水上の町と氷の魔物 中編
「で?どこいくんだ?」
「どこに行こうな♪」
「……おい、決めてねぇのかよ?!」
「うん。」
「おいおい、最初からこれかよ!馬鹿じゃねぇの?ったく、はじめから行き詰まるなんてよ…。」
「そうでもないさ。具体的な場所がわかってないだけで、行くべき場所はわかってるから。」
平然と言うショウに、カルロはずっこけそうになった。
「ったく、わけわかんねぇやつだなぁ…。で、どうするんだ?」
「とりあえず、時空の狭間を探そうかな。」
「時空の狭間?なんだそれ。」
「魔物が発生してる場所、でいいのかな?よくわからないけど、そこから魔物はやってくるんだ。」
「ふぅん。相変わらず、妙な知識が豊富だよな。」
「妙?失礼な。」
「事実だろ?」
「……まぁ、な。」
いくら魔物がうろついてたり、魔法が使える者がいたりしても、悪魔でも、魔法は魔の法。「普通」の力ではないのだ。だから、そんな方面に詳しいと言ったら…。やはり、妙なのだろう。
「…で?どこにあるんだ?それは。」
カルロは、そんなショウの心中を察したのか、あえて明るい声で話を促す。
「…あぁ。……そうだなぁ、島の西側の方から、気配を感じる。かな?」
「OK。…そういやぁ、来る途中に小さな島が見えたな。」
「じゃ、そこかな?」
「とりあえず、舟出すか。」
二人は、水の島の西側にある、小島…島と呼べるかも怪しい小さな…小さすぎる島についた。
「ここか?」
「…たぶん。そこの穴から、強い気配を感じるから…。」
「そうか。」
その島のほぼ中央にある穴。よく見ると、ただの穴ではなく、その下にちょっとした空間があるようだ。
「…入ってみるか。」
「暗くねぇか?」
「セリナさんから、ちゃんと松明もらってきてある。」
「…準備いいな。」
「まぁ、なんとなく暗そうなイメージはあったから。」
「イメージねぇ・・・」
「気にすんな。じゃあ、行くか。」
穴の中に入ると、そこにはやはり、結構広い空間があった。
「…こんなとこがあんだな…。」
そこの空気は外気とはまるで違い、真夏の露出した肌に冷たい。
「…でも、まだ下があるはずだよ。」
ショウの言葉に、カルロはあえてなにも口にせず、黙々と下へ行く仕掛けを探し始めた。
ショウももちろん探すが、こういうことは、カルロの得意分野だ。
「あった。」
やはり、見つけたのはカルロだった。
「降りるぞ。」
ショウは緊張した面持ちで、頷いた。
「わぁっ!」
「どうした!?」
先に降りたカルロの叫び声に、ショウは焦りの表情を浮かべ、カルロの降りた道に続く。
「ショウ、なんなんだよ、こいつ。」
そう言うカルロの顔には、明らかに恐怖が見られる。
そこにいたのは…
「やっぱり、魔物だったか。」
冷気をまとった、そしてまるで、氷細工のような体をもつ…ナニか。とても人の様には見えないし、何かの動物のようにも見えない。
「カルロ大丈夫か?」
「もちろん!て、言いたいとこだけど、足やられた。」
本人の言うとおり、カルロの左足は凍り付いていた。
「まずいな…。大丈夫か?」
「すぐに死ぬようなことはねぇよ。…砕かれたりしたら、恐ろしいけど?」
カルロはおどけて言ったが、素早さが武器の一つである彼にとって、片足が使えないのは痛い。
「どうせ、コレ治してる時間ももらえないだろうし?」
「…だな。早く片をつけるしかねぇか。」
ショウは覚悟を決め、臨戦態勢をとる。
‘ココハ我ラノ土地、邪魔者…殺ス…’
「え…?!」
「ショウ、どうしたんだよ。」
「今、声が…」
「何寝呆けたこと言ってんだ。来るぞ!」
「あ、あぁ。」
ショウは先程の声が気になったが、カルロに促され敵を見据えなおす。そして…
「風よ疾えよ!」
ショウは何かの呪文の後、こう唱えた。すると…
どこからか風が生まれ、それはその魔物に突き刺すように鋭く吹いた。
「よし!やったな、ショウ。」
魔物は、その氷細工のような体を岩壁にぶつけ、一部が欠ける。
「なんでぇ、砕いちまえば終わりじゃねぇか?」
ショウは大気中にある【気】をもちいて術を使う。【気】にも種類があるが、ショウはその内の【陽の気】を使う。
「カルロ、早まるなよ?」
「わかってるって。」
それに対し、カルロは術と呼ばれるものはいっさい使えない。その代わり、先にもあげた高い身体能力、そして…
「わかってるなら、小刀を下げろ。」
昔ショウが渡した、こぶりの刃物を操る。
「なんで!…なんか、あるのか?」
「わかんないけど…。やつはまだ戦える。迂闊に近づかないほうがいい。それに…魔物でも、殺したくはないから。」
「人を襲ってくるやつをか?」
「そうだけど…。でも、今回のは、ちょっと違うんだ。」
ショウは、やはり先程聞こえた声が気になってならなかった。
「……何が違うかはわかんないけど?わかったよ。オレからは手出ししない。攻撃するのはあいつがオレやお前に殺意をもった攻撃を仕掛けてきた時だけにする。」
「悪いな。」
「ま、凍った足もつれぇし?」
「ありがと。――さて、と。」
ショウは、状態を立て直し、再び攻撃を仕掛けようとしてきているのであろう魔物に目を向ける。
「…話をしたい。」
ショウの口から出てきた言葉―それも魔物に向けて発せられた―に、カルロは驚いた。しかし、何か考えがあるのだろうとそれを抑え、次を待つ。
「そちらと、話がしたい。どうか、その怒りを鎮めて、こちらの声に耳を傾けてほしい。」
気のせいか、魔物の動きが止まったように見える。
ショウの声に、魔物が答えてくれるかは一つの賭けだった。
‘我ノ言葉ガ解ルノカ?’
(やった!通じた。)
「あぁ。」
ショウは、満足そうに頷く。
「え?何があったんだ?」
‘ソレハ聞コエヌノカ?’
「そうらしい。…よかったら、話がしたい。いいか?」
‘…ソレハデキヌ。オ前等、殺ス…’
「なぜなんだ?なんでオレたちを襲う?」
‘ココハ、我ラの土地。人間来ル場所違ウ。人間、ココ奪オウトスル。許サナイ!’
魔物は、また悪意を帯びた魔力を全身にまとう。
「だめか…。」
ショウが気落ちしていられる時間もわずか。
「おい、ショウ!!なんかやばいぜ?もう攻撃すっからな。」
魔力のことがまったくわからないカルロにさえわかる変化をして、魔物は少し距離をとる。
「……。」
「ショウ?!」
躊躇うショウに、カルロが切羽詰まった顔で叱咤する。
「…わかった。悪いけど、術式を完成させるまで、頼む。」
「オッケ。引き付けならまかせとけ。」
カルロは、凍り付いた片足をかばいつつも、並外れた脚力で洞窟内を縦横無尽に駆け回り、言葉通り魔物を一人で引き受ける。
一方ショウは、普段話す声とは少し質の異なる声色を玲瓏と響かせ、術式を構築していく。
そして…
「封っ!」
構築が終了すると、ショウの手からは不思議な光が生まれ、一直線に魔物を射す。
カルロはその一瞬前に反応し、しっかりと避けていた。
魔物はというと、その光に包まれ、動きを止めている。先程までその体のまわりに充満させていた魔力も納まっている。
「やったのか?」
カルロが軽く息を乱しながら見守る中、魔物は宙に浮いていた体をだんだんと降ろしていき、ついに地に下りた。
そして…そのまま凍り付いたように動かなくなる。
「え?……何したんだ?」
「力を封じた。…何か理由がありそうだったし、死なせてしまうのは忍びなかったから…。」
ショウは、動かなくなった魔物を見つめ、静に言った。
「……。」
カルロは少し考えたが、ショウの表情を見ると、
「なんか気付いたんだな?…じゃ、町戻って、結果報告して、早く安心させてやるか。」
「あぁ。」
二人は、凍り付いた魔物を残し、その場を去った。
そこはいずれソレの冷気が充満し、ソレを中心に、氷に覆われた空間となる。
こうなれば、もう、彼らの土地に人が踏み入れることはなくなるだろう。……少なくとも、後の数年のうちは。
,




