうか?
今回の話は、時系列がぽんぽん飛ぶものでしたね。
いろんな形の話があります。よろしくです。
さて、今回の主人公は魔法使いのイオくんでした。
ショウ君たちだけじゃなくて、彼らも旅に出ます。
基本は旅の話にしていく予定です。
それでは、今回はイオ君のことを少し
・イオ
本名 イオ=グレネード
性別 ♂ 種族 人間(魔力有)
生年 1605年
職業 魔法使い(ウィザード)
物腰は丁寧だが、さりげなく毒舌。
彼から見てクロは父の友人で師匠。
そのためか、クロにだけは逆らえない様子(というよりも逆らわない?)
しかし、時々クロのことを(自分より年上にもかかわらず)弟のように接することもある。
案外苦労性かも・・・?
それでは、また次のお話で。




