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黒翼の賢者 Ⅲ


イオがあの魔物と会ってから、何日かが過ぎた。

 あの日から、イオは都合のつく日は、毎日「彼」を訪ねた。

 彼は相変わらず口数が少なかったが、憧れの、命の恩人が目の前にいるというだけで、イオはうれしかった。どんなに大人振っていようと、やはりまだ、十四歳の少年なのだ。



「センパイ、最近どうしたんですか?よく裏山へ行ってるけど……」


 イオが父である長の講義を受けた後席を立とうとすると、同じように受けに来ていたロディーが声をかけてきた。


「ロディー。……前に話した、山での話、覚えてます?」

「…えっと…確か、魔物に襲われたところを助けられたっていう…?」

「そう」


 二人は話ながら席を立ち、部屋を出て談話室へ向かう。


「その恩人に、つい最近、やっと再会することができてね」

「本当に?!よかったですね‼」

「はい」

「どんな方だったんですか?」

「うん…。無口っていうのか…。とりあえず、口数は少ない人だよ」

「それから?」


 ロディーの目は、好奇に満ちている。


「……」


(魔族だってこととか、例の黒い羽のこととかあるけど…。あんまり口外しないでほしいって言われたしなあ……)

「そうだ!」


 イオのそんな交錯を知るはずもなく、ロディーはいきなり確信をついてきた。


「話で印象的だった、例の…黒い翼はあったんですか?」

「あ…えっと…」

(どうしよう…)


 いつの間にか、二人は談話室の前へ来ていた。

すると中から、そんなイオの思考を、二人の会話を、打ち消す会話が聞こえてきた。


「正直言ってあいつ、長の息子だからって調子のってるよな」

「だよな。年下のくせに中級だっていばりやがって。昔からいりゃあ、そりゃ中級にもなれるさ」

「親の七光りもあるし?」


 初級の、イオよりも年上の男子たちだ。


「おいおい、二人とも。イオのやつが聞いてたらどうすんだよ」

「大丈夫だって。あいつ最近、やたらと裏山行ってるし。今日もそうだろ」


 イオが裏山に通ってることは、ロディー以外の生徒たちの目にもとまっていたらしい。


「そっか、そうだよな。…でも、それもムカつくよな」

「なにが?」

「知らねぇの?初級クラスの生徒が、一人で裏山へ行くのが禁止されてるの、あいつが原因だって話だぜ?」

「まじ?」

「マジ、マジ。あいつが昔、魔物に襲われたからなんだってよ」

「じゃあ、あいつのせいでオレらは裏山に自由に出入りできないってのに、あいつは悠々と一人で毎日行ってるわけだ?」

「そういうことだよな」

「信じられねぇ。サイテーじゃねぇ?」


 彼らは部屋のすぐ前まで当の本人が来ていることにも気付かず、会話を続けている。


「……」

「センパイ……」


 ロディーも、どうすべきか困っている。

 そこへ、先の三人以外の、別の声が入ってきた。


「この学校のレベルも、ここまで下がっていたなんてね」

(この声は…ライ?!)

「なんだとてめぇ!」

「昔からいれば中級になれる?本当にそう思ってるの?魔法は素質と精神の強さでほとんど決まる。そんな簡単なものじゃないよ」

「チビが……生意気なんだよ!」

「親の七光りなんてのもありえない。それにメテオは…、長は、そんなことはしない。そんなことをしたってイオのためにならないってことは、長が一番よくわかってるはずだ」


 それまでライは本を見たまま淡々と言い…顔を上げる。そして…


「人の粗を探す前に、自分の能力を上げることを考えたほうがいいんじゃない?…まぁ、そんな歪んだ精神のままじゃ、十年たっても初級止まりだろうけど」


 にっこりと微笑み、しかし目には鋭い光を宿してそう言った。


「な……」


 男子たちは何かを言い返そうとするが言葉が見つからず、黙り込んでしまった。

と、その中の一人がはっと気付く。


「おい、あいつ…転入生のやつじゃねぇか?」

「え?!って、まさか、上級クラスの…?」


 以前のロディーの反応でもわかるように、初級クラスの者にとって、雲の上のような存在なのだ。

 彼らは、サーっと顔色を変えて立ち尽くす。


「じゃ」


 彼らの推測を裏付けるように、ライはそう言って次の瞬間にはその場から消えていた。

 ポピュラーだが意外に難しい瞬間移動の魔法を、呪文も魔法陣も無しにやってのけたのだ。


「やっぱり…本物だ……」


 ライの実力は、前の事件のこともあり、みんな認めていた。上級クラスにふさわしい力を持っている、と。


(隠れていても仕方がないよな)


 イオは意を決し、部屋の中へ入っていった。


「い…イオ…‼」


 男子たちは明らかに動揺している。


「失礼します。…楽しいお話を中断してしまったみたいで、すみませんね」


 イオは満面の笑みを浮かべて三人の前へ行く。

 なんだかんだで、彼らもイオの実力はわかっている。今の自分達がかなう相手ではないということくらいは。


「いや、そんな…とんでもない……」

「裏山のことですが…。あなた方が望むのでしたら、僕から父に進言しておきましょうか?…ただし、魔物がいることは事実。つい先日、僕も襲われましたから。とりあえず、ができれば逃げられるのでしょうが。恐ろしく速い物でしたね。当然、山へ行けばその魔物に襲われる可能性は否めない。だから、中級の者でさえ、魔法陣の書き込みと呪文の詠唱を同時進行し、できるだけ早く逃げられるようにと、二人以上で出かけていく。…そんなところへ、どうしても一人で行きたいと言うのなら、ですが」


 イオはあくまでも、終始笑顔だったが、対する男子たちの顔色はみるみる悪くなっていっていた。


「で、どうします?」

「あ、いや…。そ、そんな、わざわざあなたの手を患わせるようなことではありませんので……」


 男子たちは、乾いた笑いを浮かべて去っていった。


「……はぁ」

「センパイ!」


 ため息を吐いたイオに、ロディーが駆け寄る。


「大丈夫でしたか?」

「…ライが、弱らせてくれてあったしね」

「そ、そうですね。…それにしても、ライくんすごいですね」

「まぁ、かなり辛口だったかもね」

「あ、いや…。言ってた内容もそうなんですけど、実力とか……」

「あぁ、そっちか」

「あと、髪の色とか」

「え?そこ?」


 ロディーの顔は、真剣そのもの。冗談ではないらしい。


「だって、青髪ですよ?」

「それが?」

「……センパイ、知らないんですか?魔法使いの一族の、髪の色のこと」

「…あぁ、たしか…魔法使いの一族では、子供が生まれると、魔力があれば髪の色がその決めた色に変わるように魔法かけるんでしたよね?」

「そうそう。うちは紫、センパイとこは緑、みたいに」

「…それが?ライも、魔法使いの一族の生まれというだけでは?」

「まぁ、それはそうなのかもしれないですけど…。青は、特別なんですよ?」

「特別…? なぜ?」

「私もそんな詳しいわけではないんですけど、なんでも、魔術を使う魔物の種族の中で、特に力のある一族がいるらしいんですけど、その一族…あ、トゥルーク家って言うらしいんですけど、そこは、代々青髪なんだそうです」

「……だから?」

「だから、恐れ多いって感じですかね?同じ色は避けられる傾向が強いはずなんですよ」

「……だから、『すごい』?」

「なぁ……と、思ったんです」



その後は、もう少し話を聞いてから別れた。

 ロディーはいつの間にか、黒い翼の話は忘れていたようだ。


(なんにしても、とんでもないやつなんだ…。自信家?)






とある日の夕方。イオは、学校にいなかった。

ライはもう何冊目かになる本を、イオに返そうしていた。イオの部屋の前に立った。しかし…


(…気配がない…)


 やはり、イオはいない。


(どこへ…?)


 ライは、何か根拠の無い不安を感じ、気配を探る。


(……山…?)

「あれ?どうしたんですか?センパイの部屋の前で。」


 ライは突然話し掛けられ、振り返る。

 イオの気配を探るのに気をとられて、後ろから近づいてきた存在に気付くのが遅れた。


「……誰?」

「あ、すみません。私は、初級クラスのロディーと言います。…そちらは、上級のライさんですよね?」


 ロディーは、その世話やきな性格からか、イオの部屋の前で立ち尽くしている(ように見える)、上級クラスだからちょっと話し掛けづらい…なはずのライに、声をかけずにはいられなかったのだった。


「……ロディー?」

「はい」


 ライは感情の読み取れない、不思議な表情でロディーを見る。


「お前……」

「私が何か?」

「…今はいい。…イオは、山に何をしに行っているか知ってるか?よく一緒にいるけど」

「……私のこと知ってたんですね。驚き。てっきり、他人のことなど目に入っていないと思ってたわ」


 ロディーは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「知っているのか?いないのか?」

「あ、すみません。……一応、聞いてますよ」

「教えてくれ」

「……センパイのこと、気になるんだ?」

「そんなことを言ってる場合じゃない。嫌な予感がするんだ」


 ロディーは、ライの真剣な目に、笑みを消す。


「いやな予感…ですか。…ま、よくわかりませんが、私が知っていることは、話しましょう」


 ロディーは、イオが話してくれた昔話を聞かせた。



「何だって?九年前に山で魔物から助けてくれた人と再会して会いに通っている……そういうことか?」

「……要約すると、そうなりますね」

「まさか…そんなこと…」


 ライはそう呟くと、後は何も言わずに、歩きだした。


「ライさん?!」


 ロディーの声も聞かず、ライは学校を出た。


「……」



その頃…イオは、山のなかで、魔物と対峙していた。

 イオは傍らにいる彼に、いつものように自分のことを話していた。


「そうそう、最近、新入生が入ったりもしたんですよ。それがまた、変わったやつで……」


 しかし、イオを見つめる…にらみつけると表現してもいいような彼の視線に、言葉を失う。


「あの、なにか……?」


 彼は、何も言わず、ただイオを見る。


「ナゼ……」

「……え?」

「ナゼ‘力’ガ効カナイ?」

「え?何を……」


 いきなりのことに、イオはすぐに状況が理解できなかった。


「マァ、イイ。魔法ガ効カナイナラ、直接捕ラエルマデ……」


 憧れの人の口から放たれた、信じられない言葉…

 イオが伺うような目で見た彼の顔は…驚くほど冷たい目をしていた。

 彼は片手を振り上げ構えると、イオに真っすぐ向かってくる。


(なんで…どうして…。何がどうなっているんだ…)


 信じられないという思いが、イオの反応を遅らせた。


「わぁっ!」


 次の瞬間、十四歳の…同世代の中でも小柄なイオの体は、魔物の大きな…人で言う腕にあたるものに捕らえられた。


「なん…で……」


 イオの哀願にも似た声に、彼は気味の悪い笑みを浮かべ答える。


「オ前、人間。人間、魔物ノ土地侵ス。邪魔。ダカラ、消ス」

「…じゃあ…僕を、殺すの?」

「マダ、殺サナイ。オレ、魔法学校、消シタイ。オ前、長ノ子。利用スル」

「じゃあ、もとからそのつもりで……」

「ソウダ」


(そんな…)

「それなら、なんで…。なんで、一度でも僕を助けたんですか?」

(それがなければ、憧れることもなかったのに。こんなにまで、苦しまなくてもすんだのに……)


「……オ前ノ、ソレ、勘違イ。オレ、助ケテナイ」

「え?!…でも、それじゃあ……」

「オレハ、オ前ヲ襲ッタ奴ノ関係者ダ」

(恩人じゃ…なかった…?しかも、魔物側だったなんて……)

「話ハ終ワリダ。行クゾ」

「……嫌だ!放せ‼」


 イオは必死で抵抗する。しかし、彼の手はびくともしない。


「無駄ダ」


(僕はなんて馬鹿なんだ!こんな奴に…。父上にも迷惑を…)


 イオが諦めかけたとき、


「――っ!」


 どこか聞き覚えのある呪文が聞こえ、無数の白い何かが通り抜けたかと思うと、イオはいきなり解放された。


(いったい何が)


 イオは素早くそこを離れつつ、後ろ目に彼を見る。

 と、イオを掴んでいたものには、無数の切り傷がついていた。


(…あれ?この魔法、どこかで……)

「早く、こっちへ!」


 背後から、声がする。魔法の主のようだ。イオは、その声に従い駆ける。


「ライ?!」


 声の主は、なんとライだった。


(魔法の方は、また、上級クラスだからわかるけど……)

「なんでこんなところに…?」

「それはお互い様。でしょ?危険区域とされる裏山の、こんな奥まで来てるなんて」

「う…。ま、まぁそうだけど……」

「……そんなことより。あいつをなんとかしないとね」


 魔物は、逃げたイオを追ってこちらへ向かってくる。


「あ……、そうだった」

「……イオは、戦闘の経験は?」

「え?…実戦は…ない」

「じゃあ、後ろにいて」

「な!…それじゃライが危ないんじゃ?」

「大丈夫。ルビファン魔法学校の上級クラスの名に恥じるようなことはしない。……それに、あんな化物に負ける気はしないよ」


 そういうライに、魔物はついにそこまでやってくると、鋭い爪をたてる。しかし、彼はそれをすぐに自ら引き抜くと、後ずさる。

 傷を受けたはずのライはと言うと、血を流しながらも悠然とたたずんでいる。イオが焦って傷口を見ると、そこはもう、驚くべき早さで治りだしている。


(これも、魔法なのか?)


 魔物は、驚いた表情でライを見ている。

 なんと、ライに突き立てた彼の爪の方が、溶けだしており、明らかに重傷だった。


「オ前、ドウシテ……」

「お前、魔物の中でも中級だろ?格の違いさ」

「え?魔族だったんじゃ…」(まさか、それも嘘?)

「へぇ。こいつ、魔族に成り済ましてたんだ」

「そういえば、本人の口からは肯定も否定もされてなかったような……」

「なるほど。…本当の魔族というものを、教えてやる」

(え…?)


 ライはその言葉の後、静かに姿を消すと…いつのまにか魔物の上空にいた。

 しかも彼は、浮いている。…いや、飛んでいる。


(…白い…翼…?!)


 よく見ると、一瞬で移動したはずの彼の姿は、かなり先程までと変化していた。

 褐色の肢体、背中の大きな純白の翼、口元から覗く、小さな牙。そのどれもが、彼もまた、人間ではないことを物語っている。

 それども、それはライだともわかった。

 あの、不思議な輝きを持つ青髪と、同色の優しい色をした目は、変わってなかったのだ。


「これは…どういう…?」


 イオは驚きのあまり、思わず声をこぼしていた。

 しかしその声に答えるものはなく…。


「失せろ」


 ライの静かな、恐ろしく穏やかな声がして…。ライの手に小さな光が生まれたかと思う。

 と、次の瞬間、魔物は赤い光を散らせて消滅した。




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