水上の町と氷の魔物 後編
また船に乗り、二人は水の島に戻った。
二人は一先ず、セリナの教会へ向かう。
長――シルヴァに会うにしても、またセリナに取り次いでもらった方が都合がいい。
教会に着くと、中から歌声が聞こえた。
「セリナさんの声だ…。」
二人はなんとなく静かに中へ入った。
やはり、歌っているのはセリナだった。
「あ…」
セリナは二人がいることに気付くと、歌をやめる。
「どうも、戻ってきました。」
ショウは、笑顔でそう言った。
「えっと…おかえりなさい。で、いいのかしら…?」
「なんでもいいんじゃね?それよりよ、終わったぜ。魔物退治。」
「え…もう?早いんですね。」
「ん?なんか、都合悪かったか?」
「いえ…。ただ…よかった、お二人が無事で。」
セリナはそう微笑むのだが、ショウは妙な…違和感を覚えた。
「どうしました?」
「え…。なにが…?」
セリナはわずかな焦りを見せる。
「どうしました?」
ショウはあえて、同じ言葉を繰り返す。
「……」
セリナは答えない。
「……」
ショウもそれ以上何も言おうとしない。
しばし、沈黙が訪れる。
「……。」
いつもは騒がしいカルロも、今は静かに場を見守る。
「……あなたたちを…」
沈黙に耐えられなくなったセリナが、おもむろに口を開いた。
「あなたたちを送り出した気持ちに、嘘はなかったの。けど…本当は…。詳しいことは聞いてなかったんだけど、でも、なんとなく聞いてはいたの…」
すまなそうに語るセリナの話は、何かが伏せられていた。
「セリナさん…。」
ショウはセリナに近づくと…その何かを読み取り、
「また、シルヴァさんに、会わせてもらえませんか?」
「え……えぇ…。」
不安そうな顔をするセリナを見て、ショウは年の割に落ち着いた笑みを見せた。
「大丈夫ですから。」
「ったく、」
何も言わず様子を見ていたカルロも、やっと息をつく。
「話終わったなら、さっさと町長さんとこ行こうぜ。」
セリナは心配そうな顔のままではあったが、幾分違うようにも見えた。
「シルヴァ…。二人が、戻ってきたわ。」
「そうか…。通してくれ。」
ソイド邸――水の島の村長、シルヴァ=ソイドの家に、ショウとカルロは再び足を踏み入れた。
「二人とも、ご苦労だったな。」
シルヴァは、さわやかな笑顔で二人を出迎えた。
「戻りました。」
「そうだな。…戻ってきたということは、大丈夫だったようだな。」
「あなたは、何を知っていたんですか?」
「何を、とは?魔物のことは、君たちが教えてくれたことだろう?」
シルヴァは、表情を崩さない。
「…魔物の巣窟へ行ってきました。そこは、明らかに人の手が加わった跡がありました。魔物は、自分達の領域が侵されたのを怒っているだけでした。」
ショウは、少々推測を交えつつも、ほぼ事実を語った。
セリナは、驚きを隠せない。しかしシルヴァは、それでも表情を変えない。
「…領域を侵したのは、あなたなんですか?」
ショウは、静かに尋ねた。
「……。」
「…シルヴァ?」
「…確かに…知ってはいた。しかし、あそこへは入っていない。侵入した者がいたのを知っていただけだ。」
「それじゃあ…なんで、最初ショウの話を疑ったりしたんだよ?」
「信用に足る者か見極めたかった。侵入した者の手の者という可能性もあったし、本当のことを知らずに、『島を驚異から救いましょう!』なんて言ってくる愚かな輩も過去にいた。今回君たちはそれらと違うと判断して依頼したが、確証はなかった。だから…」
「だから、私にあんなことを?『たとえ戻って来なくとも深く考えるな。』て。」
「そうだ。…しかし、君たちは戻ってきた。…魔物を、倒してきたのか?」
「いえ…。封印だけしてきました。」
「封印…?」
シルヴァは、魔法関係のことには疎いようだ。
「魔力を封じたので、もう冷害に悩まされることはないでしょう。」
「…なるほど。」
シルヴァはそこでやっと安心したように、表情をゆるませた。
「聞かねぇのか?『証拠は?』て。」
カルロはニヤリと笑って尋ねる。
「敵の手の者なら、わざわざ手の内を明かしては来ないだろう?そして、力のない者なら生きて帰っては来られないだろう…。」
「…確かに。」
カルロは「納得」と肩をすくませる。
「じゃあ、今やっと信用してもらえたわけだ?」
カルロの笑みに
「…そうなるかな?」
シルヴァも笑顔で答える。
「じゃあ…報酬の話はどうなるんだ?」
「カルロ!?」
一応真剣な話をしていたのに…と、ショウはずっこけそうになりながらもカルロをにらむ。
「なぁ、無しとは言わねぇよな?」
「それはもちろん。約束は約束だからね。」
「おっしゃ!」
カルロは素直にこぶしを握る
「ただ、申し訳ないが多くは出せない。今はまだ、冷害の影響でこの状態だからな。」
シルヴァは、静かにそう付け足した。
…やはり、「いい人」かもしれないが、油断はできない、ちゃっかりした人だった。
「やっぱ、そんなうまい話ばっかじゃねぇよな。」
港で船の支度をしながら、カルロは呟く。
「あれ?カルロ、『やっぱり』って、気付いてたのか?」
二人はシルヴァから文字通り「ささやかなお礼」をもらうと、また船出するため、港の自分達の舟のところへ来ていた。
「ったりめぇだろ。オレはお前みたいな世間知らずや、お人好しじゃねぇんだ。」
二人が、いつものような言い合いをはじめる。
「…お金のことになると目の色変わるくせに…」
「お前の金銭感覚が鈍すぎるんだよ。」
「普通だろ。」
しかし、
「普通なもんか!」
カルロは急に真剣な声になる
「カ…カルロ?」
「前の時も思ったけど、やっぱり命懸けじゃねぇか!あんな危ねぇことを、やり続けるつもりかよ?!」
ショウは、はっとして戦いの時一度凍り付いた相棒の左足を見る。
「悪い…」
カルロはまだ多少後遺症があるのか、よく見れば、片足をかばって動いている。
「オレのせいで…」
「馬鹿、違うって。」
「え?」
「オレが言いたいのは、そういうことじゃなくて…だな…。……いいか?無償の慈善事業、それ自体を悪いとは言わない。でも、これは命懸けなんだぞ?死んだら何もなんないじゃねぇか!だからって途中で見捨てんのは…それこそ偽善だろ?だから…。オレが報酬のことを言うのは、実際、船旅に金がかかるからだ。怪我したら治療代もほしいし。だから、たとえお前に理由があっても、必要な金だけは相手にも要求する。これがオレの考えだ。」
カルロは、言った後で照れ臭そうにそっぽを向く。
「…悪いな。でも、ありがとう。」
「…よし、船できたぞ。」
照れ隠しもあるのか一人船の準備に没頭していたカルロが、いつのまにか作業を終わらせていた。
「え!お前一人でできたのか?」
「できないわけではない、…はずだ。」
「…はず?」
ショウは少し心配になって帆などを確認する。
「・・・あ、カルロ…お前ロープめちゃくちゃじゃねぇか!」
「あ、やっぱ~?」
「『やっぱ~?』って…。これじゃあ二度手間じゃねぇか…。」
「わりぃ、わりぃ。…やっぱ、適当はまずかったか。」
「適当ってお前…」
ショウはため息を吐きながら、絡まったロープを直しだす。
「…ショウ」
「なんだよ。」
「なんか、今回は…すっきりしないな。」
「…シルヴァさんのことか?」
「うん…まぁ。…でもそれだけじゃなくて、宿もとれなかったろ?二度と来るかよ、こんな町!」
「…あぁ、シルヴァさんのほうはともかく、宿は大丈夫だと思うよ。」
「なんで?…もう『怪しい人』じゃなくて、『英雄』にでもなれたってのか?」
「ハハ。そこはわかんないけど…。あの宿が冒険者を断ってたの、たぶんシルヴァさんの意向だよ。」
「なんでそんなこと言えるんだよ。」
「うん…推測だけど、シルヴァさんは魔物の領域が侵されたことを知っていた。だから…そういう人たちのことが、セリナさんのところを通して、絶対に自分のところに届くようにしてあったんじゃないかな?」
「は?どういう…」
「セリナさんの性格なら、泊まるところがなくて困っている人をほっておいたりできないだろ?」
「…つまり、セリナさんの性格を利用して、侵入者候補に目を光らせていた、ってことか?」
「利用って言うと語弊があるけど、たぶんそんな感じじゃないかと…。」
「そうよ。」
「「え?!」」
いきなり背後から聞こえた声に、二人は驚いた。
「セリナさん…」
「見送りに来たの。お礼もしたかったし。」
「さっきのはどういう…?」
「言葉のまんまよ。シルヴァから聞いたの。」
明るく言うが、少し辛そうだった。
「あ。でも、シルヴァを悪く思わないでね。この町を守ろうとしてくれてるだけなの。」
「…わかりました…。」
「そんなことより、お礼!うちの教会に代々伝わってるものなんだけどね…。」
セリナが渡してくれたのは、スカイブルーの大きな宝石に鎖がついた、ネックレスだった。
「こんな高価な物を…?」
「えぇ。もらってちょうだい。」
「我が家の物というより、この町の物でね。シルヴァも、是非って。あなたたちには、何かを感じたからって。」
「…えっと…。」
「お願い。」
「……。」
「ありがたく頂きます。」
今回は珍しく、ショウがそう言った。
「ショウ?」
「なんか知らないけど、オレも、この石に魅かれるモノがあるんだ。」
「…ふぅん。んじゃ、もらっときますか?」
「…それじゃあ…旅の無事を祈ってるわ。」
セリナは手を組み簡易な祈りを捧げると、静かに去っていった。
「よかったな。最後にいいことあって。」
ショウが、また船の準備を再開しつつ呟く。
「どういう意味だよ?」
「いやなことばっか、で終わらずに済んだろ?」
「…そうだな。」
「…よし、今度こそ、できたぞ。」
「おっし、じゃあ乗るか。」
カルロは荷物を持って、元気よく船に飛び乗る。
「で?次はどこの島行くんだ?」
「…どうしようかな。」
「……またそれかよ…」
二人の旅は、まだ始まったばかり…
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この作品は、サイトを立ち上げたころに書いた作品です。
主人公たちの年齢は、一応14,5歳の設定ですが、妙に大人びてると子もあると思います。あまり気にしないでください。
古い作品で、一応一通り目は通したつもりですが、見苦しい点もあるかもしれませんがご了承いただけると幸いです。
もっとも、このあとがきまで読んでくださるような方は、それらを見付けても寛大な心で受け止めて、読み進めてくださった方々でしょうが。
あまり長くしゃべってもどうかと思うので、この話の主人公についてだけ少し。
・ショウ
本名 朝田翔龍
性別 ♂ 種族 人間(魔力有)
生年 1608年5月
職業 戦士
武器 刀、風・光魔法 など
髪色 青みがかった黒
瞳色 黒褐色
常識はあるが世間知らずなところあり。
真面目なようで、妙に楽観的な面もある。
今回はこんなところで。
よろしければ、次のお話もお読みください。




