離れ小島と湖の主 中編
3 Client
そう。実は彼ら、この度は仕事のための船旅で…その仕事の依頼人も同じ船に乗っていたのだ。
しかし彼は、船に乗ってすぐに寝てしまい…
「まさか、そのまま海底で永眠なんてことは…」
「バカなこと言ってるんじゃない!今は一体どこに…」
いきなり焦りだした二人を、イオは怪訝そうな顔をしながら、クロはただ首をかしげて…。
「何焦ってるの?」
「バカ!依頼人だよ、依頼人!!」
「オレら自分たちだけ避難してきちゃって…あの人……名前なんだっけ?」
「ロスチャイルドさん?」
「そうそう!そのロスチャイルドさん!」
「名前まで忘れるなんて、ひどいなぁ。それに、ロスって呼んでって言っただろう?」
「あ。すみません、ロスさん。」
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「…て、えぇーーー!!!!!!」
「うるさい。」
「はい…。」
ショウが思わず声を上げると、クロに静かに諫められシュンとする。
「なんだあんた、無事だったのか。」
カルロは、馴れ馴れしくロスことロスチャイルド侯に近寄る。
「あぁ。青髪の彼が助けてくれてね。」
「ライが?」
確かに、考えてみればそうだ。
ショウとカルロは忘れていて、イオは…意識さえ無かったのだから。
人を助ける余裕があったのは、もしかしたらイオも助けたかもしれないクロしかいないだろう。
「なるほど。」
「それで、ここで何するんだったっけ?」
カルロがロスに馴々しく尋ねる。
「ちょっと、カルロ?!」
あれで彼は、結構「高貴」な身分の方なのだが…
「ああ、かまわないよ。僕も堅苦しいのは苦手だから。」
「だってよ。」
「しかし…」
「本人がああ言ってるんだし、いいんじゃないの?」
「ライまで…」
「仕事内容は、無人島の視察の護衛ですよね?」
「イオ、カルロならともかくオレまで無視しないでよ…同士じゃないの?」
「てか、てめーもう復活したのか。」
今回元はクロとイオがロスから受けてきた仕事は…大地の国の国王よりロスチャイルド侯に出された命の補助である。
そして、その命令というのが…
「なんか最近、この辺り『でる』らしいんだよ。」
「…は?」
「何が?」
「ミステリアスなのが。」
「「……は?」」
ロスの何故か、どこか楽しげな発言に、ショウとカルロは思わず声をそろえて眉を潜める。
「…魔物ではなく?」
「それはわからない。」
「はい?」
「だから、それを調べるように命令されたんだよね、ロスさんは♪」
「そういうことだね。うーん、やっぱり君はしっかりしてるねぇ。小さいのに、えらいえらい。」
ロスは、楽しげにクロを誉める。
「わぁ!イオ、僕褒められちゃったよー。」
クロは、いつもからは考えられないような幼い笑みでイオに振り向く。
「よ、よかったデスネ…」
イオはそれになぜか恐怖を覚えた。
「あれぇ?どうしたの?イオ♪」
「い、いえ。ナンデモアリマセン…。」
何故こうなっているのか正直よくわからないが、とりあえず触れないほうがいいだろうと判断した。
「そう?…そうだ!ロスさん!!」
「何かな?ライくん」
「まずは、どこから調べるんですかぁ?」
「そうだな…どこがいいと思う?ライくんは。」
「僕としては、森の中の湖なんか、結構怪しいと思うんだよねぇ。」
「ほぅ…それは何故?」
「魔力の気配がビンビンするの!」
「そうかぁ…。じゃあ、そうしてみようか。」
普通に楽しそうに話すロスと、見慣れない笑顔で妙にテンションの高いクロ。
イオだけでなくショウもカルロも呆然としていた。
そんな彼らには関係なく、クロとロスは楽しそうに湖に向かって歩き出した。
「ライって…いつもああなの?」
「いえ…初めてのケース…だと思います。」
「あいつ…まさか今回はずっとあのキャラで通すつもりじゃねぇだろうな…」
「「……。」」
カルロの恐ろしい考えに、二人も、言った本人であるカルロまでも身震いする。
「おーい、三人とも!早くこないと置いてっちゃうよ~?」
「…い、いま行きます。」
「え?ちょっ…イオ?!」
「待てよ、ヘタレ!」
「ヘタレって言うな!」
4 いたずらっ子
彼らは森の中の湖に来ていた。
「ここかい?」
「うん!あのねぇ、この辺りから、嫌な気がすっごい溢れてきてるの~!」
「へぇ…。うーん、僕には、よくわからないなぁ…。」
「大丈夫だよ!僕が教えてあげるから!」
「ありがとう。ライくんはいい子だねー。」
「へへ~♪」
妙なハイテンションなままのクロと、その不自然さを不自然だと気付かないロスと。
「なぁ、やっぱあれで行くのか?」
「カルロもなかなかしつこいな。」
「だって、キモくね?心なしかどんどん幼くなってるし…。」
おかしなクロに、ちょっと引き気味な少年が若干名。
「ちょっと…!…でも、うん。なんか調子狂う?…イオ、どうにかできないの?」
「あきらめろ。クロの気まぐれを期待するんだな。」
「なんだそれ…。」
ロスを横に連れ、一見無防備に湖の淵に近づいていくクロ。
しかし、イオには見えていた。
クロが自分はもちろん依頼人であるロス、仕事仲間のショウやカルロ、そしてイオにも魔法による防護壁を張ってあるのが。
さすが。遊んでいてもしっかりしている。そう感心する一方で心配になる。
自分の防護壁ならともかく、人に同じそれをするには倍以上の力を使うはず。
いくらクロと言えど、きついのは変わらないはず…。
「クロ…」
せめて…と思い、小さくクロに呼び掛け、クロの物の内側から自分に防護壁を張る。
「…ありがと。」
小さな声だったがクロはイオの言わんとすることを理解すると、イオに張ってあった防護壁を解き礼を言う。
「さて。」
クロは、湖の方へ向き直る。
「イオと…ショウならわかるかな?」
「うん。なんか…嫌な感覚が…」
「まさか、ここにも…?」
クロの問いに、イオとショウは頷く。
「おい、どういうことだよ。てめぇらだけで納得してんじゃねぇよ。」
「うん…だからさ…」
カルロのぼやきにショウが答えようとするが…
「ねぇ。隠れてないで出てきなよぉ☆」
クロが何も見えない湖に向かって呼び掛ける。
「……」
カルロが不機嫌になる他、変化は見られない。
「もぉ、強情だなぁ、カヅくんは♪」
「…カヅくん…?」
「ほら、早く出ておいでよぉ。今なら、そんなにひどいことはしないからぁ。」
(そんなに…て、少しならひどいことするのか?)
ショウの呟きも思考もスルーして、クロはなおも続ける。
「どおしたの?カヅくーん♪…もしかして、僕のことまだ怖いのぉ?」
『勝手なこと、言うな…!!』
怒りの雄叫びと共に、姿を現したのは…
暗い青色という奇妙な色の肌と…銀色の髪を持った…人…のような形をしたモノだった。
「なんだあれ!!」
「…魔物…かな?」
「…にしては、言葉が滑らかじゃないですか?」
魔物に会うのはもう何度目かになる三人は、三者三様の反応を見せる。
一方、ロスは初めて見るのか、異形の物の姿に驚きを現にしていた。
「久しぶりだね、カヅくん♪」
『……。』
「クロ、知り合い?」
『こんなヤツ知らないよ!』
「うん。おとーと。」
「「「……弟?!」」」
クロの突然の告白に、場は騒然とする。
「え…じゃあ、彼もトゥルーク家なんですか?」
「うーん、一応ね。」
「一応?」
『…わざわざそれを言いに来たの?』
「まさかぁ。僕はそんな趣味は無いし、暇も無いよ。」
不機嫌そうな弟に、不敵な笑みを浮かべる兄。
『混血に構う暇は無いってこと?』
「混血?」
「あぁ、そういうことか。」
魔物…カヅくんとやらの言葉に、ショウは首をかしげ、イオは何かに納得する。
「どういうこと?」
「うん…たぶんだけど、彼は…」
「ったく、カヅラはすぐ被害妄想するんだから…。別に僕は、母親の血がなんだろうが気にしないって言ってるでしょ。」
「…父親はトゥルーク家の魔族ですが、母親は魔物なんですよ。」
「…だから?」
「…彼は、トゥルークですが、魔族ではないんですよ。だから…差別のようなものがあったのかもしれませんね。」
なるほど、とショウはカヅラを見た。
それなら、あの魔物にしては流暢な人語も、彼の兄弟にしては妙な態度や会話も納得できる気がする。
「ら、ライくん。これは一体…どういうことで…」
…魔物の出現に言葉を失っていて、すっかり存在感が無くなっていたロスが、一番近くにいるクロに言葉をかける。
「この子が、魔物なんだよぉ?」
…ロスに対するクロの猫かぶりは健在だったようだ。
「魔物…。」
「この子がここに住んでてぇ、縄張りに入ってくる人間が怖くて、威嚇するのぉ。」
「へ、へぇ…難しい言葉を知っているんだねぇ、ライくんは…。」
「へへぇ~♪」
『僕を無視するな!』
「あ。ごめんね~。寂しかったぁ?」
『……』
「あの…ところでライくん。その…弟、というのは?」
「昔ね、魔物と暮らしていたおじいさんがいたんだー。僕も、おじいさんと一緒に暮らしていたことがあるんだよ。」
「……つまりは、兄弟のように同じ家で暮らしていたことがあるってことかな?」
「わぉ。ロスさん、頭の回転が速いねぇ。」
「え…あぁ。ありがとう。」
無邪気なふりをして話をそらすクロに、事実を知る三人は苦笑いした。
『結局、何しに来たんだ。』
「あ~。ごめんねぇ。…この人が、ここの調査をしに来たの。僕は、護衛ってやつ。」
『調査?』
「そ。」
「えっとー…。君が、この島の頂上現象の原因かい?」
クロに視線で促され、ロスが、初めて魔物に言葉をかけた。
『そうなんじゃない?』
「…えっと…ここは、君の土地なのかな?」
『今はね。』
「そうか…。じゃあ、今まで…ここへ来る人間を…その…」
「追い返したり、危害を加えていたのは君だよね?」
『…だったらなんだよ。』
言い淀んだロスの代わりに言葉の続き紡いだクロを、カヅラは睨み付ける。
「取り引きをしないか?カヅラ。」
『取り引き…?』
カヅラの鋭い目を気にもせず、クロが言った言葉に…カヅラだけでなく…なぜだか、仲間たちやロスまでも驚いた顔をしていた。
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