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黒翼の賢者 Ⅱ


翌日。イオは、魔法史の授業を終え、教室から出てきた。


「あ、センパイ!」


 廊下からの声に振り向くと…。


「……ロディー。なにか用事ですか?」

「いや、ちょっと知りたいことがあってね。センパイ、昨日来た新入生のことは知ってますよね?」

「……あぁ、ライのことか」

「へぇ!ライっていうんだ~。さすがセンパイ。よく知ってますねぇ」


 よく知っているもなにも、昨日本人と話したのだから、このくらい当たり前なのだが。


「名前も知らないのか?…てっきり、仲良くなったりでもしたのかと……」


 同じ初級クラスになったのなら、ロディーはすぐに声をかけるだろう。


「そんな、とんでもない」

「……なにか、問題が?」


(あいつ、あんまり性格よくないもんなぁ)


「問題とか以前だよ!だって彼、上級クラス所属だよ?あの歳で。私みたいな初級クラスの新人なんて…近寄りがたいったらありゃしない」

「……え…?」

「あ、だからって、中級クラスのセンパイのことはなめてるってわけじゃないよ?十四歳で中級なら十分すごいし。ただ、ね。雰囲気?が、違うんですよ。……センパイ?」

「……別に、それは気にしていない。あなたも気に病まないでくださいね。…すみませんが、用事があるので失礼します」

「あ…センパイ…?」

「あ、そういえば、そちらの用件をまだ聞いてませんでしたか。なにか?」

「あ、いや…。ただ、報告?というか…。それだけだから、いいよ」

「そうですか。それでは」


 イオは、戸惑うロディーを廊下に残し、その場を去った。


(部屋を見てまさかと思ったけど…本当に上級クラスだったなんて……)


 上級、中級所属の魔法使いは、数えるほどしかいない。今の中級は、全校生徒百名程のうち、わずか十名程度。

 さらに、上級ともなればさらに少なく、今は二人しかいない。……ライを除いて。

イオがそんな考え事をしながら部屋へ戻ると…すぐに、誰かのノックがした。


「はい。……どちらさまで?」

「ライだけど」

「……!」


 いきなり、渦中の人物のお出ましだ。

 イオは机の椅子に座ったまま手を軽く動かす。すると、遠く離れたドアの鍵も一緒に動き、解錠される。

 中級クラスのイオにとって、コレくらいはお手のものだ。


「鍵は開いてる。入っていいよ」

「失礼します」


 そう言ってライは、遠慮がちに部屋に入ってくる。


「……」


 そういえば、まだしっかりとライを見てはいなかったかもしれない。

 不思議な輝きをもった深い青色をした髪は肩に付くくらいで適当に切り揃えられている。

 粗野な感じのなかにも、どこか気品を感じるのだから不思議だ。

 まだ幼さが残る顔立ちのため、吊り目気味の目にも、愛敬がある。


「……イオ?」


 部屋に入った途端まじまじと見られて、さすがに不思議に思ったのか、ライはイオに声をかけてきた。


「あぁ、なんでもない。……本か?」

「うん。今、いい?」

「かまわないよ。……本棚はそこだ」

「ありがとう」


 ライは指し示された棚に向かい、本を眺める。


「イオ、いろいろ持ってるね」

「まぁね。父上から頂いたものもあるし……」

「あ。これは…?」

「ん?」


 イオは椅子を立ち、ライの示す本を見る。


「あぁ…それは…。魔法文献というより、魔物についての記述がされている本だ。」

「魔物の……?」

「あぁ。……聞いたことはあるだろう?魔物の分類とか。僕らがよく目にする魔物は、その中のほんの一部だとか」

「……そうだね」


 ライは、興味深そうに本を眺めている。


「ところで…」


 イオは、ロディーから聞いた話を、確かめたくてたまらなかった。


「ライは、どこのクラスになったんだ?」


 ライは、本から目を上げる。


「一応、上級クラスに配属されたけど…それがなにか?」

「いや、別に。……そっか、上級クラスに……」


(ロディーの言ってたことは、本当だったのか)


「イオ」


 ライは、そんなことを考えるイオを知ってか知らずか、普通に会話を続ける。


「この本、借りていってもいい?」

「え?……あぁ。構わないけど……?」

「ありがとう」


 ライはまた、幼い笑みを浮かべた。




ライは、やはり不思議な存在だった。

 新入りにもかかわらず、いきなり上級クラスに入ったことに、不快を覚えたのは、イオだけではなかったようだ。

 イオが中級にいることは、長の息子であるから気に入らないがまだ納得できるらしい。

 しかし、ライは…。どことも知れぬ場所からいきなりやってきたよそ者。生徒達の―とくに初級の年長者や中級の者達の―反感をかうようだ。


 その関連か、イオはライが年長者に部屋に呼び出されたところにいたことがあった。

 ライに一方的に絡む年長の後輩に呆れ、不本意ながら止めようとしたところ、「お前も気に入らねぇ。」と部屋へ連れ込まれそうになったが、また不本意なことに今度はライに助けられた。


「おい、大丈夫なのかよ、あれ」

「『魔法』は使っていない。平気だ」


 ちなみに、校内では魔法を使って人を傷つけることは禁忌だ。もっとも、イオが心配したのはそこではないのだが……。

 後で聞いた話だと、確かに「魔法」は使われておらず、彼らはただ単に、ライの「魔力」にあてられただけだったらしい。

 ただの魔力で人を昏倒させるなんて……。

 イオの中の常識では有り得ないのだが…実際あったのだから仕方ない。

 あのまま捕まっていたらどうなっていただろうか、もしかしたら、暴力を奮われて、怪我をしていたかもしれない。そう考えると、ただ同情することはできないのだが。


 ちなみに、この世界での「魔法」と「魔力」の違いは、魔法の元となる力そのものが「魔力」、その力に「意志、目的」を持たせたものが「魔法」である。


 そんなこんなで、なんだかんだ言いつつも、生徒達はライの実力を認め(ざるをえなくなっ)ていった。




ある日、イオは魔法薬の実験のため、学校の裏の山へ薬草の採集に出た。

裏山は稀に魔物と遭遇することがあるため、初級の者は原則的に二人以上、複数で行かなければならない。

 ならばなぜイオは昔…と思うかもしれないが、実は、この規則ができたの自体がアレ以来なのだ。

 そして、今のイオは中級なので、一人で行ける。


(あった。……よし、これで全部…かな?)


 イオは足元に見つけた草を採ると、採集すべき薬草のリストを確認する。


(よし、全部ある。…帰るか)



イオが学校へ帰ろうと山を降り始めたとき…何かの気配を感じて、イオは歩みを止める。


(…何か来る…!)


 しかしイオとて、九年前とは違う。

 イオは頃合いを見計らってスッと身を退くと、華麗に避け…られなかった…。いや、避けはしたのだが…。


「わ…ぁ…!」


 退いたところで足場を失い、そのまま急な坂を転がり落ちる。



イオは気が付くと、目の前に見知らぬ人影があった。


「……誰…?」

「―!……気付イタカ」


 聞き慣れない声色に、イオは目を見開いた。


「…え…」


 そこにいたのは、人に近い形をしてはいるものの、明らかに人とは違う、異形のものだった。


「人間ガ、コンナ所マデ何シニ来タ?」


 「人間」ということは……。それでは、やはり……


「魔物…?」

(いや、でも、それじゃあなんで言葉理解できたんだ?魔物の言語なんて理解できるわけ…ってか、イントネーションはおかしいけど、今普通に話してたよな?じゃあ、人なのか?でも…)


 イオの頭の中でいろいろと考えが交錯する中、その「彼」は、また言葉を口にした。


「ソウダ」


 やはり、人ではなかった。

 もっとも、首筋の辺りや、露出した足首に羽毛が生えている人間がいても困るのだが……。

 イオが身を起こしてよく見てみると、彼はやはり人に近い姿をしているが、首筋のあたりには羽毛が生え、下半身は本当に鳥のようだった。二足歩行ができるようになっているのだから、やはり鳥でもないとわかる。

 上半身は、先にも言ったように、ほぼ人間と同じ。彼の見た目は、人の二十歳くらいだろうか?


「……もしかして、魔族?」


 イオは、前に本で、人とほとんど変わらない姿をとることができ、人語も操るという「魔物」という生き物の中の、「魔族」という種族の存在を知っていた。


「サァナ。……麓マデ送ルカ?」


 そう言うと、彼は先程までよく見えなかった、背にあったらしい大きな羽を広げた。


「人ノ目ニ届カヌトコロマデナラバ、送ルゾ?」


 彼の有り難い申し出に


「…黒い…羽……」


 しかしイオは、別のことで頭がいっぱいだった。

 彼の羽が、黒かったのだ。


(まさか、昔助けてくれた…?そういえば、年ごろも、このくらいになっているはず…)

「ナンダ?」

「あの…昔、この山で、僕によく似た男の子に会いませんでした?その時は、髪は後ろで束ねていたんですけど……」

「昔?」

「あ、はい。…九年前になるんですけど…」

「ソウイエバ、見タ。魔物二襲ワレテイタ……」

「それじゃあ…、やっぱり!僕、その時の子供です!」

「アノ時の…?」


 彼は顔色を変える。

 やはり、思い当たったようだ。


「はい。現、火の島の長の息子、イオ=グレネードです」

「長…、魔法学校ノ…?」

「あ、はい。そうです。……よく知ってるんですね」

「……」


 多く語らないのが、魔族というものなのだろうか?


「あ、じゃあ、そろそろ帰ります」

「送ラナクテイイノカ?」

「あ。大丈夫です。ありがとうございました」

「シカシ……」

「そうだ!…あの…また、来てもよろしいでしょうか?」

「……ナゼ?」

「あの…昔助けて頂いたお礼をしたいし…。それに…会いたいんですけど…その、だめですか?」


 イオは、昔からずっと憧れていた人(魔物ではあったが) に会えた喜びで、舞い上がっていた。

 一方、「彼」は…


「助ケタ…礼?」


 茫然としていた。


「すみません!迷惑でしたら、いいですから」

「……イヤ、来イ。待ッテイル」

「本当ですか?!ありがとうございます!…じゃあ、また来ます」


 そうしてイオは、また彼と会う約束をし、山を出た。




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