水上の町と氷の魔物 前編
-Light and Dark-光と闇の物語
「水上の町と氷の魔物」
世界暦1623年、夏
近海の西南に位置する島。
この島は、町の半分強が水面下にあるため、民家は、一見海の上に浮かんでいるように見える。
それ故か、この島は、「水の島」と呼ばれている。
その島に、旅人が訪れた。
旅人は若い、いやむしろ幼さも残る少年二人組で、今にも沈みそうな、ボロボロの船に乗っている。
「おい、島が見えたぞ!!さっすがオレ、方向ぴったりじゃん。」
その片方が、船から身を乗り出し、自画自賛する。
「馬鹿、そんなことしてっと危ないだろ。」
船の中からは、呆れたような、怒ったような、声が聞こえた。
「いちいちうるせぇな、ショウは。落ちなけりゃいいんだろ?落ちなけりゃ…」
ショウと呼ばれた少年は、そんな同行者にため息をつく。
相棒として頼りにはしているのではあるが…。
「別に、落ちたところで心配はしないよ。ただね、カルロ。『船を沈めるなよ』それだけだ。」
そんなショウの言葉に、
「わ、冷てぇ奴」
カルロと呼ばれた少年はむくれて体を中に戻す。
「勝手に言ってろ。それより、もう上陸するぞ?荷物まとめろよ。」
「まとめる程ないじゃねぇか。」
「……まぁ、な。」
水の島に、一艘の船が到着した。
「あ~、疲れたー。船旅は海がおもしれぇけど、やっぱ疲れるよなぁ。」
まわりを気にせず大声で話ながら、カルロが船を降りてきた。
「船の操縦とか、ほとんどオレがやってんじゃねぇか、なんでそんな疲れるんだよ!」
縄で船を港につけながら、ショウが不機嫌そうな声を出す。
「だ~ってよ~、オレ、狭いとこにいるだけで疲れんだよ。センサイだから。」
「繊細?!お前が繊細だって?!本当に繊細なやつは、自分で繊細だなんて言わねぇよ。」
「へいへい。…でもよ、オレのが年下なんだしよ、いいじゃねぇか。」
「年下ってなぁ…。こんな時にばっか引き合いに出して…。じゃあ聞くけど、お前、普段オレを年上として敬ってるか?」
「いんや。」
「だったら…」
堂々と言い放つカルロに呆れつつも、ショウは「勝った」と思った。
しかし…
「それは、ショウが尊敬するようなことしてないからだろ。」
「……う…」
何だかんだで、この相棒に口で勝つことはできないのだ。
「あ~、わかった!もういいよ。」
ショウは、もう何度目になるかわからない敗北にため息をつきながら、船に残っていた自分の荷物をおろした。
「じゃ、行こうぜ。」
「ああ。」
ふと空を見上げると、雲の色が怪しくなっていた。
「こりゃ、一雨来るな。」
ショウの呟きに、カルロも賛同する。
「だな。…嵐になるかも?降りだす前に島に着いてよかったな。」
「あぁ。ほんとによかった。」
もしもこのボロ舟で航海をしていたら…考えるのも恐ろしい。
「さっさと今夜の宿探さねえとな。」
「あぁ。」
ショウは、空の様子だけでなく、ともに感じる妙な気配に懸念を抱きつつ、港を後にした。
「なんだと!?部屋がない?」
島の宿に着くなり、カルロは怒鳴り声をあげた。
「落ち着けって。」
「これが落ち着いてられっか!!」
カルロが怒る理由は解らないでもない。
部屋にはまだ空きがあるはずなのに、ないと言われたのだ。
「なめてんのか、じじい!」
「身分証を出さない人はお泊めできません。」
「はぁ?身分証だぁ?!」
「はい。怪しい人をお泊めすることはできません。」
彼の言うことは、もっともと言えばもっともであるが…
「すみません。私たちは旅の者でして…この国の身分証等は、残念ながら持っていないんですよ。」
ショウが、戸惑いつつも、丁寧に説明した。
だが、しかし。
「なら、悪いが他をあたってくれ。」
無情にも、二人は宿を追い出された。
当然、カルロの怒りは爆発である。
「…ちっきしょー!!なんだよ、あのじじい!こっちが下手に出りゃあ調子にのりやがって!『他をあたってくれ』だ?この島に、他に宿があるのかよぉ!」
まぁ、その通りなのである。
「おい!ショウ。お前もなんか言えよ!」
「あ~、言いたいのは山々なんだけどさぁ」
(…言いたいことは、だいたい言ってくれちゃうし。…第一、横でこれだけ騒がれてると…)
「言うこともなくなるよ。」
「…フンッ」
「…ま、野宿の場所でもさがすか。」
ショウは苦笑いしながら、宿の前から歩きだす。
「本気かよ?!空見ろよ、空!ぜってー嵐来るぜ?!」
空を見上げる、まだ雨は降りだしていないものの、あの怪しい色の空は、そのままだった。
「…まぁ、そうなんだけど…。だからこそ、なんとかなるところを…」
「そんなとこあるわけ…」
「あのぉ…」
二人の言い合いに、誰かが口を挟んだ。
「ん?誰だぁ?」
カルロが振り返った先にいたのは…
亜麻色の髪をした、…かわいらしい雰囲気の女性だった。
「やっぱ、誰だぁ?」
二人は、なぜかその女性の家にいた。
「あ、雨が降ってきましたよ。よかったですね、間に合って。」
「……。」
カルロは、訝しげな顔をしている。
「どうかしましたか?」
彼女は、二人をここへ案内する前、こう言った。
「よかったら、うちへ泊まりませんか?」と。
…まぁ、ありがちと言えばありがちなのだが…。
「あ、あのぅ…」
カルロに言わせたら、どんな暴言を吐くか分かったもんじゃない。
ショウは、そうなる前にと話しだした。
「すみませんが、とりあえず…あなたがどなたか教えてもらえませんか?」
ショウの言葉に、彼女ははっとしたような顔をした後、頬笑む。
「ごめんなさいね。私は、セリナ=マーキュリー。…一応この町の教会の者です。」
そう、ここは、普通の民家よりも、少し大きい、一風変わった建物。
「えーと…マーキュリーさん?」
ショウは、少々困惑しながら問う。
「セリナでいいですよ。」
セリナはまた、微笑みながら答えた。
「じゃあ、セリナさん。…あの…ホントによろしいんですか?オレらが…あ…私たちが泊まってしまって…」
宿では、「怪しい奴は泊めれない」と断られた。なのに…
「もちろんです。教会は、迷える人々を救うためにあるんですから。」
その答えに、ショウは驚き、また感心した。
「迷える者だって?…だったら、なんか食い物もくれよ。」
図々しい奴だ。
…しかし、今回のそれは、照れ隠しのようにも見える。
「よろしいですよ。」
「おぉ♪」
「…と、言いたいところなんですけど…」
「はい?」
セリナは、申し訳なさそうな顔をして続ける。
「残念ながら、ちょっと問題がありまして…。」
「なんだよ?」
カルロは、「また、『怪しい人は…』か?」とでも言わんばかりに、不機嫌そうな顔をする。
しかしショウは…
「…魔物ですか?」
「え!」
セリナは驚きを隠せないでいる。カルロも表情を変える。
「おぃ、ショウ。まさか、また…?」
「あぁ。さっき、外で妙な気配がした。」
「ここもかよ。どうなってんだ…」
セリナは、急に真剣になったカルロを見て、ショウの言葉を聞いて、信じられないという顔をしている。
「そんな…魔物だなんて…私はただ…」
「例年より低い、この気温のことでしょう?」
「確かにそうですけど…。それが魔物の仕業なのですか?」
「可能性は充分あるかと…。」
「そう…。でも、例年よりって…なぜ知ってるの?確かに、今年は気温が低く、作物の収穫が遅れて…食物が不足しているのですが…」
「だから…妙な気配があったんです」
「気配…ですか。」
セリナは、いまいちまだ信じられない様子だ。
「あ~じれってぇ!おい、セリナさんよぉ、これだけ近い距離なら少しくらい聞いてるだろ。隣の島の村が、魔物の脅威から救われたって話。」
彼らはここへ来る前に、このような一件に直面したことがあり、見事…かどうかはさておき、解決したことがあるのだ。
しかし、説明すると長くなるため、それは省こう。
「…大地の島にある村が、以前毎年のように畑が、虫の群れの被害に遭っていたけど、つい最近解決したって…聞いたことが…」
「あ~そうそう。それだよ、それ。」
「…まさか…ホントに…?」
未だ半信半疑の様子だが、先程よりはいいだろう。
「とりあえず、急を要すると思います。できるだけ早く、ここの町の代表者に会わせてもらえませんか?」
「…わかりました。明朝、町長に会えるよう、都合を付けておきましょう。」
明日になって…時間が経つのは、危険な気がする。しかし、今は仕方あるまい。
カルロの言っていた嵐という表現は大げさかもしれないが、この島は現在かなりの雨、風にさらされている。
海の中に浮かぶように存在するこの町において、波の高くなるこのような天候の日は、昼ならまだしも、視界の悪い夜に外へ出るなど、危険極まりない行為である。
「わかりました。」
翌日。それなりに待たされることを覚悟していた二人は、以外にも早く動き出せたことに驚いた。
早く…というか、その日の朝一番に町長の下へ通れるよう手配されたのだ。
昨夜の雨が嘘のような快晴のなか、二人はセリナの案内で町長宅へ向かう。
「おはよう、今日はなんのようだ?」
「あ、シルヴァ。おはよ。」
町長宅から出てきた青年に出迎えられ、二人は少々戸惑いながら、彼と親しげに言葉を交わすセリナに続いて建物の中へと入る。
この国の長が代替わりしたばかりの青年であることは事前情報として知っていた。二人の会話の様子からも、彼が町長であろうことが伺える。
しかしそれにしては、聖職者とはいえ一般人のセリナの態度が砕けすぎているようにも感じられるのだ。
「シルヴァとは、いわゆる幼なじみなのよ。…まぁ、こんな小さな島だから、当たり前かもしれないんだけどね。」
不思議そうな顔をする二人に気付いたらしく、シルヴァに進められた椅子に腰掛ける彼らにセリナが説明する。
「へぇ。」
どおりで、早く通されたわけだ。幼なじみで、仲が良いのなら…他の人より顔が利いてもおかしくないかもしれない。
そんなふうに納得しつつ、二人はセリナに紹介されるのを待った。
今回用があったのはショウ達。しかし、セリナの仲介がなければ話しづらいのが現実だ。
しかし、セリナはというと…シルヴァと話すのに熱中してしまってる様で…
「そちらの二人は?」
と、シルヴァの方から話をふってもらうはめになった。
まぁ、いやなわけではないが。
「はじめまして。ショウと言います。」
「カルロだ。よろしくな。」
そういえば、昨夜は食事も会話もそこそこに寝入ってしまったため、セリナにも名前を名乗ってなかったかもしれない。
そんなことを思い出してショウは少しはっとする。
「シルヴァ=ソイドだ。…して、何のようかな?」
「この国を脅かす、脅威について…」
ショウは真剣な顔になると、語りだす
「この国は今、人外の力…魔力による被害に遭っています。…まぁ、いわゆる、魔物による侵略ですね。小規模ですが。」
「魔物…」
シルヴァも、セリナ同様驚きを隠せないようだ。
「信じられないかもしれませんが、十中八九そうです。」
「……。」
シルヴァは少し考えると
「証拠は?」
短く尋ねた。
そしてショウは…。
「ありません。第六感に従っているだけです。」
「…そうか。」
シルヴァの表情は堅かった。
ショウは、言ってから「勘はまずかったかな?」と思ったが、それが事実なので仕方ない。真っすぐとシルヴァの視線に答える。
「ショウさんでしたね。」
「…はい。」
「魔物の対処の件、依頼しても良いでしょうか?」
「…え…?」
ショウは、そしてセリナも耳を疑った。
「返答は?」
「あ……」
「もちろん。だよな?」
驚きに言葉を失うショウの代わりに、カルロが答える。
「……はい!」
「つきましては、報酬のほうの相談を…」
「! カルロ!!」
突然お金の話を持ち出してきたカルロに、ショウはすぐに叱責する。が、
「良いじゃねぇかコレくらい。命懸けだろ?」
カルロは悪怯れもせず、平然と言い放つ。
しかしシルヴァは気分を害した風もなく、
「成功した暁には、必ず。」
笑顔で約束してくれた。
ソイド邸を出ると、ショウは早速カルロをどついた。
「っ痛ってぇ…」
カルロは突然の攻撃に、一瞬涙目になる。
「何すんだよ!ショウ。」
「何すんだじゃないだろ。いきなり金の話持ち出すなって、いつも言ってんだろ!」
ショウの言葉を頭を押さえて聞きながら、カルロは
「なんだ、そのことか。」
と、なにも気にしている風もなく答える、
「なんだって…」
「じゃあお前は、ただで引き受けるつもりだったのか?」
「それは…」
「魔物を相手にするなんて命懸けのことを、ただ善意だけで、か?どんなお人好しだよ、お前は。」
痛いとこをつかれ、ショウは言葉を失う。
「そうね…」
カルロの言葉を継いだのは、シルヴァと少し話して戻ってきたセリナだった。
「あのくらいは、良いと思うわよ?」
「あ、セリナさん。」
セリナは、自分が紹介した人物が無礼なことを言ったのに、気にしていないようだ。
「…でも…。そういえば、シルヴァさんは、なんでオレの言葉信じてくれたんだろ?『証拠は?』って聞かれて、『ない』って言ったのに…」
ショウはとりあえず納得し、話を質問に切り替える。
「あぁ、そのこと…。」
セリナは満面の笑みになり、答える。
「シルヴァが言ってたわ。『わけのわからないこといくつも並べられるより、真摯な目一つのほうが信じられる。』って。」
「…そう…ですか…。」
「なかなか話のわかるやつじゃねぇか。」
セリナの言葉に、アルは呆然とし、カルロはニカッと笑った。
「でしょ?いいやつなのよ!シルヴァは。」
カルロの言葉に、ぱっと笑顔になり、うれしそうだ。
「そうですね。」
ショウはほほ笑み返して、カルロは
「…セリナさん、もしかして…」
おもしろそうに呟く。
「幼なじみのこと、好きだったりする?」
「え!まじで?そうなんですか?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
セリナは明らかに動揺している。
「別に、照れることじゃないと思うぜ?」
「うんうん。シルヴァさんならわかるし。」
二人の言葉に、セリナは今度は頬を染める。
しかし…すぐにそれは少し暗い感じに変わり…
「そんなこと、あるわけないでしょ?…シルヴァはもう、結婚してるんだから。」
この言葉で、セリナをちゃかしていた二人も表情を変える。
「あ…そうなんだ。え…と、すみません…。」
「オレも…」
その場は一変して暗くなった。
ショウは気まずくて何も言えない。
沈黙を破ったのは、原因を作ったセリナ自身だった。
「あ~、もう。こういう暗いのはやめやめ!もう気にしないの、二人とも。魔物退治行くんでしょ?そんなんで勝てるか!?気は強く行かなきゃ!」
「……。」
二人は、ただ呆然としていた。
「ほぉ。セリナさん、おっとこ前~♪」
「おいおい。…そうですね。弱気になってたらだめですよね。」
「そうそ。」
セリナは…かわいらしく笑うと、二人に食料を渡して、送り出してくれた。
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